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016:勇者の使命

 儀式を済ませ、帰りの馬車に揺られながら、俺は窓の外を眺めていた。

 薄暗い地下都市ウメチカの街並み。規模は相当なものだ。人口も十万人は下らないだろう。


 俺の中に息づく、アークとしての記憶――かつて学校や教会で得た知識――によれば、もともとここには、古くから人間の小さな集落が存在していたらしい。そこへ、魔王軍、つまり俺様の軍勢の襲来を避けるため、地上から一部の王侯貴族を含む大量の避難民が流れ込み、王族らの主導によって、本格的な都市が築かれたという。

 我ながら盲点だったな。人間の支配者層は完全に根絶し尽くしたと思い込んでいたが、こんな地下で王国の体裁を維持していたとは。かつて百万の人口を擁したという地上の王都とは比較にならないにせよ、物資は豊富で、街もなかなか賑わっている。地下道を使ってエルフと交易し、鉱物資源や手工芸品と引き換えに、食糧や家畜、燃料、生糸などを得ているようだ。


 ここの王は、もと地上の王家の傍流で、群臣に推されて地下で即位し、一代でこの都市を作り上げたカリスマ的存在らしい。俺には単なるネーミングセンスの悪いジジイにしか見えなかったが。AAAってどういうことだ。エーエーエーって。魔王ああああの次は勇者AAAか。アンブローズ・アクロイナ・アレステルの頭文字だから、まだギリギリ筋が通ってるといえなくもないが。いや、しかし、やっぱり納得いかんぞ。

 他にも不満がある。もったいぶって手渡された、戦士の剣とやら。これ中身はたんなる銅の剣じゃねえか。鞘なんか金メッキの真鍮製だし。飾りにもならんぞこんなもん。


 さらに、エルフの長老宛という親書も押し付けられた。三日以内に準備を整えて出立し、地下通路からエルフの森へ赴いて、長老に直接手渡せ――と。さっそくお使いかよ。勅命だから俺には拒否権もない。いわゆる帛の巻物だが、特殊な呪力封緘がしてあるので俺は内容を読むことができない。


「ずいぶんと変わるものだな。顔つき……とくに目もと。今までとは別人のように引き締まってる感じがするぞ」


 ケーフィルが声をかけてきた。当たり前だ。ほぼ別人だからな。男の顔ってのは、経験が自然と滲み出てくるもんよ。


「……勇者ですから。色々と、変わりましたよ」


 無難に応えておく。まだまだ様子見だ。せいぜいおとなしく振舞っておこう。

 儀式の後、王はいくつか、気になることを告げてきた。この世界の現状や、人間どもが置かれている状況について、かいつまんで説明してくれたわけだが――俺の知識や記憶と食い違う、もしくは俺がまったく知らない事柄が、そこに含まれていたのだ。


 俺がトラックに轢かれてから、きっちり十六年が経過している。王の説明を聞く限り、人間どもは、今でも魔王は健在だと認識しているようだ。魔族は相変わらず地上を跋扈し、翼人との主従関係も継続してるとか。おそらく、スーさんかチーあたりが、そのへんはうまく取り繕ってるんだろう。多分チーが魔王代行とかいってふんぞり返ってるんじゃないか。あいつ、ああ見えて権力志向なとこあるし。

 そこまではいいが。


 ――魔王の邪悪な魔力が、異常気象を引き起こし、地上の寒冷化が進んでいる。


 とか。


 ――魔王の悪質な魔力の影響によって、竜たちが凶暴化し、エルフの森を襲撃している。


 とか。

 何のことだそれは。身に覚えがないにもほどがある。


 以前、俺はチーから北方の異常低温について聞かされている。おそらく、この十六年の間に、それが本格化したのだろう。とすれば、異常とはいえ、それは自然現象にすぎない。そもそも魔王といえど天候をどうこうできる力はないのだ。濡れ衣だ。

 竜の凶暴化というのも、わけがわからない。地上で寒冷化が進行しているというなら、寒さに弱い竜たちは巣に篭って出てこないはずだ。仮に本当に凶暴化していたとしても、そりゃ俺とは無関係だ。濡れ衣だ。


 王の説明をシンプルに要約するならば――電信柱が高いのも、郵便ポストが赤いのも、全部魔王のせい。全部魔王が悪い――ということになる。魔王はこの世界を破滅に導く諸悪の根源だと。ううむ、魔王ってどんだけ酷いやつだよ。

 俺が人間どもを蹂躙し、必要以上に圧迫してきたのは事実だ。それで恨まれたり憎悪されるのは当然のことで、その点をどう悪しざまに言われようが、今更痛くも痒くもないが、身に覚えのないことで罵倒されるのは、さすがにあまり良い気がしない。


 だいたい、世界を破滅させようなんて考えたこともない。そんなことして、俺に何の得があるっていうんだ。


「難しい顔をしているな。王の言ったことを考えてるのか?」


 ケーフィルがたずねてくる。


「うん……ちょっと。異常気象とか、竜の凶暴化とか。魔王って、そんなに凄い力があるのかなって」


 おもいっきり猫をかぶりつつ、カマをかけてみる。

 ケーフィルは軽く首をかしげ、意外な返答を聞かせてくれた。


「どうだろうな。魔術師の端くれとして言わせてもらうならば、魔王の魔力がどれほど高かろうが、魔法による物理干渉力には限度がある。局地的にはともかく、広範囲に渡って気象状態を操作できる魔法など聞いたこともない。地上の寒冷化は、おそらく別の原因だろうと私は思う。竜についても同じだ。そんな力が魔王にあるなら、我々や翼人との戦争でも、竜をけしかけてきただろうからな」


 おお。ズバリその通り。よくわかってるじゃないか。


「ただ、それらが魔王の仕業であるかどうかは、この際問題ではない。今、世界は確かに危機的状況に陥りつつある。きみは儀式の中で、はっきりと宣言したな。世界の救済こそ使命、と。それこそ、我々がきみに求めているものだ。きみは細かいことなど気にせず、その使命に向かって突き進めばいいのだよ」


 いや、あれは良心回路に言わされただけで……。その良心回路も、いまや俺の脳内で完全に押しつぶされ、溶けて消えてしまった。他愛ないものよ。


 馬車が止まった。どうやら家に着いたようだ。

 母親が玄関先まで迎えに出ている。俺が客車を降りようとすると、ケーフィルが声をかけてきた。


「きみはすでに勇者として覚醒した。我々がどうこう言わずとも、今後なすべきことは、自分でわかっているはずだ。自分の信じる道を行くがいい。健闘を祈っているぞ。アーク……いや、勇者AAA」


 だからその名前で呼ぶなっつーの! わざわざ言いなおすな!

 といっても、もう確定事項らしいから、今後は行く先々でそう呼ばれることになりそうだな。ちくしょう、あの王様。おぼえてやがれ。


 内心で毒づく間に、馬車はガタゴト揺れながら去っていった。それを見送りながら、ふと、ケーフィルの言葉を反芻してみる。


 ――今後なすべきこと。


 馬鹿め。そんなことは最初から決まっている。

 世界制覇だ!



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