156:閃光、斜めに走り
早暁の空、ナーガの大群の真っ只中にアエリアの剣光閃々と旋風を巻いて、おびただしい血煙が華々と乱れ咲く。
俺が刃を振るうたびごと、ナーガの首が飛び四肢はちぎれ翼は破れ、きらめく黒鱗もばらばらと宙に散って、たちまちナーガどもは断末魔とともに続々地上へ墜落してゆく。
ナーガどもも懸命に応戦してくる。耳をつんざく咆哮とともに、口から轟々と火炎を噴き、鋭い爪を振り上げ振り回して猛然と襲いかかってきた。
二、三匹くらいならどうってことないが、これらの攻撃を、体高十メートルにもなる巨体のナーガども十数匹が、一斉にぴったり息の合ったコンビネーションで休まず繰り出してくるとなると、さすがに少々骨が折れる。
強襲初撃で五匹くらいはあっさり叩き落とせたが、ナーガどもの対応はこちらの想像以上に素早く、すぐさま見事なフォーメーションを組んで迎撃の態勢を取ってきた。こいつらもしかして、俺が来るのを予測してたんだろうか? 異世界のはぐれ家畜の分際で、ずいぶんと手こずらせてくれるじゃないか。これは俺も、いよいよ本気を出さねばならんかもしれん。
──ヒャーハーッ! ブッタギレー!
久々の本格的な空中戦とあってか、アエリアのテンションは絶好調だ。だからそのアタマ悪い叫びはやめれというに。
複数のナーガが俺を取り囲み、一斉に火炎を噴いてきた。俺は右へ左へと直撃を避け、反撃の一閃で二匹の首を瞬時に叩き斬る。
この火炎も意外に厄介というか。かわすのは容易だが、こう一度に来ると、その余波だけでも熱苦しくてかなわん。
──アツイゼアツイゼー! アツクテシヌゼー!
いや死なないけど。この程度ならな。
ともかく、目につく奴は片っ端から斬るのみ。俺は宙を駆け宙へ躍り、アエリアの巨刃を振るいまくった。炎の壁をかいくぐり、鱗を砕き肉を裂き、当たるをさいわい、薙ぎ払う斬りおろす叩きおとす。瞬く間に十数匹のナーガどもを細切れに解体し、さらに群れの中心へと、血風を巻いて推し進んでゆく。
……どうもおかしい。
戦闘開始から十五分ほど。ここまでにどれくらい斬り殺したか、今はちょっと把握していない。最初の三十匹くらいまでは数えてたんだが。しかし斬っても斬っても、周囲のナーガどもの数は、いっこう減っているように見えない。十重二十重に俺を包囲し、視界すべて、見渡す限りびっしりとナーガの姿で埋めつくされている。
いったい何匹いるんだこいつら。これ絶対、五十匹どころじゃないぞ。いや百匹でもきかない。
クラスカの話から推測するに、こっちの世界に渡ってきたナーガの総数は千匹以上にのぼるはず。下手すると、その半数くらい、ここに集まってきてるんじゃないか。
ふと眼下を眺めやれば、見渡す限り黒々と広がる大森林。その中心を切り裂くようにまっすぐ流れる青い運河のほとり、忽然とそびえる尖塔群。
周囲に五角形の防壁を三重にめぐらせ、さらには太い外堀が満々と水をたたえて防壁をぐるりと縁取っている。かなり大規模な城砦都市のようだ。
五稜郭──じゃなくて、えーとこれは。この付近でルザリク以上の規模の都市といえば。
そうか。おそらく、これが中央霊府だ。戦いながら進むうち、いつの間にやら中央霊府の上空近くまで来てしまったのか。
とすれば、これはいかん。ちょっと困ったことになる。
いまのところ、ナーガどもはひたすら俺を潰そうと躍起になっているが、そのうち中央霊府のほうへ攻撃をはじめないとも限らない。いずれ俺様が君臨する街だ。できれば被害を出さずに済ませたい。だがそうなる前に全てを斬り殺すには、ちょっと数が多すぎる。かといって、一気にカタを付けるには──あの黒熱焦核爆炎球ならば、こいつらを瞬時に消し去ることも可能だが、この位置からだと、中央霊府まで跡形もなく消滅してしまうだろう。それでは意味がない。なんとか、こいつらの目をもっと俺に引き付け、中央霊府から注意をそらさないと。
吼え声をあげ、鉤爪をかざして、全方位から俺を押し包むように飛び掛ってくるナーガども。俺はアエリアをつがえて巨刃転旋、ただ一閃に周囲のナーガどもをばさばさと叩き落とす。だが連中は怯む色も見せず、その後から後から、なお勢い込んで押し寄せてくる。こいつら、ここを勝負どころと見たようだな。舐められたもんだ。だが実際問題、いくら斬ってもきりがない。こうしてる間に、群れの一部が、ぼちぼちと中央霊府のほうへ向かいはじめているのが見えた。
いかん。あいつらを止めねば──。
そのとき。
視界前方。やや離れた碧空をバックに、おびただしく輝く閃光一筋、下から上へ斜めに走り、ナーガ数匹の胴体をまとめて撃ち貫き、消滅させてしまった。
なんだ、今のは?
間を置かず、さらに二発目、三発目──いずこからか、続々撃ち出される白い光条が、瞬く間に俺の周囲のナーガどもを貫き、撃ち減らしていく。
慌ててその方角へと振り向いてみると。まだかなり位置は遠いが、灰色の翼をはばたかせ、四方八面、光の矢を放ちつつ、こちらへ向かってくる何者かの姿。シルエットはナーガと似ているものの、大きさはその半分くらいだ。陽光のもと、灰褐色のボディーが、つやつやと光っている──あれは竜だ。ナーガでもバハムートでもない。この世界本来の竜と呼ばれる、空飛ぶ巨大トカゲ。なぜこんなところに? しかも単独で。
ナーガどもの咆哮にまじって、かすかに聴こえてくる、不思議な呼び声。
──さまぁ……。
──ぅさまぁー!
なんだろう、憶えのある声だ。なんだか懐かしいような。
次第に俺のもとへ接近してくる灰色の竜。その背に、誰かが乗っかり、またがっている。よくよく見やれば。
風に流れる、輝くような金髪。黒銀の甲冑をまとい朱金の戦冠をいただき、大きな弓をつがえては光の矢を放ち、またつがえては放ちつつ、付近のナーガどもを続々と射抜いてゆく。颯爽たる勇姿、その背には、左右大きく広がる純白の翼──。
ナーガへの攻撃を続けながら、懸命に俺へ呼びかける、その声。その顔。そのいでたち。そして、その翼。間違いない。あれは。
かつては翼人の最強戦士。今は俺のペットとなって、魔王城のハーレムで暮らしているはずの──。
「まおうさまぁー! 魔王さまぁぁぁー!」
これはどういうことだ。
俺としたことが、あまりに意表を突かれ、つい呆然と立ちつくしてしまった。
間違いない。あれはハネリンだ。しかし、なんでこんなところに。




