147:断裂の彼方より
五色龍人──バハムートたちの世界にも、長い戦争があったという。
バハムートたちは、高度に発達した科学文明と、その産物たる数々の超兵器を駆使して、互いに激しく争った。だが結果として、この大戦は明確な決着を見ぬまま終熄する。戦争がもたらす惨禍は、世界そのものを崩壊寸前の危機にまで追いやっていた。すんでのところで、バハムートたちはようやく自らの過ちを悟り、一斉に手を引いたのだという。
戦後、五つの龍人種族は連盟を結び、戦火に傷ついた世界の復興へ向け、力をあわせて取り組みはじめた。様々な分野の専門家、学者、技術者たちが、種族の垣根を越えて、五色連盟の名のもとに集結し、世界の修復を開始した。イレーネとクラスカも、そんな専門家たちの一員だった。
白龍族のイレーネは、もとはナーガなど家畜の養殖技術と品種改良研究の専門家。黒龍族のクラスカは、大気中のエーテルを各種の動力に変換活用するエネルギー技術の専門家。ともに五色連盟の嘱託を受け、それぞれの専門知識を活かして世界中を文字どおり飛び回り、復興活動の指導や支援にあたっていたという。
──って、なんかこう、見た目はでっかい凶暴そうなドラゴンみたいな連中が、超兵器をぶつけあって戦争だの、家畜の養殖だの、動力変換だの、復興支援だのと、俺の常識や固定観念からは、いまいち想像しづらいシチュエーションばかりだが、それはもう、そういう世界だと思うしかないんだろうな。こうやってまともに会話ができているだけでも、こいつらに相応の知能と理性があることは間違いないわけだし。
クラスカが言う。
(空間断裂が確認された時期、私はその周辺のエーテル濃度観測のために。イレーネは周辺の野生ナーガたちの調査と捕獲を目的に、それぞれ現場へ派遣されていたのだ。断裂そのものの調査は、私の本来の任ではなかったが、そこはやはり、知的好奇心というか……なんというか)
イレーネが横から呟く。
(わたしは、そういうのじゃないのよ。ナーガたちがどんどん飛び込んでいくものだから、それを追いかけて……その)
ようするに二人とも、本来、空間断裂とはとくに関わりのない立場だったが、たまたま現場に居合わせたことで、結局、自らそこへ飛び込むことになってしまったと。
(空間断裂へ入った直後、我々はなんとも不思議な経験をした。真っ黒い闇の中を、何かの力に押されるように、途方もない速度で、あらぬかたへ流されていったのだ。我らの翼をもってしても、まるで抗うことができなかった)
(そうそう。それで、こっち側の世界に放り出されてね。正直、何がなんだかわからなくて、とにかく戸惑ったのよ。まったく見たことも聞いたこともない風景。濃密なエーテルに満ちた大気。身体が異常なくらい軽く感じる。ここは本当にこの世なのか、って。わたしたち、死んじゃったんじゃないかってね)
二人が断裂を通って出現したのは、こっちの世界の大陸北方。二人の証言を総合すると、どうもあの旧魔王城のちょうど上空にあたるようだ。現在、その一帯は異常な寒冷化現象によって氷雪と密雲に閉ざされているが、その雲上の一角に、巨大な黒い裂け目がぽっかりと開いているという。つまりそこが、バハムートの世界からこっちの世界への出口になっていたわけだ。あの怪物たち、すなわちナーガどもの出所も、そこであるらしい。
(最初は、もう帰れないのではないかと、私も少々胆を冷やしたがね。ところが、再度、おそるおそる断裂に飛び込んでみると、あっさりもとの世界に戻ってしまった。二つの世界は空間断裂で完全に繋がってしまい、自由に往来できるようになっていたのだ)
そこで、二人はいったん五色連盟の本部へ戻り、この一件を詳しく報告した。すると、ほどなく連盟から新たな依頼が二人のもとへ届いた。
