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165:竹簡と謀略の影


 ともあれ、ハネリンをテントから出して人払い。かわってアガシーをテントの中に迎え入れる。

 アガシーは、おもむろに懐から竹簡を取り出し、ジャラリと音を立ててそれを広げた。


 この世界、一応、製紙技術はあるが、一般には羊皮紙のほうが広く使われている。また、公式文書はたいてい絹が使われる。なのに、なんでわざわざ竹簡。これは油を抜き乾燥させた青竹を扱いやすい小さな板に加工し、さらにその板の上下両端に紐をゆわえて何枚も連ね、そこに筆墨で文章を記したものだ。実物を見るのは多分初めてかな。知識として、そういうものがあるとは知ってたが、魔族も人間もそんなもの使わないし。


「──長老におかれましては、今回、勇者さまの竜退治のご活躍を大いに嘉され、褒賞として、勇者さまのいかなる望みにも応じる用意があると──」


 アガシーは朗々と竹簡の内容を読み上げた。

 なんと。一切どもらず、澱みなく、流れるようにスラスラと読んでるじゃないか。こいつ、普段の会話は全然なのに、文書はきちんと朗読できるんだな。しかも腹からしっかり声が出ていて、異様に名調子。どうも竹簡自体、長老の書簡ではなく、長老の言辞をアガシーが書き取って、読み上げるためにつくったカンペのようだ。もし長老直筆の文書なら、読み上げるのでなく、直接俺に手渡すだろうからな。


「──つきましては、かねて約束にありましたように、竜の目玉百個をお携えのうえ、中央霊府の長老公邸までご足労を願いたく。そこに会見の場を設けてお待ちする──との由にございます」


 アガシーが竹簡を閉じると、俺は少々表情をあらためて訊ねた。


「長老は、その会見の具体的な日時について、何か言っていたか」


 もし長老が、ここで会見日時を提案してきた場合、それは辞退せねばならない。俺としては、長老と会うより前に、結界を破壊しておきたいからな。で、一応その確認をしてみたわけだが。


「日時……ですか? いえ、そっ、それは、なんとも……」


 たちまち元のどもり口調に戻るアガシー。なるほどなあ。こいつ、文章を読み上げるのだけはうまいんだ。だから使者やら教師やらの仕事も、そのへんを工夫すれば、なんとかやっていけるってわけだな。なかなか面白い奴だ。

 それはともかく。


「日時については、とくに言及してないんだな。ならば、そう急いで行く必要はないか」


 俺が言うと、アガシーは、ちょっと意外そうな顔つきをしてみせた。


「は……い、いえ、確かに、それはそうですが……な、何か、ご用事、でも……?」

「ああ。まだやり残した事があるんでな。だが近々必ず、その公邸とやらには赴かせてもらう。長老には、そう伝えてくれ」

「は……はあ。では、そのように……。ですが、よ、よろしいので?」

「何がだ?」

「勇者さまは、こっ、黒死病の、計画を……その、お止めになるおつもりなのでは……」

「その通りだが」

「は、ハルバン様がおっしゃるには、もう少しで、しょ、触媒が揃うと……だから急いで計画をす、進めると、おっしゃられて、まして、その」


 あああああもうじれったい。ようするに、長老はそのへん何も言ってないが、ハルバンの言動に不穏なものがあって、早く俺が行かねば手遅れになるかもしれない、とアガシーは言いたいわけだな。


「長老さまは、ともかく、ハルバンさまは、計画をやめるつもりは、な、ないそうでして……」


 アガシーはやや声をひそめて補足してきた。

 ハルバンといえば、北霊府の長にして、翼人嫌いの急先鋒。あくまで自衛のために黒死病計画を推進してきたという長老とは異なり、本気で翼人絶滅を公言してやまない危険人物だと聞いている。そのハルバンが、長老の意向を無視してでも、あくまで計画を続けるというのか。


 いや、だが、いくらハルバンがその気でも、まだ触媒のルーフラットの爪は、充分な数量に達していないはずだ。

 ここでハルバンがいう──もう少しで触媒が揃う──ってのは。その触媒とは、ようするに俺が持ち込む予定の、竜の目玉のことじゃないのか。


 穿ちすぎかもしれんが、ひょっとすると、こいつは、ハルバンが俺に仕掛けた一種のブラフという可能性もあるかもしれん。

 急がねば手遅れになる──アガシーにそう言わせることで、こちらの危機感を煽り、大急ぎで竜の目玉を持って来させる。で、俺が長老と談判してる間に、ハルバンは俺が持ってきた竜の目玉を触媒にして、黒死病魔法を発動させる──そんなところか。


 さすがに、単なる考えすぎという気もする。だが、用心しておくにこしたことはなさそうだ。ハルバンがどういう奴か、まだ直接会ったことはないが、リリカとジーナから、およそのことは聞いている。目的のためなら政敵暗殺も辞さぬという過激派にして陰謀家。こういう輩を相手にするには、こちらも相応の警戒が必要だろう。


「で、用件はそれだけか?」


 そう訊くと、アガシーは、へこっとうなずいた。


「は、その……使者としての務めは、以上、ですが……」

「ん? まだ何かあるのか。かまわんから言ってみろ」

「はい。これは、その、ムザーラさまからの、伝言でして……」


 おや。サージャのお付きの、あのじーさんか。わざわざ伝言とは何事だろう。


「さきほどの、ハルバンさまの、件と、関連があるかどうかは、わ、わかりませんが……。フィンブルさまが、な、なにか、独自の動きをしている、ということで……あるいは、勇者さまに、なにか、し、仕掛けてくるやも、と……。勇者さまには、くれぐれも、き、気をつけていただきたい、とのことで」


 フィンブルだと?

 そうだった。中央霊府には、あいつもいるんだったな。ある意味ハルバン以上に厄介そうな奴が。


 あの変態ゴーレムフェチが、今度は何をやらかす気だ?



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