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158:商人と翼人と竜


 襲来してきたナーガは全滅させた。それはいいが、まだこれで全てが終わったわけではない。色々と後始末が待っている。とくに目玉を回収しておかんと。

 日は高々と沖天。薄雲けぶる秋空、西から強い風が吹き付け、俺とハネリンの髪をばさばさとなびかせている。


 ハネリンは、よほど気持ちが昂ぶっていたのか、しばらく俺に抱かれたまま、力の限り泣きわめいてたが、それも時間とともに、次第に鎮まっていった。

 さんざん涙を流し、やがて泣きやむと、俺の胸にキュッとしがみつきながら、潤んだ瞳を向け、切なげな声で囁きかけてきた。


「魔王さま。ハネリン、頑張ったよ。……ほめてくれる?」

「ああ。よく頑張ったな。えらいぞハネリン」


 そう頭を撫でてやると、ハネリンは心底嬉しそうに微笑んだ。


「えへへ……。人間になっても、やっぱり魔王さまは、魔王さまだね……ナデナデのしかた、おんなじだもん」


 そんなもんかね。自分では特に意識していないが、そういう癖みたいなものって、肉体が変わっても残るんだろうか。

 長命種とはいえ、さすがに十六年も経って、ハネリンも、ちょっと以前より顔つきが大人っぽくなっている。だが中身はそんなに変わってないようだな。昔どおりの甘えたがりやさんだ。


「で、それはそれとして。おまえ、なんでこんなとこにいるんだ?」

「え、えっと……それは……」


 途端、なぜか申し訳なさげにモジモジするハネリン。


「……まあいい。後でじっくり聞かせてもらおう。ともかく、降りるぞ」


 俺はハネリンを抱きとめたまま、眼下の森林へと降下した。ハネリンを乗せていた例の灰褐色の竜も、ばさばさと翼をはばたかせて俺たちの後に続いてくる。この竜もよくわからんな。こいつらはたんに図体のでかいトカゲで、性格はおとなしいものの、たいして知能はないはず。それがこうも律儀にハネリンに従っているのはどういうわけだろう。

 俺たちは中央霊府のほど近く、黒松の茂る森の真っ只中へ降り立った。そこへ足音が響き、複数の人影が慌しくこちらへ近付いてくる。


 三人──いずれもエルフではなく人間。顔に見覚えがある。


「おおっ、勇者さま! ご無事で!」

「さすがは勇者さま! ご活躍、見ておりましたよ!」


 汗みどろの顔で、そう笑いながら駆け寄ってくる若い男たち。

 こいつら、虹の組合の交易商人たちだ。以前、俺が移民街上空で竜退治をやった直後、竜肉やその他の部位を俺から買い取っている。また意外な連中が、意外な場所にいたものだな。


 商人どもは、ふと、俺たちのそばに悠然と佇む灰褐色の竜の巨体を目の当たりにし、たちまち笑顔を凍りつかせた。


「うわっ! りゅ、竜ぅ!」

「ひええっ!」


 素っ頓狂な声をあげる三人。俺は宥めるように言いきかせてやった。


「心配するな。こいつは、また別の生き物だ。おとなしい奴だから安心しろ」

「は、はあ……噛み付いたりしませんか」

「手を出さなければな。下手にちょっかいをかけると喰われるぞ」

「それは……」


 三人は、やや蒼ざめた顔で、わずかに後ずさった。実際にはこいつら草食で、人間なんて食わんけどな。


「それより、なぜここに?」


 そう訊ねると、商人たちの一人が、ちょいと顔つきをあらため、説明しだした。


「うちの代表の指示でしてね。三日ほど前から、この森一帯にキャンプを張って、勇者さまが動かれるのを待っていたんでさ。私らだけでなく、組合に所属する人員のほとんどが、いまここに来てますぜ」


 こいつらの代表ってことは、サントメールか。いったい何を指示したのか?


「近々、中央霊府が竜の大群に襲われるかもしれないって情報は、もう早くに、こっちにも伝わってたんですよ。とすれば、当然、勇者さまがお出ましになって竜を退治なさるだろうと。その戦場には確実に竜肉が落っこちてくるってわけで。それを、この前と同じように、勇者さまから売っていただこうと、そういう話ですよ。いま、組合の若い奴らが手分けして、竜の身体を回収してますんでさ。すぐに全部集められると思いますよ」


 なるほど。さすがはサントメール、ずいぶん目ざといことだ。虹の組合理事長の肩書きは伊達じゃないな。おかげで、わざわざ目玉を回収する手間が省けそうだ。


「すぐ近くに我々のキャンプがありますので、よろしければ、商談がてら、ご休憩などいかがですか。お連れの方もご一緒に」


 商人のひとりが誘ってくる。ハネリンの背の羽を見て、少々物珍しげな顔つきを浮かべているが、エルフのように、とくに翼人に嫌悪感や偏見があるわけではないようだ。どっちかというと、興味津々という風情。

 もともと大昔から、翼人という連中は、魔族とも人間とも、あまり交流はなかったそうだ。エルフとの関係を除いては、大陸での覇権争いにも興味がなく、局外中立という立場をとってきた種族らしい。ただ、俺が魔王となった後、魔族の軍勢を率いて一方的に翼人の国へ攻め込んだことで、結果的に翼人は魔族に臣従するようになったわけだな。


「……トブリンも一緒でいい?」


 ぽそっとハネリンが訊ねた。


「トブリン?」

「この子の名前だよ。ね、トブリン」


 傍らの竜へ、そう声をかけるハネリン。

 竜は、こくこくとうなずいた。


 なんと。こいつ、ハネリンの言葉がわかるのか。

 あれ? もしかして、このトカゲども、意外に頭いいんだろうか。


 それはそれとして、空を飛ぶからトブリンっていうネーミングはどうなのか。



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