162:白き翼、天高く
夜更け──狭いテント内に吊り下げられたカンテラの中で、蝋燭の炎がチラチラと揺れている。
俺とハネリンは毛布にくるまって肩を寄せ合い、しばしお互いの出来事を語りあった。
なにせ直接会うのは十六年ぶりだ。俺は、いかつい魔王の面影など微塵もない人間の少年の姿へと変わりはてた。ハネリンは、ちょっぴり大人っぽくなった。どちらも、中身はたいして変わってないみたいだけどな。
「ほう。あのお姫様は、そんなことになってるのか……」
かつて人間の王国のお姫様で、いまは俺のハーレムで暮らしている娘。ライル・エルグラードの婚約者でもあった。当時は儚げな美少女で、ひところ俺も足しげく部屋へ通って寵愛したもんだが、ハネリンがいうには、近頃はすっかり容色も衰え、でっぷり肥え太った中年のおばはんになっているという。昔はおっとりした性格だったが、ちょっと神経質っぽくなって、棘々しい態度や言動が目立つようになったとも。更年期ってやつだろうか。もっとも、そうなってしまった理由の一端は俺の不在にもあるだろう。女ってのは、異性の目を意識しないようになると、途端に色気を失うものだ。ハネリンだって、ちょっと俺の足が遠のいただけで、全裸で大股おっぴろげて床でイビキかいて寝てるような、だらしない状態になってたわけだしな。
「畑中さんはどうしてる? 相変わらず和食派か」
「うん。最近は、塩麹っていうのにハマってて、それ使った和食を色々研究してるんだって」
ほほう。以前にもちょっと感じたことだが、本当に魔族なのかあの人。外見はインキュバスだけど実は背中にチャックがついてて、中身は日本人の板前さんでしたとかいうオチじゃないだろうな。
「……それで、城を出てから、どんなルートでここまで来たんだ? 結界の外は、いまどんなふうになってるんだ」
「そりゃもう、大変だったよぉ」
ハネリンが城を出たのはおよそ二ヶ月前。そこからゴーサラまでは馬に乗って移動したという。
「そこまでは順調だったんだけど、河が渡れなくて、何日か立ち往生してたの。橋が壊れちゃってて」
かつて大陸全域に展開していた魔族の軍勢は、俺の指図によって、すでにゴーサラ河から北へと引き揚げているはず。おそらくその際、他の種族が自由に往来できぬようにと、魔族の将軍の誰かが橋を壊したんだろう。いわゆる現場の判断ってやつで。
「で、そこでトブリンに会ったんだな?」
「そうだよー」
「それからトブリンの背に乗って、一気にここまで来たのか?」
ハネリンはふるふる首を振った。
「ううん。だって、どこに行けばいいか、よくわかんなかったから」
「じゃあ、どうしたんだ?」
「南に向かって、飛んでるとね、町が見えたんだ。そこでね、親切な人から魔王さまのこと聞いて……」
「町?」
「うん。小さな町でね、魔王さまは、中央に向かってるって、そこで教えてもらって、急いでここまで来たんだよ」
小さな町……? そんなところに、なんで俺の動向を知ってる奴がいるんだ。いったい何者だ? もう少し詳しく聞いてみたいところだが……。