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148:巨大洞穴と黒円筒


 悠々黒翼を広げ、巨龍は天高く駆けてゆく。

 その背から遥かに見渡す秋空は青雲縹渺、眼下にはきらめく湖面。めざすはビワー湖東岸。


 俺は今、クラスカの背中にしがみついて移動している。前方にはイレーネが飛んで、先導役をつとめていた。

 わざわざこんな真似をしなくても、普通にアエリアの魔力で飛べばいいだけなんだが。クラスカが、ぜひ自分の背に乗れというので、せっかくだから乗ってみたわけだ。


 アエリアの飛行魔力は、一種の力場効果で俺の身体に掛かる重力を遮断する。ゆえに自分の体重をまったく感じなくなり、念じるだけで自在に空中移動できるというものだ。だが、今は単に飛行物体に乗っかっているだけなので、アエリアの魔力で飛んでいるときとは、まるで感覚が違う。空気が見えざる障壁となって、絶えず俺にぶつかってくる感じだ。しっかりしがみついてないと、振り落とされそうになる。

 驚いたのは、その移動速度。すでに音速を越えている。こういうときは、なんというんだっけな。確か古い書物では……えーと。


 サラマンダーより、ずっとはやい!


 だったかな。多分。


 クラスカとイレーネは、魔王城を出てからのここ数日、手分けしてエルフの森の上空を飛びまわり、俺を探していたのだという。ダスクの住人やエナーリアが目撃した竜というのは、たぶんその際のこいつらの姿だろう。ドラゴンレーダーが東と北のそれぞれに感知した光点も、間違いなくこの二人だ。


(なるほど、我らやナーガの発する生体電波を検出して、位置を特定する装置か。この世界の住民も、なかなかたいした技術を持っているのだな。実に興味深い)


 クラスカが感心したように言う。


「ああ。実際、たいしたもんだとは思うがな。ただ、まだまだ改良の余地がありそうだ」


 俺はそう首を振って、手元のレーダーを覗き込んだ。さきほど、出発直前にレーダーを見たときには、水晶の真ん中に二つの光点が仲良く並んでいた。だが今は何も映っていない。俺自身がクラスカの背に乗っていて、すぐ前方をイレーネが飛んでいるにもかかわらず。ドラゴンレーダーの意外な欠点というべきか、どうやらあまりに高速で移動する物体は捕捉できないようだ。昨夜、東のほうに感知された光点は、たまたまイレーネが一時的にアメンダ付近の山岳地帯に降り立って、小休止していたためらしい。

 いま、俺たちはその山岳地帯へ向かっている。そこはまったくの無人地帯で、バハムートの巨体でも、身を隠して休息することができるという。クラスカとイレーネは、そこをいわばベースキャンプとして、八方飛び回っていたそうだ。


 クラスカたちは、その山中に、自分たちの世界から特殊な機材をいくつか持ち込み、隠しているという。


(空間断裂については、あれこれ説明するより、実際に見てもらうほうが早い。だが、今あれに近付くのは、あまり得策ではない)


 クラスカが言うには、空間断裂のこっち側出入口──つまり旧魔王城の付近では、すでに五色連盟の指示によって、多くのバハムートの調査員と武装先遣隊が一帯を占拠し、極寒のなか、付近の調査と偵察にあたっているという。もし俺がいきなり連中と接触すれば、どういう事態になるか、俺自身にすらちょっと予測できない。まだ今の時点では、無用なトラブルに発展しそうな行動は避けるべきだというのがクラスカの考えのようだ。凶暴そうな顔のくせに、慎重派だな。その先遣隊とやら、別にいきなりガツーンと潰してやっても俺は構わんのだが。クラスカは色々と俺に協力する気満々らしいので、とりあえず、しばらくは付き合ってやるとしよう。イレーネのほうは、どうもいまいち何を考えてるのかよくわからんが。


(……そろそろだ。降りるぞ)