(我々の世界と繋がってしまった謎の異世界──つまり、こちらの世界について、その概要を、より詳しく調査すること。それと、逃げていったナーガたちの追跡調査。この二点を、連盟の最高会議がじきじきに、我々へ依頼してきた)
「で? それを引き受けて、また断裂を渡ったのか」
(いや……)
クラスカは、軽く首を振った。
(我々は断ったのだ。今はまだ、いたずらに、よその世界と関わりを持つべきではない。それより我々の世界の復興に専念すべきだ、とな)
ほう。凶暴そうな見ための割に、ずいぶん堅実派だな。
(最高会議はしつこく調査を依頼してきた。我々もそのたび断っていたが、やがて、そうも言っておられなくなった。情勢が変わったのだ。結局、私とイレーネは依頼を引き受け、再び空間断裂へ飛び込んだ)
「情勢が変わった?」
(そう。ゆえに、我々は調査にかこつけて断裂を越え、この世界の王、もしくは統治者たる者へ、警告を与えに来たのだよ。魔王城を訪れ、スーという方と会ったのは、その直後のことだった)
二人は、この世界へ現れると、近辺で一番目立つ構造物──つまり、魔王城をめざして飛んだ。そこへ行けば、異世界の原住民と会って話ができるだろう、との判断からだった。当時、魔王城は数十匹のナーガに包囲され、激しい攻撃を受けていたという。城の周囲には不思議な結界が張られており、とくに被害は出ていないようだったが、これでは話ができない。そこで、クラスカとイレーネは手分けしてナーガを追い散らしてから、城内へ向けて念波を送ったのだとか。
結界ってのは、たぶんチーの魔法結界だな。スーさんも、現状はチーの結界で竜の攻撃を持ちこたえている、と話していた。
そのスーさんが、クラスカの念波に感応し、バハムートたちを城内へ迎え入れたという。そこでチーをもまじえて情報の交換が行われ、クラスカとイレーネは、この世界のあらまし──四種族の詳細や大陸の地形風土、魔王と勇者の相克の歴史、さらに現魔王が現勇者となって南方の森を旅していること──などを教えられたという。
二人は、急いで南方へ──エルフの森へ向かって、魔王城から飛び立った。ほかでもない、現魔王にして現勇者、ある意味でこの世界の統治者に最も近い存在、すなわち俺を探すために。二人は、俺の肖像画や様々な絵姿をスーさんに見せてもらい、それを記憶に焼き付けて俺を探す手がかりとした──というんだが。魔王時代はともかく、今の俺の肖像画なんぞを、なんでスーさんが持ってるんだ。
(スーどの自身が描いた自筆コレクションだと言っていたな。陛下ピンナップ、陛下ブロマイド、陛下トレーディングカード……数百枚はあった。似顔絵だが、きわめて精巧なものでな。こうしてきみと実際に会ってみると、本当にそっくりそのままだ)
クラスカが説明する。スーさん、何をやっとるのか何を。たぶん神魂の映像を見ながら描いてたんだろうが……数百枚って。どんだけ愛されてるんだ俺。
(薄い陛下本というのもあったぞ)
そんなもんまで。カップリングはどうなってるんだろう。
それはともかく。そうまでして俺のことを訊きだし、わざわざ直接エルフの森へ出向いてまで、二人はいったい何事を俺に伝えようというのか。この世界の統治者へ与える警告とは、そもそも何か。
(五色連盟の最高会議が、しきりに異世界の調査を依頼していた理由を、我々は知ってしまった。最高会議は、我々の他にも多くの調査員を断裂の向こうへ派遣し、様々な情報を集めていたのだ。その結果、彼らは、いまだ大戦の傷癒えぬ我々の世界を補完すべく、近々、空間断裂によって繋がった異世界の植民地化を実施すると決定した)
「……は?」
俺はちょいと首をかしげた。
異世界の……植民地化?
それって、ようするに。
(わからないか?)
クラスカは、おごそかに言い放った。
(きみたちの世界はいま、バハムートによる侵略の危機に晒されている。我々は、それを警告するために、ここまでやって来たのだ)




