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149:異世界シミュレーター


 ホログラムとかいうから、単なる立体映像かと思ったが、そんな生やさしいものじゃなかった。

 見渡す限り漠々たる蒼い空間。漂う薄雲。太陽はどこにも見えないが、不思議な明るい光が絶えず天から降り注ぎ、湿り気を帯びた微風がおだやかに肌へ吹き寄せてくる。いままさにそこに居合わせているような感覚だ。


 俺の左右に黒龍人クラスカ、白龍人イレーネが並んで、それぞれ思念を送ってくる。


(あらゆる状況を擬似再現する三次元シミュレーターだ。いまきみが目の当たりにしているのが、バハムートの住まう世界。我らの故郷だよ)

(驚いた? これがバハムートの技術よ。もっとも、まだまだすごく高価で、民生用としては普及していないシステムだけど。うちの研究所にも一台しかない貴重品なんだから)


 見ためは凶暴そうなドラゴンのくせに、高価だの民生用だの、なんでこう出てくる単語がいちいち生々しいというか、せせこましいというか。わかりやすくていいけど。それはともかく、確かに凄い技術だ。俺がこっちの世界に来る以前、つまり日本人だった頃でさえ、こんなものは見たことがない。バハムートの科学力とやらは、俺の知識や常識程度では計り知れないもののようだ。

 視界をめぐらせば、無限とも見える空間のそこここに、浮遊する岩の小島のようなものが連なっているのが見える。


(……あの島だ。これから接近するぞ)


 クラスカの思念が響くと同時に、映像は、その浮遊島のひとつへぐんぐん迫っていく。

 それらの連なりが小さな岩塊のように見えたのは、ただ距離が遠すぎただけだった。視点が接近するにつれ、当初の認識はたちまち覆る。


 ──でかい!

 小島どころじゃない。その地表に山あり河あり、森林に草原に砂漠まで──まさに大地のパノラマ。たったひとつの島だけでも、ちょっとどれほどの面積になるやら測りがたい広大さだ。浮遊大陸といったほうが正しいかもしれない。しかも、これと同規模の巨大な島が、なお周囲に数十個も浮かんで、ふわふわ漂っている。


 これは想像以上にスケール雄大な情景だ。もっとも、体高十五メートルにもなる巨体のバハムートたちが暮らしている世界なら、これくらいの規模はあって当然かもしれない。人間とは根本的に尺度から何から違うだろうし。


(この一帯を総称して中央群島という。もとは赤龍人の勢力圏だが、現在は五色連盟の総本部が置かれ、我々の世界の政治と経済の中枢となっている。各地に同じ規模の浮遊群島はいくつもあるが、文化や技術は、この中央群島が最も進んでいる。人口も多い)


 クラスカが解説する。この中央群島とやらの総面積だけでも、こっちの世界の大陸より間違いなく広いぞ。それと同等規模の群島がさらに複数あるってのか。どんだけ。


「こんなだだっ広い土地と空間があるのに、なんでわざわざ、こっちの世界に植民なんて考えたんだ?」


 俺の疑問に、イレーネが応える。


(そのへんは、後で詳しく説明してあげるから。今は、エネルギー問題、とだけ憶えておいて。ほら、降下するわよ)


 ほう。エネルギー問題ねぇ。エーテルとやらが、何か関係してるんだろうか。





 シミュレーターは浮遊島の地表を映し出している。今いるのは緑の草々が揺れる、だだっ広い平原地帯。

 周囲には色とりどりの竜たちの姿。のしのし歩いたり寝そべったり奇声をあげたりしている。何十匹くらいいるだろうか。体高は十メートルほどで、クラスカたちより小型だ。これがナーガか。顔つきはやっぱり凶悪だが、どいつも、やけにのんびりとしている。平和でうららかな風景だ。


(これはナーガの牧場。わたしが管理してる研究施設のひとつよ。どう、みんな可愛いでしょ)


 イレーネが言う。いや、物凄い凶暴そうな怪物にしか見えません。なんかガン飛ばしてきてるし。口から火噴いてるし。しかし、こいつらの肉は旨いんだよな。なるほど、こんなふうに飼育されてたのか。牛の放牧と変わらんな。


(ひとくちにナーガといっても、いろんな種類があるのよ。ここにいるのは畜肉用の品種。他に、輸送用に飛行能力を改良された高速翼種や、筋力を強化した労働種、愛玩用の小型種なんかもいるんだから)


 このいかにも物騒な怪物がどう小型化されようが、ペットにしたいとは思わんがなあ……。

 ナーガの他にも、見たこともない極彩色の羽を持つ小鳥や、ネズミに羽を付けたような、哺乳類だか鳥類だかはっきりしない不思議生物なんかの姿もあちこちに見えている。よくよく観察すれば、地面に生えてる草も、俺の知識や記憶にはまったくない奇妙な形をしている。いちおう牧草なんだろうとは思うが。こういうのを目の当たりにすると、これは本当に異世界の風景なんだと、妙な実感が涌いてくるな。


 次第に、スーッと風景が流れていく。まるでビデオの早送り映像のように。平原から森林へ。濁々と黄色い水が流れる大河を越え、やがて前方にあらわれる、灰白色の尖塔群。遠目からでさえ、その巨大っぷりがうかがえる。まるで天を圧する壁のように無数に連なりそびえる大規模な高層建築群だ。なんというか、これは──超々高層ビル街って感じか。

 クラスカの思念が囁きかけてきた。


(これは五色連盟の総本部がある虹都。もとは赤都といったが、大戦後に改称したのだ。これから街の様子を見てみようか)


 映像が、ゆっくりと街の中へ入り込んでいく──。



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