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168:最強戦士と外道シスター


 トブリンは、庁舎の中までハネリンについていきたそうな素振りを見せた。

 まず出入口が狭い。無理だ。そこをぶっ壊して中に入れば、庁舎の廊下やロビーは無駄に広いからなんとかなりそうだが、なんせ木造なんで、重みで床が抜けかねない。やっぱり無理だ。結局、ハネリンがあらためてトブリンをたしなめ、前庭で待つよう言いつけた。トブリンも渋々という風情ながら承諾した。


 芝生に座り込んで、役人どもが抱え持ってきた大量の飼葉をもひゃもひゃ食いはじめるトブリン。その食べる仕草もまたラブリー。役人どもも、きゃっきゃと大喜びしている。以後のトブリンの世話は、あいつらに任せておいてよさそうだな。

 俺はハネリンとルミエルを引き連れ、庁舎内の市長公室へ入った。ようするに俺の執務室だが、その俺が不在なため、現在はほぼ使われていない部屋だ。


「まあ、翼人の方なんですか。それで……」


 ハネリンのことを紹介してやると、ルミエルは納得したようにうなずいた。

 ここルザリクでも、エルフどもの翼人嫌いは徹底している。バレたら面倒なことになりそうなんで、あえて役人どもの前では詳しい説明は避けたわけだ。


「えへへ、ハネリンだよっ。よろしくね、ルミエルさん」


 人懐こい笑顔でルミエルに挨拶するハネリン。ルミエルにしてみれば、むろんハネリンとは初対面になるわけだが、実のところ、ハネリンのほうでは、既にルミエルのことはよく知ってるそうだ。

 なんせ俺のアークとしての十六年余りの人生すべて、神魂によって魔王城に常時生中継されていたからな。俺がエルフの結界内に踏み込んだことで、この中継は途絶えてしまったようだが、それ以前の出来事──俺の恥ずかしいアレとかアレとか、ルミエルと俺とのアレな関係とかについて、ハネリンはしっかりと神魂を通じて覗き見てきたわけだ。


「ハネリンは戦士だ。色々あって、翼人の国から、俺に加勢してくれることになった。長老の計画を阻止するためにな。ま、仲良くしてやってくれ」


 今の時点では、あまり突っ込んだ事情までルミエルに語ることはできない。この程度の説明で充分だろう。ハネリンも、そのへんはちゃんと察しているようで、俺の紹介に、いちいち、うんうんとうなずいている。

 ルミエルは、にっこりと微笑んだ。


「はい。それでは私たち、長老に立ち向かう同志ということですね」

「うん、そうだよ! 一緒にがんばろーね!」


 背中の白い羽をパタタタと動かしながら、ハネリンも微笑んだ。


「ええ、頑張りましょう」


 そう応えるルミエルの目に、妖しい光がキラと閃くのを、俺は見逃さなかった。警戒とか嫉妬とかではない。こいつが、こういう目をするときは……。


「ところで、アークさま。今日はお疲れでしょう。お風呂を沸かしてありますが……」


 ふと、微笑を浮かべつつ、そう訊いてくるルミエル。やはりそう来るか。


「風呂か。俺は少しやることがある。後回しでいい」


 俺は、あえて何も気付かないふりで答えた。


「おまえたちは、先に風呂に入ってくるといい。その後でみんなで食事にしよう。その時分にはフルルも帰ってきてるだろうし」

「はい、わかりました」


 ルミエルは会心の笑みでうなずいた。


「えー? ま……ゆ、ゆーしゃさまも、一緒にお風呂……」


 ハネリンが、ちょっぴり不満げに呟く。


「ここの風呂は混浴じゃなくて男女別だ。どっちにしろ一緒には入れん。女どうし、仲良く語れ」

「え、そうなんだ……わかった。じゃあ、お風呂いってくる」

「ではアークさま、のちほど。さ、ハネリンさん。行きましょう」


 ルミエルはハネリンの手を引いて、浮き浮きと楽しそうに部屋から出ていった。

 ……確かハネリンには、そっちのケはなかったはず。さて、ルミエルはうまくやれるか。それとも、ハネリンがうまくその毒牙から逃れきるか。どう転んでも、ちょっと面白いことになりそうだ。





 ルミエルとハネリンが部屋から去ると、俺は呼び鈴を鳴らして当直の役人どもを呼び、いくつか質問した。


「結界の発生源……ですか?」

「そうだ。エルフの森全体に六ヶ所、結界魔力の発生源となるオベリスクが設置されていると聞く。諸君らは、その位置に心当たりがあるか」


 そう訊ねると、三人のエルフ役人どもは、一様に戸惑いの表情を浮かべ、互いに目線を交わしあった。

 俺がわざわざルザリクにいったん戻ってきたのは、轟炎の聖弓を馬車から引っ張り出すためと、もうひとつ、結界の発生源となるオベリスクの位置を調べるためだ。できれば、さっさとそのへん済ませて、早めにここを出発したい。


「すみません。我々も、そういうものがどこかにある、と聞いたことはありますが、実際の位置までは……」


 役人の一人が申し訳なさそうに応えた。


「うーむ、そうか。知らんのなら仕方ない。もしかして中央霊府は、オベリスクの位置を秘匿しているのか」

「はい、おそらくは。……あ、ですが」

「なんだ?」

「確か、あの結界は、先代の長老の命令によって設置されたものですが、その際、実際の作業にあたったのは、東西南北それぞれの霊府の長たちだそうです。当時の長たちのうち、北、西、東の長はすでに死去され、長の座も世代交代していますが、南霊府のシャダーン様だけは、現在もご在命のはずですよ」


 シャダーン……というと確か、西霊府のオーガンと同じく、黒死病計画に反対している穏健派だな。北のハルバンがオーガンに刺客──リリカとジーナのことだが──を送った際、いち早くその情報を掴んでオーガンに警告を与えたと聞く。オーガンの同志ならば、おそらく俺にとっても敵とはなるまい。

 どうやら、次の目的地は南霊府で決まりだな。シャダーンからオベリスクの情報を引き出し、それをエルフ伝来の二つの魔力武装で破壊する。手順としては、こんなところか。


 役人どもを退出させた後、俺は棚から大きな羊皮紙の巻物を取り出し、執務卓に広げた。エルフの森全体を俯瞰する、かなり精密な地図だ。いまのうちに南霊府の位置と、付近の地形を確認しておかねば──。

 しばし地図を睨んで進行ルートなど思案するうち、廊下のほうから、やけに楽しそうな話し声が響いてきた。ルミエルとハネリンだ。意外に早かったな。


「ただいま帰りました」

「たっだいまぁーっ」


 浴衣姿の二人が、仲良く連れ添って部屋へ入ってくる。


「ま、……ゆーしゃさまっ、ルミエルさんったらねー、もうすっごい──」

「あん、ハネリンさん……ダメですよ、二人だけの秘密って約束じゃないですか」

「あー、そうだったー。えへへー、じゃ、ナイショにするー」


 湯あがりの上気した顔に嬉しそうな笑みを浮かべて、ルミエルの腕にきゅっとしがみつくハネリン。ルミエルは妖しく微笑んで、そんなハネリンの金髪をふさふさと撫でている。

 何がナイショなんだか。どうやらこの勝負、ルミエルに軍配が上がったようだな。翼人最強戦士すら、こうも簡単になびかせるとは。外道シスター恐るべし。



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