146:五色龍人
黒竜のほうがクラスカ。白竜はイレーネ。こいつらは、別の次元世界から、ここまではるばる渡ってきた異世界の存在だという。ともに、バハムートという種族で、自ら五色龍人とも名乗っているそうだ。
黒竜が言うには。
(この世界のあらましについては、我々も、およそ承知している。人間、エルフ、魔族、翼人の四種族を生物の頂点とする大陸世界……我々バハムートの世界も、外見は違うが、在り様としては似たようなものだ)
バハムートは彼らの世界における支配的種族で、こっちの世界の四種族に相当する知的生命体だという。バハムートにはさらに大別して五つの種族があり、黒龍人や白龍人、ほかに青龍人やら赤龍人やら黄龍人やらもいるらしい。これを五色龍人とも総称し、それぞれ独自の文明と文化を築き、互いに拮抗して勢力争いを繰り広げてきた歴史を持つそうだ。なるほど、そう聞けば、この世界の四種族の在り様と似ているといえなくもない。
クラスカとイレーネの二匹──いや、二人というべきか。この二人とも、もとの世界ではそれなりに名を知られた学者というか技術者というか知識人というか、そういう感じの仕事についていたらしい。竜の世界にどんな技術やら学問やらがあるのか、まるで想像もつかんが。
「で、その学者さんが、なんでわざわざ、こんな異世界くんだりまでやって来たんだ? そもそも、どうやって……」
(それをこれから説明するんじゃない。黙って聞きなさいよデコスケ野郎)
だからデコスケ野郎いうな!
(さて、どこから話すべきか……。やはり、空間断裂について、まず語るべきだろうな)
黒竜の思念が、滔々と俺の意識に流れ込んでくる。
バハムートたちの住まう世界は、透明なエーテルに満たされた果てしない空間と、そこにふわふわ浮かんで点在する無数の岩の小島から成り立っているという。その世界の生物のほとんどは翼を持っていて、エーテルの空を駆け回って移動するのだとか。いったいどういう物理法則が働いてるのか、なんとも不思議な世界ではある。
だが、果てがないはずのエーテル空間の一角に、ある時期を境として、巨大な黒い裂け目のようなものが出現したのだという。
(ちょうど、五色龍人どうしの長い大戦が終熄し、すべての勢力が相互不可侵の盟約を結んで、平和が訪れた矢先のことだ。最初は、ごく小さな空間の歪みだった。だが、日に日にそれは拡大してゆき、ついに空間にぽっかりと大きな断裂が開いてしまった)
その空間断裂は、バハムートの長い歴史の中でも初めて観測された怪現象で、彼らの知識をもってしても理解不能な存在だったが、断裂それ自体に害はなく、バハムートらが近付いても、吸い込まれるようなことはなかったとか。ただし、それが開いた場所が悪かった──と。
(その近辺はちょうど、野生化したナーガの生息地だったのだ。数多くのナーガが、自発的に断裂へ飛び込み、その向こうへと消えてしまった)
「……ナーガって何だ?」
俺の質問に、イレーネが応えた。
(いま、この世界に被害をもたらしている野生動物。あなたたちが、竜と呼んでいる生き物たちよ)
「……おお、そういうことか」
竜といわれて一瞬首をかしげかけたが、そうか、あの凶暴な怪物どものほうか。あれはナーガというのか。あの怪物ども、てっきり巨大トカゲの変異種か何かだと思ってたが、まさか異世界の生物だったとは、ちょっと想像していなかった。
(ナーガの野生種は、そこそこ知能はあるけど、気性が荒くて扱いづらいの。飼育種のほうはおとなしいんだけど)
イレーネの解説では、ナーガというのはバハムートの世界ではごくありふれた飼育動物で、古くから家畜として養殖されており、こっちの世界でいう牛や豚みたいな扱いだという。ただ、捨てられたり逃亡したりして野生に戻り、自然繁殖しているナーガも少なくないとか。その野生の凶暴なナーガが、突如出現した空間断裂へ、こぞって大量に飛び込んでいった──ということらしい。なるほど、ここまでは、およそ理解できた。
「で、そいつらが、空間断裂をくぐって辿り着いた先が……こっちの世界だったってことか?」
クラスカは大きくうなずいた。
(そういうことだ。あの断裂によって、我々の世界と、この世界とが繋がってしまったらしい。なぜそうなったのか、その理由まではわからないが……)
「では、おまえたちは、そのナーガを追いかけて、ここまで来たのか」
(確かにナーガの追跡調査も任務のひとつだった。だが我々がここに来た目的は他にある)
横からまたイレーネが絡んできた。
(それにしても、ナーガなんて、わたしたちとは似ても似つかないのに、よりによってクラスカをナーガと勘違いして斬り殺すなんて。あなた、本当にどんな目ん玉してんのよ。失礼ったらありゃしない)
ええい、しつこいなこいつも。だいたい、バハムートとナーガって、俺の目からは、身体のつくりから何から、ほぼそっくりの姿にしか見えん。バハムートのほうがひと回り大柄だが、それ以外では判別がつかんぞ。外見の違いなんて、イルカとシャチほどの差もあるとは思えんわ。
(いや、そう不思議な話ではない。我々も、人間や魔族の個体については、ほとんど見分けがつかないのだ。その点はお互い様だろうな)
クラスカが言う。いや人間はともかく、魔族はさすがに見分けがつくと思うんだが。骨とかゾンビとか吸血鬼とか、全然違うじゃねえか。そもそもこいつら、魔族を見たことがあるのか?
そのへん訊いてみると。
(ああ。ここへ来る前に、北のほうの大きな構造物……魔王城といったかな。あそこの住人たちから、色々と、この世界についての話を聞かせてもらったのだ。きみのことも、その際に教えてもらった。スーという方に)
え。こいつらスーさんと会ってたのか。いったいどういう経緯で、そんなことになったんだ。




