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159:ドラゴンの目

 商人たちの案内で、俺たちは組合のキャンプへと向かうことになった。いまそこにナーガの肉を集めさせているところだという。ある程度回収が進んでから、俺自身がそれらを検分することになるだろう。いったいどれほどの分量になるのやら。

 うしろから、灰褐色の竜──トブリンが、ゆっくりとついてくる。ナーガの半分ほどとはいえ、体高およそ五メートルの巨体。その割に、さほど大きな足音はたてず、ほぼ摺り足でガサゴソと進んでいる。このへんの動作は、いかにもトカゲっぽいんだがな。


「トブリンはね、ゴーサラ河の河原で出会ったんだよ。仲間とはぐれて、ひとりで迷子になっててね」


 道すがら、ハネリンは、そう説明した。

 当時、北方では、竜の群れが一斉に南へ南へと大移動をはじめていたそうだ。おそらく、本来の故地たる旧魔王城付近が猛烈な寒気に見舞われたことで、寒さに弱い竜たちは、それを避けて南方へ移住していったのだろう。俺自身、ルザリクの南の沼地あたりで、こいつらのコミュニティーを目撃している。


 ゴーサラというのは、大陸のほぼ中央部にあたる土地。ゴーサラ河は大陸を南北に隔てる境界線ともいうべき大河だ。ハネリンは、その北側のほとりで、はぐれ竜のトブリンと出会い、なぜか意気投合というか、よくわからんが妙に仲良くなり、一緒にエルフの森を目指すことになったという。トブリンは、はぐれた仲間を捜すため。ハネリンは、俺に会うために。

 そもそも、魔王城のハーレムにいるはずのハネリンが、なんで勝手に城を抜け出して南を目指したのか。そのへんの事情も聞いておく必要があるが、いまは、すぐそばに人間の商人どもがいるからな。こみ入った話は、二人きりになった後で、じっくり問いただすとするか。


 俺はこっそり小声でハネリンに囁いた。


「俺が魔王というのは、まだ人間やエルフには内緒だ。人前では、俺のことは勇者と呼ぶんだ。いいな」


 ハネリンは、こっくりうなずいた。


「うん。でも、なんで内緒なの?」

「そのほうが面白いからな。後々、ドーンとカミングアウトしてやるのさ。人間もエルフも、みんな死ぬほど驚くだろうよ」

「あはっ、それ面白そう!」


 ハネリンはそう言って無邪気に笑った。

 いや、実際のところ、別にそんなイタズラ心で隠してるわけじゃないがな。少なくとも現時点では、人間やエルフどもには、あくまで俺が善人の救世主だと思い込ませておいたほうが、なにかと都合がいい。単なる損得勘定だ。いずれ、そんな計算も必要ないほど俺様の支配体制が磐石に固まってから、あらためて事実を公表しても遅くはないだろう。


 ほどなく、俺たちは商人キャンプへ辿りついた。森の間道と小川に沿って、複数の大きなテントが張られ、その周辺で大勢の組合員どもが、なにやら忙しそうに動き回り立ち働いている。

 森のあちらこちら、ドカドカ土を蹴散らす馬蹄の響きや、車輪がガラゴロいう音などがひっきりなしに聴こえて、なんとも慌しい雰囲気。どうやら人力だけでなく、相当数の牛馬が運搬に用いられてるようだな。手回しのいいことだ。


「あっ! 勇者さまだ!」

「おお、本当だ」

「あれ? でも、お連れの人が、前と違……」

「ば、馬鹿、余計なことを言っちゃいかん」

「へぇ、翼人かぁー。初めて見たな」

「おー。美人だよなあ……」

「な、なんか、でっかいのが、ついてきてるんだけど」

「勇者さまのペットか何かじゃね?」

「あー……まあ、勇者さまだもんな。あれくらいペットに連れてても不思議じゃないよな」


 木々の向こう、ちょっと離れた場所から、口々に騒ぐ声がきこえはじめる。いや勝手に納得すんな。おまえら勇者をなんだと思ってんだ。


「ささ、お二方。ひとまず、あちらのテントへ」


 商人たちの案内で、灰色のぶ厚いシートを張り巡らせた、やけに頑丈そうなテントへと通された。中は意外に広々として、上等なテーブルと椅子もしつらえられている。商談スペースってとこか。





 テーブルにつき、俺はあらためて商人たちと価格交渉にのぞんだ。


「いまの相場は、だいたいこんな感じで」

「いや、それは古い相場だ。最新だと、もう少しこう……」

「おや、そうでしたか? ……それでは、このあたりでいかがですか」

「それじゃ安すぎる」

「今回は量が量だけに、これが一度に市場に出回れば、値崩れは必至ですので……」

「そうなる前に、さっさと売り抜いてしまえばいいだろう。どうせ日持ちのするものじゃないんだ。そちらの儲けも考慮して、今回は、だいたいこのへんで手を打とう」

「いやー、さすがにお上手でいらっしゃる。かないませんなあ……」


 俺が商人たちと商談に火花を散らす傍ら。ハネリンは、組合が用意した竜肉サンドイッチなど夢中で貪り食っている。よっぽど腹が減ってたらしい。そういえば、今のハネリンからは、こう微妙に、洗ってない犬というか、掃除してない鶏舎のニワトリというか、そんな感じのケダモノ臭も少々漂っている。こいつ、しばらく風呂入ってないな。

 ちょうど交渉がまとまった頃、若い組合員がテントに入ってきて告げた。


「勇者さま。さきほどのお言いつけどおり、竜の目玉を百個、回収してきました。テントの外に積みあげています」

「そうか。じゃあ、俺のザックに詰め込んでおいてくれ」

「かしこまりました」


 組合員が一礼して退出した後、商人の一人が、少々あらたまった顔つきで囁きかけてきた。


「その目玉というのは、エルフの長老に渡されるのですな?」

「ああ。そういう依頼だからな」

「……あまり、長老を信用なさらぬほうがよろしいかと存じます。とかく、良くない噂ばかり聞きますので」

「それは承知のうえだ」

「竜の目玉は、エルフの魔法の触媒として、たいへん高値で取引きされておりますが……具体的に、どのような魔法に用いるものか、ご存知ですかな?」

「……いや。知らんな」


 もともと俺はエルフの魔法にはたいして詳しくない。竜の目玉が何かの触媒になるということは知っていたが、今回の長老の依頼は、そっちの用途より、竜退治の証拠品という意味合いだろうと解釈していた。


「これは噂で、確実なものではないんですが」


 商人はそう前置きしつつ、説明した。


「竜の目玉は、いわゆる万能触媒です。万能ということは、多種多様に応用がきくということで──実は、ルーフラットの爪の代替品として、黒死病魔法の触媒にも使えるらしいんですよ」


 なんですと?



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