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166:夕闇ランデブー


 アガシーは、俺が中央霊府へ行く場合、そのまま案内人として長老公邸まで同道するつもりだったらしい。

 ただ、俺はまだ中央へ赴く気はない。こっちにも都合ってもんがある。その旨を告げると、アガシーは、ムザーラの伝言として、フィンブルの動向に気をつけるように──と言い残し、去っていった。あの変態メガネが何を企んでるか知らんが、こっちも忙しい身だ。今はあえて気にせず、やるべきことに取り掛かるとしよう。


 それにしても。

 ウメチカから出たばかりの頃は、問答無用でエルフの森を制圧し、とっとと世界制覇を達成するつもりだったのに、近頃は色々と妙なしがらみができて、そう単純には事が運ばなくなっている。


 黒死病計画。中央霊府、北霊府と東霊府、西霊府と南霊府、それぞれの対立軸が織り成す政治的暗闘。謎すぎるイケメン楽士ルード。暗躍する変態ゴーレムフェチ。ナーガの脅威。そしてバハムートの侵略。この短期間に、わけのわからん案件が次から次へとよくもまあ湧いてくるもんだな。他に、ウメチカの制圧という問題もある。地下通路で今も眠っているであろうミラについても、なんとか救ってやらねば。やるべきことが多すぎて困る。

 ともあれ、ひとつずつ片付けていくしかない。べつに苦労や障害が多いほど燃えるとか、そういうマゾい気質は俺は持ち合わせていないので、なるべく楽な方法を取りたいもんだ。


 アガシーが帰った後、身支度を済ませてテントを出ると、少し離れたところで、ハネリンが組合の商人や人夫どもと何やら談笑しているのが見えた。ずいぶん楽しそうに話し込んでるな。トブリンはその脇でうずくまって寝ている。

 この短い期間で、ハネリンはすっかり組合の連中と仲良くなったようだ。そりゃいいが、口を滑らせて余計なことまで喋ってなきゃいいんだが。


 俺がそっちへ歩み寄ると、ハネリンが笑顔を向けてきた。


「まお……じゃなかった、ゆーしゃさまぁ。もう準備できてるよー」


 魔王さま、といいかけて、慌てて訂正するハネリン。ちょっとこう、イントネーションが怪しい。こいつにしてみれば、俺を「勇者さま」だなんて呼ぶのは、ミスマッチもいいところだろう。だが慣れてもらわんと困る。


 俺の背には、竜の目玉ちょうど百個がギッチリ詰まった、でっかいザック。ハネリンは平服に革のベルトを斜めにかけ、腰に大剣、背に閃炎の魔弓と矢筒を負っている。戦場へ行くわけではないので甲冑はまとっていないが、一応武器は身に帯びて、万一に備えておく、ということらしい。また、トブリンの背中にも太い革紐がゆわえられており、そこにハネリン愛用の長戟がくくりつけられている。俺と再会した直後、感極まったハネリンが上空で放り投げて落としてしまったものだが、商人たちが竜肉回収の際に発見し、ハネリンの手に返してやったのだという。


「よし。じゃ、そろそろ出発するか」

「うん。んで、どこ行くの?」

「ここから南のほうに、ルザリクという街がある。轟炎の聖弓は、そこに置いてあるんでな。それに調べたいこともある」

「……あのー、勇者さま」


 横から、商人のひとりが、控え気味に声をかけてきた。


「何だ?」

「いえ、その。ルザリクには、私どもも何度か商売で行っておりますが……」

「ほう。それで?」

「あそこの住人は、ほとんどが翼人嫌いのエルフでしょう。いくら勇者さまとご一緒とはいえ、ハネリンお嬢ちゃんをあそこへ連れて行かれるのは……」

「……なるほど」


 俺はうなずいた。商人が言わんとしていることはわかる。たしかに、その点は考えていなかった。ルミエルやフルルなどは、おそらく問題あるまいが、他の住民どもは、翼人であるハネリンをあまり歓迎しないだろう。民族や人種間の対立感情ってのはとにかく根が深くて厄介だ。あの穏健派のオーガンですら、翼人は好かん、と言ってたくらいだしな。

 なにかそのへん、うまい工夫を考えねばならんかもしれん。まずはハネリンに変装でもさせて、こっそりと庁舎に戻ってから、じっくり思案してみるか。





 アエリアが魔力を解放する。

 ハネリンを背に乗せたトブリンが、バサバサと翼を羽ばたかせる。


 商人たちの見送りを受け、俺とトブリンは、キャンプから森の上空めざし、ゆっくりと地上を離れた。

 夕刻。濃密な赤紫色の空には、はや点々と星粒がまたたきはじめている。日はいまにも西へ暮れようとしていた。


 俺一人なら、アエリアの全速力を出せば、ほぼ一瞬でルザリクへ辿り着ける。だがトブリンはそれほど速く飛べない。このままのんびりと行けば、ルザリクへ到着する頃には、あたりはすっかり暗くなっているはず。


「……というわけでだな、庁舎に着いたら、背中の羽は隠しておくんだぞ。ルミエルとフルルには、俺のほうから話をつけておくから、その二人については心配せんでいい」


 高度およそ二百メートル。俺はトブリンと並んで飛びながら、そうハネリンに言いきかせた。


「うんっ、わかったよー」


 ハネリンは素直にうなずいてみせた。なぜかトブリンもこくこくとうなずいた。いや、お前は別に何も隠さなくていいっていうか隠しようがないっていうか。


「あ、でも、魔王さまが、魔王さまだっていうのは、その二人にもナイショなんだよね?」

「そうだ。だから庁舎でも、俺のことは、勇者さまって呼ぶんだぞ」

「はーい!」


 元気よく応えるハネリン。トブリンも元気よく、こくんとうなずいてみせた。だからお前はいいって。

 ──ほどなく、眼下はるか、暗い夕闇に溶け込みつつある平原の一角に、黄金色にきらめく街の灯りが見えてきた。


「あれがルザリクだ。降りるぞ」


 俺はトブリンを引き連れ、ゆっくりと降下をはじめた。

 フルルは相変わらずコンサートで忙しいだろうか。ルミエルは相変わらず怪しい説法会でも開いてるだろうか。そういえば、サージャとムザーラも、まだあそこにとどまっているはずだ。戻ったら、あいつら全員、庁舎食堂に集めて、宴会でもやろうかな。



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