 クラスカの思念が響く。

 まず前方を飛んでいたイレーネが、すすっと高度を下げてゆく。クラスカも速度を落とし、ゆっくりと降下をはじめた。


 次第に眼前迫ってくる大山脈。燃えるような紅葉と茶褐色の山肌が、まだら模様を描いて山岳を覆っている。地図によれば、エルフの森の東側、南北へうねるように嶺を連ねるザグロス山脈の中央部付近にあたる。エルフの森の結界領域内では唯一の高山地帯だ。はるか地上を見渡せば、ビワー湖の岸から、ほぼそのまま山の麓へと続いており、湖浜の一角にへばりつくように集落らしきものが広がっているのがわかる。あれが東岸の漁村アメンダだな。

 そのアメンダ上空を通過し、二体の巨龍はまっすぐ山脈中腹へと向かってゆく。多分これ、アメンダの住民には普通に目撃されてるんだろうな。もっとも、そうといって、わざわざ自分から山をのぼって近付いてくる命知らずはいないか。

 山の岩壁にぽっかりと巨大な横穴が開いている。クラスカとイレーネはその穴の中へ飛び込み、静かに着地した。


(着いたぞ)

(はーやれやれ、やっと休める……)


 二人の念波が同時に俺の脳内に響いた。

 クラスカの背から飛びおり、周囲を見渡す。ただの洞穴にしては、内部はやけに明るい。高さは四、五十メートルってとこか。横幅はもっと広い。奥行きは──わからん。いちおう天然の空洞のようだが、天井に妙な照明灯っぽい何かが数多く吊り下げられている。見ためは、電線に丸い裸電球をずらりと連ねてぶら下げてるような感じだが、こんなところに電気が通ってるわけないっつうか、この世界にそんなもん通ってる場所なんぞない。


「この明かりは、おまえたちが?」


 そうクラスカに訊いてみる。


(ああ。特殊なガスを充填したガラス球体を動力タンクに繋ぎ、エーテルから変換した光量子エネルギーを流し込んで発光させているのだ)


 ほう。なるほど。うん。わかるような、わからんような。ガス灯みたいなもんかね。


(真っ暗闇のなかで作業するわけにもいかんのでな。眩しいなら、光量を調節するが)

「いや、その必要はないが……作業?」


 横からイレーネが応えた。


(そう。この世界の王……つまり、あなたに差し出す資料を、ここで作っていたのよ。この世界のために、わざわざね。感謝しなさいよ、デコスケ)


 まだデコスケいうか貴様。資料って何だ。


(ようするに、現在、この世界を取り巻く様々な状況と、我々の世界の現状。そういったものを、きみにわかりやすく説明するため、資料を集め、ひと纏めにしておいた。これから、きみにそれを見てもらいたい。そのために、きみを捜し出して、ここへ招いたのだ。ちょっと待っていてくれ)


 クラスカは、ずんずん足音を響かせて、いったん空洞の奥へ歩いてゆき、ほどなく、前肢に巨大な黒い円筒形の物体を抱えて戻ってきた。それを俺の前に静かに置いてみせる。


「これは?」

(ホログラム発生器……といっても、わからないか。我々の世界から持ち込んだ特殊な機材のひとつだ)


 いや、ホログラムぐらいわかるわい。といっても詳しい原理までは知らんが、ようは立体画像装置だろ。むしろ、バハムートの思念波からそんな単語が出てくることのほうが驚きだ。


「映像機器……だよな? これで何を見せてくれるんだ」

(……ほう。よくわかるな。では話が早い。イレーネ)

(はいはい。じゃ、心して観賞なさい、デコスケ)


 言いつつ、イレーネがひょいと右の前肢を動かし、その鍵爪のついた指先で、ちょんと黒い円筒の側面に触れた。そこから、まばゆい光が溢れ出し──。

 たちまち、周囲の情景が一変した。


 視界一面どこまでも広がる果てなき蒼空。あちらこちら、点々と連なり浮かぶ小さな岩塊の群れ。

 何の風景だ、これは。ていうかデコスケ言うな。しつこい。



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