表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
160/856

160:黒松と風呂釜


 ルーフラットというのは天井裏をばたばた走り回るネズミのこと。

 エルフは、そのルーフラットの爪を触媒として、人工的に黒死病を引き起こすことができる。


 エルフの長老は、翼人の国に黒死病を蔓延させる計画を推し進めており、そのために大量のルーフラットの爪をウメチカへ発注していた。翼人とエルフは長年の宿敵どうし。長老の狙いは、翼人の軍隊を黒死病によって弱体化させ、その侵攻を事前に食い止めることにあったようだが、北霊府の長ハルバンなどは、根っから翼人を嫌っており、この機に翼人を絶滅すべしと公言してはばからないそうだ。ただいずれにせよ、肝心の触媒となるルーフラットの爪の数量がまだ不足しており、現在のところ、この計画は実行されていない。

 一方。俺はエルフの森の制圧を目指すついでに、この胸糞悪い計画をも阻止すると決めた。翼人は俺に臣従する種族であり、様々な利益を俺と魔族にもたらしている。それを絶滅させるなど、俺様が許すわけがない。宗主としての面子もある。


 中央霊府を目指す道すがら、俺は移民街の代表サントメール、西霊府の長オーガンらと手を結び、俺の目的──黒死病計画の阻止──をエルフの森全域に大々的に公表流布させた。これによって、俺と長老はエルフの森において公然たる対立関係となった。これではまずいと思ったか、長老側は俺を懐柔すべく、使者サージャを派遣し、ひとつの依頼を持ちかけてきた。中央霊府へ迫りつつある竜の大群を撃退し、その目玉百個を長老のもとへ持ってゆけば、いかなる望みも叶えよう、という。

 俺は依頼を受け、なんだかんだで一応やり遂げた。しかし、その竜の目玉が、──実はルーフラットの爪の代替品として、黒死病魔法の触媒になりうる──と聞かされ、さすがに少々考え込まざるをえなくなった。


 以上が、現時点で俺を取り巻く情勢。どうも、事はそう順調には運ばなさそうだ。

 さて、俺は今後どうすべきか?





 黒松の梢がふらふら揺らいでいる。少々風が出てきたようだ。

 時刻は宵にさしかかる頃。濃藍に銀砂を散らしたような星空の下、深森の商人キャンプに火が灯る。


 虹の組合員たちは、こぞって地面に蓆を延べ酒食を並べ、皓々燃えさかる炎を囲んで一斉に祝杯をあげた。商人だけでなく、竜肉の回収運搬にあたった人夫たちも、わけ隔てなくここに集って、総勢二百人の大宴会。

 キャンプ内には、比喩でなく文字通り、小山のごとく高々と竜肉が積み上げられている。総量はもはや計量不能。そもそも俺自身、いったい何百匹斬り殺したか把握していないのだ。こんなもん、回収するだけでも大変だったろうな。そこで、希望する商人に、好きな部位を好きなだけ切り取らせ、その都度計量して、重量あたりの基準単価──さきほど商人たちと交渉して決めた──をその場で俺に支払う、もしくは同額の約束手形を出す、ということで合意している。


 全ての竜肉をさばき終えるまで、おそらくあと二日や三日は費やすことになるだろう。その間に、今後の俺の出方というか、長老への対応というものを考えねばならない。ひょっとしたら、その前に中央霊府から使者なり何なり、ここに派遣されてくるかもしれないが。

 組合員たちがキャンプファイヤーでどんちゃか盛り上がっている様子を横目に、俺はテント脇に設けられた急造の風呂場で軽く汗を流した。風呂といっても、ばかでっかい鉄釜に下から火をかける原始的なものだ。五右衛門風呂をそのまんま野外に持ってきたような感じだな。ちゃんと敷き板もあるし。


 風呂釜は二つあるということで、いま俺の隣りの釜で、ハネリンも湯につかって大はしゃぎ。

「あはっ、釜ゆで、釜ゆでー! ぐつぐつ、ぐらぐらいってるぅー! きゃはは!」

 湯気のなかから、無邪気にこちらへ笑いかけてくるハネリン。聞けば、ここ半月くらい風呂に入ってなかったとか。そりゃケダモノくさいのも道理だ。


 風呂場から少し離れたところでは、トブリンが、もひゃもひゃと下生えの草など食っている。その仕草もなかなかユーモラスで、なんとも愛嬌のある姿だ。そういえばルミエルやフルルも、こいつらのことは気に入ってたっけな。せっかくだから、ハネリンとトブリン、セットでルザリクに連れていくのも面白いかもしれない。

 それはそれとして。


「ハネリン。そろそろ、事情をきかせてもらおうか?」


 たぽんたぽんと揺れる湯から顔だけ出して、ハネリンにそう声をかける。


「……うん」


 湯気の向こうで、ハネリンはこっくりとうなずいた。


「最初はね、おとなしく待ってようって、思ってたんだけど……」


 事の発端は、俺が勇者として覚醒した翌日。スーさんが瞬間移動でウメチカの俺のもとへ会いに来たときの様子を、ハネリンは神魂の映像で見ていたのだという。


「スーさんばっかりズルいよねーって、チーさんと言いあってたんだ。でもそのときは、なんとかガマンしてたんだよ」


 その後、俺は地下通路の宿場でスーさんと再会。あの強烈な魔法のボディーの魅力に抗えず、ついついスーさんをダブルピースさせてしまった。この様子を神魂を通して見ていたハネリンは、とうとう我慢の限界に達し、戻ってきたスーさんに直談判をはじめた、とか。

 自分も魔王さまに会いに行きたい──そうひたすら駄々をこねるハネリンに、スーさんも当初は渋ったものの、交渉十数日、結局、条件付きで承認を与えたという。


 その条件とは、魔族では突破できないエルフの結界をスルーできる翼人の利点を活かし、魔王陛下──つまり俺に、ある届け物をすること。その名目のもとに、ハーレムからの外出許可が与えられたというのだ。


「……ひょっとして、その届け物って、閃炎の魔弓のことか?」


 俺が言うと、ハネリンは、ざぱっと湯から両手を上げて答えた。


「ぴんぽーん! あれってねー、チーさんが言うにはー、ひょっとしたら、エルフの結界を壊せるかもしれない、凄いアイテムなんだって!」


 おお、なんと。それは耳寄りな。そのへん、もうちょっと詳細希望。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