164:森を訪れるもの
商人キャンプに回収集積された竜肉は、およそ三日間ですべて商人たちの手に渡り、完売の運びとなった。
俺の手許に入った銀貨およそ五千枚、さらに百枚以上の約束手形。総額はいったいどれくらいになるのか、いちいち計算するのも馬鹿馬鹿しい。魔王城レベルの巨大建築を五、六軒くらい建てられるほどの巨富だ。
もっとも、商人たちも言ってたが、こんな大量の竜肉を一度に市場に出せば、間違いなく竜肉の価値は大暴落する。よほど素早く売り抜かねば利益は確保できまい。タイミングを逸して大損こく奴も出てくるだろう。たとえそうなっても、俺は情け容赦なく取り立てに行くけどな。
竜の目玉百個は、むろん売らずに取ってある。こいつを長老のところへ持っていけば、依頼はクリアしたことになるが──事はそう単純ではない。
長老が竜の目玉を何に使うつもりか、現時点ではわからないが、商人たちの証言によれば、あれは黒死病魔法の触媒になるという。このまま素直に竜の目玉を長老のもとへ持って行き、もしそれを本当に黒死病蔓延に使われたりしたら、俺様の面目丸つぶれだ。なんせ黒死病計画の阻止というのが、俺が中央霊府を目指す大義名分のひとつなのに、逆に俺が計画を助けることになってしまうからな。そうなっては、迂闊との謗りも免れまい。
これへの対策として、俺が取るべき道は二通りが考えられる。ひとつは、まっすぐ中央霊府へ殴り込んで、問答無用で長老の首級をあげ、強引にエルフの主権を奪ってしまうこと。きわめて単純明快だが、これだとエルフの民心を得ることはできない。おそらくエルフの森は四分五裂の大混乱に陥ることになるだろう。これを纏めあげるのに、どれほどの手間と時間を要することになるやら。どう考えても効率の良いやりかたではない。
で、いまひとつは──長老の依頼そのものは完遂しつつ、さらに別の方面から長老に圧力をかけ、より確実にすみやかに、俺の要求を呑むよう仕向けること。
具体的には、まずエルフの森全域を覆っている対魔族結界の発生源を突き止め、さっさと破壊してしまう。そのうえで、あらためて竜の目玉を長老のもとへ持参し、黒死病計画の中止と、俺への主権委譲を迫る。依頼をクリアすることで最低限の筋は通しながら、一方で長老を脅迫するわけだ。結界を失ったエルフどもが魔族の侵攻から生き延びるには、勇者たる俺様の言葉に従うより他に道はない──拒むならば見捨てるまで、と。
この三日間、俺なりに、ない知恵を絞って、こういうプランを練ってみた。実際この通りにうまくいくかどうか、たいして自信はないが、ここはもうやるしかあるまい。少なくとも、何も考えずにホイホイと竜の目玉を長老に渡してしまうより、少しはマシな状況へ持っていけるはず。どっちにせよ、いずれ結界は破壊せねばならないわけだしな。その時期が少々早まるだけのことだ。
方二千里という広い領域をカバーする巨大な結界を、いかに打ち砕くか。これまで商人たちから集めた情報をまとめると、結界魔力の発生源は一箇所ではなく、エルフの森の各地に点在する六つのオベリスクだという。そのうちのひとつでも破壊すれば、結界を維持する魔力のバランスが崩れ、効力は失われる──という話だ。
ただ、虹の組合の商人たちも、それらオベリスクの正確な位置まではわからないとか。無理もない。エルフならともかく、人間の商人たちに、そこまで期待するのは酷ってもんだ。
ここはいったんルザリクへ戻って、エルフどもの証言を聞くなり、資料を漁るなりして、オベリスクの所在を調べることにしよう。むろん、ハネリンとトブリンも伴って。トブリンを庁舎に連れていったら、ルミエルとフルルは、どんな顔をするだろうな。
……あとひとつ、なんか忘れてるような。なんだっけ。
ああそうだ。ルードの伝言の件があった。南霊府へ行って、木を切って、耳栓をつくれとかって。なんでわざわざ俺様がそんなことをせにゃならんのだ。
少しは気になるが、今は他に喫緊の課題がある。やるかやらぬかは別にして、この件は後回しでも問題あるまい。
ともあれ、当面の方針は定まった。まずはルザリクへ戻ることだ。もう竜肉の売買もすべて終わり、商人たちもぼちぼち撤収の準備をはじめている。俺たちもさっさと森を離れて出発しよう──と、ハネリンと一緒にテントで身支度しているところへ、若い組合の人夫どもが駆け込んできて告げた。
「勇者さま、中央霊府からのご使者が来てますぜ。勇者さまにお会いしたいって」
もう来やがったか。だが長老と直接対峙するには、こっちはまだ準備不足。どうするか。
「……どんな連中だ?」
「お一人だけですよ。若いエルフの男で……なんか、酷いどもりのようで、話を聞くのも苦労しましたが」
どもり?
俺が知る限り、中央霊府の関係者で、そういう奴といえば……。
「わかった。ここに通してやってくれ」
人夫たちは、うなずいて立ち去っていった。
ほどなく、カサカサと下生えを踏みしめる音ともに、テントの入口へひょっこり姿を現したのは。
「やはり、おまえか。サージャたちと一緒にルザリクにいるんじゃなかったのか?」
俺が声をかけると、その若いエルフ──どもり使者のアガシーは、いかにも申し訳なさげな顔つきで、へこっと一礼した。
「は、はあ、その……私、今は、また、中央に戻ってお、おりまして……」
相変わらずのその口調。じれったい奴だ。
前にも思ったが、なんでこんなのが長老の使者なんて重任をつとめてるのか。なんか縁故でもあるのかな。




