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154:世界を救う技術


 五色連盟最高会議は、すでに異世界植民計画を議決し、実施段階に踏み込んでいる。とはいえ、白龍人と黒龍人はそれに反対票を投じ、現在も両種族は表面上、最高会議の決定に従いつつも、一方では計画を頓挫させようと工作を続けているという。クラスカとイレーネは、いわばそのために送り込まれてきた代理人たち。

 ではそもそも、なぜこの両種族は植民計画に反対しているのか?


 そこにクラスカのいう、技術者の意地というものが関わってくるらしい。


(わが黒都には、すでに昨今のエーテル濃度低下問題への解決策がある。人工エーテルという技術だ)

「人工……? つまりエーテルを自分たちで作り出すってことか」


 クラスカはうなずいた。


(そうだ。自然のエーテルよりエネルギー効率が高く、すべての生物に、より優れた恩恵をもたらすことができる。無尽蔵に降り注ぐ光量子から変換するため、しかるべきプラントさえ整備できれば、実質、無限に生成し続けることが可能だ)


 ほほう。どんな理屈でそんな変換ができるのやら、さっぱりわからんが、なんだか凄そうな技術だ。夢の無限再生エネルギーってとこか。エコだよそれは。


(私は技術者として、その人工エーテルの開発に携わっていたのだ。すでにあらゆる実験を終え、実用一歩手前というところまで来ている)

「手前ってことは、まだ実用化はされてないってことか。何が問題なんだ?」

(技術的な問題はすべてクリアしている。あとは生産手段だ。いまいったように、プラントを整備しなければならない。かなり大規模なものをな。だが、今の黒都には、それを実現する資材も資金的余裕もない。大戦によって人口は激減し、経済は疲弊し、ハルバラスの後遺症によって土地も荒廃したままだ)

「それをどうにかする方策はないのか」

(簡単なことだ。五色連盟が、外征のための資材と資金と人材を、こちらに振り向けてくれさえすればよい)


 なるほど。ようやく話が繋がってきた。

 まずクラスカが、人工エーテルとやらを開発した技術者であるということ。それはバハムートの世界が抱える諸問題を一挙に解決しうる夢のエネルギー。しかしクラスカの所属する黒都には、その生産を推進するだけの余裕がない。

 いっぽう、五色連盟は異世界植民計画とやらに夢中で、せっかくの新エネルギーに見向きもしていない。これから異世界へ送り出す予定の膨大な資材、人材、そのための資金。それらを人工エーテルの生産に振り向ければ、わざわざ異世界などに出向くまでもなく、バハムートの世界は救われるはず──それがクラスカの主張。外征によって安易に資源を得るより、自分が開発した人工エーテルで世界を救うべきだと。それが人工エーテルの有用性、優位性を実証することにも繋がる。そのへんがクラスカのいう、技術者の意地ということか。


(黒都は、この人工エーテルの技術を世界にもたらすことで、種族の誇りを取り戻し、世界全体の復興をも実現できると考えている。だがそのためには、他のすべての種族の協力が必要になる。目先の資源に飛びついて異世界などへ出向いている場合ではない。それが、私自身をも含む黒都の総意だ)


 そして白龍人側も、ほぼ黒龍人側と意見を同じくしている、という。


(わたしは──割と、そのへん、どうでもよかったりするんだけど)


 イレーネが、横からぽそっと呟く。どうでもいいんかい。


(ただ、うちの代表は、もともと黒龍人びいきなのよね。大戦前からの同盟関係でもあるし、色々と義理もあって、当然のように黒都に肩入れしてるから。わたしも、まあ、似たようなものかな……)


 そう言って、ちらっとクラスカへ眼差しを送るイレーネ。だがクラスカは、特にそれへ気をとめる風もなく、例のホログラム発生器を前肢でよっこらしょと抱え上げ、イレーネに背を向けて、(片付けてくる──)と、さっさと洞窟の奥へ消えてしまった。


(はぁ……鈍いんだから)


 クラスカの後姿を見送りつつ、溜息まじりの思念を洩らすイレーネ。

 あれ? そういやこいつら、どういう関係なんだっけ。夫婦とか恋人同士とかって雰囲気ではないみたいだが。





 クラスカが場を離れると、イレーネは、なにやら冷やかな視線を俺に向けてきた。


(本当はね。わたしは、あなたたちの世界のことなんて別に興味ないし、滅ぼされようが植民地にされようが、全然知ったことじゃないんだけど)


 クラスカとは真逆の冷淡っぷり。なんという温度差。


「じゃあなんで、クラスカと一緒にここまで来たんだ」


 俺が質問すると、途端にイレーネの思念が、ぱあぁっと明るい雰囲気に変わった。


(そりゃあ……その、ねえ? やっぱり、何かに夢中になって頑張ってる男の人って、こう……応援したくなるじゃない?)


 はあ。そんなもんですか。


(とくにクラスカってね、この世界のこととか人工エーテルのこととか話してるときの顔といったらね。ちょっと、ほら、なんていうか、キリッとしてて、もうすっごく、かっこよくって……ねえ?)


 いや同意を求められても。

 なるほどねえ。うん。大体わかった。むしろわかりやすい。


 世界の命運に興味はないが、惚れた男についてきた。そういうことだな。俺にやたら突っかかってきたのは、愛するクラスカを俺に傷つけられたから。俺に対して礼儀のカケラも見せないのは、この世界にも俺自身にもまるで関心がないから。そんなとこか。

 ただ、さっきの一幕を見るに、肝心のクラスカのほうは、今のところ、そういう気はないように見えるな。片想いってやつか。


 俺としては、別に応援してやる義理もないし、結局は当人同士の問題。ここは無闇に首を突っ込まず、黙って見ておくとするか。そもそも、いまはそんなことにかまけてる場合でもない。

 これから、色々と忙しくなりそうだ。



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