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153:黒い亀裂


 映像は空間戦車の駐屯地を離れ、めまぐるしい速度で上空へと移動し始めた。


(最後に──空間断裂の映像を見せよう)


 視点正面、遥か彼方にぽつりと現れる浮遊島と、そのやや上方に見える小さな黒点ひとつ。接近するにつれ、それらがぐんぐんと拡大されてゆく。


(あの島は野生ナーガの生息地だ。いま、こちらの世界で暴れているナーガたちは、すべてあそこで繁殖していた個体だよ)


 クラスカが呟くと、イレーネが、なぜか嬉しそうにうなずいた。


(わたしとクラスカが出会って、一緒におかしなことに巻き込まれるキッカケになった場所でもあるわね)


 クラスカの思念に、ちょっと苦笑いのような感情がこもる。


(それぞれ立場も動機も違ったが……なぜか、ほぼ同時に断裂に飛び込んでしまったからな)


 島には峨々たる山岳、漠々たる平原、黄色い濁水流れる大河、原生林らしき濃緑の森林と、まさに大自然の縮図のような情景が広がっている。そのあちらこちらに、例のナーガどもが群れをなし、のんびり翼を休めたり、ギャアギャア吼えあったり、口から火を噴いたりしている。だからなぜ火を噴く。ただ、それほど数はいないようだ。

 上空、薄青色の空間に一筋、まるで鈍器で壁の一部を叩き割ったかのような、真っ黒い不気味な亀裂が斜めに走っている。


 大きさは──距離感がわかりづらいせいか、いまいち把握しきれん。ただ相当なスケールであることは間違いない。こんなもんが、あの旧魔王城の上空にも、ばっくり開いてるっていうのか。これだけ大きな断裂なら、さっきの空間戦車隊とやらも楽々通り抜けられるだろう。いったい何がどうなって、こんな現象が起こったのか。


(以前この島には、およそ二千頭のナーガが生息していたそうだ。現在、正確な数はわからないが、七割以上が、あの空間断裂の向こうへ飛び込んでしまったという推測が出ている)


 てことは、少なくとも千四百匹くらい、こっちの世界に渡ってきてることになるな。バハムートの侵略とやらも、むろん大ごとには違いないが、こっちの問題もどうにかせんと。面倒なことだ。





 唐突に映像は終了した。

 蒼い無限の空間も、浮遊群島も、すべて瞬時にかき消え、もとの巨大洞穴の光景に立ち返る。


 ガス灯の連なりの下、例の黒い大きな円筒状の装置──ホログラム発生器──の上部から、何やらチカチカと赤い光が点滅している。


(蓄電池が切れたようだな)


 クラスカが言う。


(いま、きみに見せた映像は、我々黒都の代表団がひそかに撮影していた最高会議の映像に、私自身が撮影した他の地域の映像データを繋ぎ合わせ、編集したものだ。これで、だいたいの事情は理解してもらえただろうか)

「……まあ、一応」


 俺は溜息をつきながら応えた。確かに、およそのことは理解できたつもりだが、まだなんというか、脳が情報を処理しきれてない感じがする。あまりに唐突で、あまりにスケールが大きく、あまりに自分の常識や固定観念とかけ離れたものを、こうも立て続けに見せられてはな。


(わたしだって、編集作業を手伝ったんだから。ナーガについて、ちゃんと理解してもらいたくて、解像度を上げたりノイズリダクションかけたり、鳴き声の集音具合とかも、こだわったのよ)


 イレーネが自慢げに囁いてくる。そりゃご苦労なことだ。なんかこだわる部分を間違えてる気もするが。


(いま見てもらったとおり、最高会議は、じきにこちらへ空間戦車隊を差し向けてくるだろう。まだ準備が整うまで、少しは時間があるだろうが……いったん攻撃が始まれば、こちらの世界の住民を全滅させるまで、彼らは手を緩めまい。きみたちの意思や都合など気にもかけず、蹂躙を続けるだろう。我々の世界においてすら、かつて、そのようにして滅ぼされた生物は数多いのだ)

「それがバハムートの流儀というわけか。ずいぶん荒っぽいな」


 と、応えはしたものの、この点について、俺はまったく他人のことはいえんな。別に反省はしないが。


(容赦のなさ、という点においては、きみといい勝負だ)


 なぜそんな的確な突っ込みが入る。エスパーか貴様。


「で、俺に、その荒っぽくて容赦ない奴らを、容赦なく迎え撃て、というんだな?」


 クラスカはうなずいた。


(そうだ。むろん、きみ自身にその意思があるなら、の話だが)

「それは愚問だ」


 俺はそう表情を引き締め、クラスカの目を見据えた。

 この世界は俺様のもんだ。今はまだ、まつろわぬ連中も残っているとはいえ、それも時間の問題ってやつだ。すなわち、この世界すべてが最終的には俺様の所有物。それへちょっかいかけようなんて奴らを、黙って見過ごすつもりはない。


(きみは、そう言うと思っていたよ。我々もできる限りの協力はするつもりだ。できれば戦闘自体を回避しうる方向が望ましいが、たとえ最悪の状況に陥っても、我々はきみを支援する)

「そりゃ、ありがたい話だが……」


 さきほどから、ずっと俺の意識に魚の小骨のように引っかかっていることがある。

 この二人──とくにクラスカのほうは、本気でこの世界を守ろうとしているようだ。いくら黒龍人自体が出兵に反対の立場であり、こいつがその総意を背負って来ているのだとしても、ちょっと熱心すぎないか。同胞と相争う立場、下手をすればバハムートの裏切り者と呼ばれかねない危険を冒してまで、なぜ、こうもクラスカはこの世界を守りたいのか。ついでにいえば、イレーネのほうは、クラスカほど熱心な感じではない。こいつはこいつで、どういう思惑からクラスカと行動をともにしているのか。


 あらためて、そのあたりについて訊いてみると。


(いや。私が守りたいのは、この世界とは直接関わりのないもの。私自身の、技術者としての意地だ)


 クラスカの金色の瞳が、やけに真剣味を帯びてきた。

 技術者の意地? 何の話だ。



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