163:美楽士の伝言
毛布の中で、ハネリンの髪をもさもさ撫でていると、ふと、そのハネリンが、気だるそうに瞼をひらいた。
色々と積もる話はあったんだが、ともあれハネリンとは久々ってことで、話の前に、まずは(自主規制)(自主規制)(もひとつ自主規制)にいそしんでみた次第。
「んー……そうだ。思い出したぁ……」
「どうした。急に」
「んっとねぇ……」
激しい(自主規制)の余韻か、ハネリンはまだ喋るのも億劫という様子。
「さっき……ハネリン、言ったよね……。小さな町で、親切な人に、魔王さまの行方を教えてもらったって……」
「ああ、そう言ってたな。なんて町だ?」
「えっとぉ……なんつったかなぁ……。んー……と。そうだ、ポルクス。ポルクスっていう町だよ」
ポルクス……? どっかで聞いたような、そうでもないような。ううむ、なんだったか。
「でね、その人から、伝言、頼まれてたんだぁ……」
「俺に?」
「うん。魔王ああああ陛下によろしく、って、言ってたよぉ」
ああああ言うなー!
っていうか、なんだ?
そいつ、俺が魔王だってことを知ってるのか。いったい何者だ?
「んっとね。ルードっていう人。竪琴の演奏がすっごくうまくてね、吟遊詩人なんだって」
「──!」
ハネリンの言葉に、俺はつい、目を見開いてしまった。
ルードといえば、あの西霊府のはずれの駅亭で出会った人間じゃないか。俺とルミエルを竪琴の演奏で眠らせ、とんでもない額の銀貨を持ち去ってルミエルをブチ切れさせた超絶イケメン楽士。
なんであいつが、俺が魔王だと知ってやがるんだ?
いや。よくよく思い起こせば、あいつは俺が勇者であることも、あらかじめ知っていたようだった。あの野郎、もしかして、何もかも知った上で、あえて何食わぬ顔して俺たちの前に現れていたのか? もしそうだとしたら相当食えない野郎だが、それ以前に、本当にあいつは何者なんだ。ひょっとして、人間じゃない……とか?
ポルクスという町の名前にも、ここでようやく思い当たった。
あのとき──雨やどりの駅亭で、俺とルミエルに語った、ルードの故郷だ。ルミエルもその名を知っていた。たしか結界の外側にあって、いったん魔族に滅ぼされ、その後復興したとかいう話だった。
ルードは、かつて中央霊府で楽士をしていたが、長老の不興を買ってクビになり、やむなく故郷をめざして徒歩で旅をしている──そう言っていた。今となっては、その経歴自体、事実かどうか疑わしいが、少なくともルードがあの後、無事に故郷へ帰りついたことだけは確かなようだ。そこで、たまたま付近を通りかかったハネリンと出会い、俺の行方をハネリンに示した──。いや、あるいはそれすら偶然でなく、そうなるようにルードが何らかのお膳立てをしたのかもしれない。
「そいでね、伝言っていうのは……」
俺の内心の驚愕や疑念などお構いなく、ハネリンは、なお眠たげな顔で、話を続けた。
「南霊府っていうとこに、すっごい古い木が生えてるんだって。なんか魔法がかかってて、一万年くらいずっと生きてるって」
「ほう……?」
いわゆる神木とか霊樹とか、そういう感じか。
「んでー、その木の枝を切って、耳栓をつくるように、って。そしたら、きっと役に立つから……って」
耳栓?
わざわざ南霊府に行って、耳栓を作れと? それがルードの俺宛ての伝言だってのか。なんだそりゃ。
「うん。その耳栓がないと、この先、こまるよ、ってぇ……ゆって……」
とろりとろりとハネリンの瞼が閉じてゆく。どうやら眠気が限界に達したようだ。
「んにゃふぅ……」
意味不明な呟きを残し、ハネリンはそのまま俺に寄っかかって寝息を立てはじめた。
もう少し詳しく聞きたかったが、ずいぶん疲れてるようだし、今夜はもう仕方ないな。
しかし。あのルードが、俺の素性を把握していたとは。
そうなると、いくつも疑問が湧きあがってくる。なぜあいつは、わざわざ俺に初代勇者の伝承歌とやらを聴かせたのか。俺たちを眠らせて立ち去ったことに、どういう意味があったのか。あいつは本当は何者で、いったいどんな思惑で俺と接触してきたのか。そして、なぜ耳栓。
わからないことだらけだ。どうやら、敵ではなさそうだが……何か色々と俺の理解を超えている。
いまの時点では、そのへんをあれこれ考えても無意味だろう。それはわかっているが、どうにも気になって仕方ない。
ルードの野郎、今度会ったら、素性から何から、キッチリ問い詰めてやらねば。
翌朝。
俺が目をさますと、隣りにハネリンはいなかった。
結局、昨夜はあまりよく眠れなかった。ルードのことを、うだうだ考えていたせいだ。寝てたのはせいぜい小一時間くらいか。
もそもそと毛布を押しのけ、アエリアを手にして腰に佩く。アエリアはまだグースカ寝てやがる。こいつも昨日はよく頑張ったしな。仕方ないか。
テントを出ると、トブリンが、もっちゃもっちゃと下生えの草など食っていた。そのすぐ脇で、ハネリンが、なにやらごつい大剣をぶんぶん振り回している。素振り?
ひと振りごとに、剣先がグォンと空気を切り裂き、風圧がこちらに届くほどの猛烈な斬撃。バハムートの頭蓋すら一撃で砕きそうだ。馬鹿力にもほどがある。
「あ、魔王さまー。おっはよー」
ふと素振りの手を止め、元気に挨拶してくるハネリン。
「おまえ、剣の鍛錬なんてやってるのか」
ハーレムにいたときは、そんな習慣はなかったはずだが。
「ん。そーだよ。お城を出てから、こうやって毎日稽古して、ちょっとずつ鍛えなおしてるんだ。ほら、お城にいたときは戦いなんてなかったけど、外に出たら何が起こるかわからないと思って……でも、まだまだだよ。昔と比べたら、ずいぶん身体がなまっちゃってて。もっともっと鍛えないと」
そう言って、ハネリンは、なんとも爽やかな笑顔を向けてきた。額を流れる汗が、朝日にキラキラ輝いている。
いやもう充分強いと思うんだがな。あれほどナーガども相手に無双しておいて、まだ身体がなまってるとか。さすが脳筋種族というべきか。




