表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
144/856

144:ドラゴン・ヒステリー


 晴れた空の一角から、白い鱗を陽光にキラキラ乱反射させながら、新手の竜が、大急ぎでこちらへ突っ込んでくる。

 俺はアエリアをつがえ、軽く身構えた。さっきの黒竜は、ほとんど無抵抗で、戦いというにはあまりに一方的な展開だった。こいつは、少しは楽しませてくれるだろうか──。


 ふと、白竜は、大きく翼をはばたかせて、俺の前に急停止した。

 見れば、鱗の色は違うが、大きさや外観は黒竜とほぼ同じ。顔つきは、こっちのほうが若干スッキリしていて、凶暴な印象も薄らぎ、ちょっとだけ、おとなしげな雰囲気がある。ただ、俺を睨みつける金色の双瞳は燃えるように輝いていて、なにやら凄まじく険呑な気配をたたえていた。


 巨大な顎から無数の牙を剥き出しつつ、喉の奥から、ギュルルルルゥ……と、かすかな唸り声を発している。よくわからんが、えらく腹を立ててるようだ。仲間が殺されて頭に来てるってとこか。

 またも脳内に、例の砂嵐っぽいノイズが響きはじめた。こいつも黒竜と同じ能力を持ってるのか。ガーガーザリザリビービーと、やかましくてかなわん。


(……なんで)


 雑音とともに、かすかに、甲高い声が聴こえてくる。なんだなんだ?

 ノイズがどんどん強まっていく。次第に、激しい砂嵐の向こうから何者かが懸命に呼びかけてくるような、不思議な思念の声が、ぽつぽつと聴き取れるようになっていった。


(……殺した)

(なんで)

(──ひどい)

(殺すなんて)

(なんで──)


 最初はあまりに雑音が酷くて、何を言ってるのかわからなかったが、だんだんクリアになってきた。なんとなく、女っぽい声だ。女の怒声というか罵声というか、そう聴こえる。


(──ひどいよ。なんで殺したの)


 ノイズがおさまっていく。そのぶん、声のほうは、より明確に聴こえるようになった。ちょうどラジオのチューニングが合ってきたように。


(ただ話を聞いてほしかっただけなのに。殺すなんて。許せない、許せない……!)


 はぁ?

 話を聞いてほしかった……だけ?


 何を言ってるんだ。こいつは。

 わけがわからんが、この白竜が、俺が黒竜を斬り殺したことを激しく嘆き悲しみ、かつ怒ってるということだけは、一応わかる。


(ああ! 何の罪もないクラスカが殺されるなんて! こんなのひどい! あなた、絶対許さないから!)


 そう声が響くと同時に、白竜は、より厳しい目つきで、ギンッと俺を睨みつけてきた。


(クラスカ! クラスカぁ! ああっ、こんなことになるなんて! 許せない! 許せない! 許せなぃぃぃーっ!)


 いきなり翼や尻尾をばったばったと振りながら、白竜は俺の眼前でごつい四肢をぶんぶん振りまわし、激しく身悶えしはじめた。

 うわ、ひょっとしてこれ、ヒステリー起こしてる? 何なんだこいつは。クラスカってのは、あの黒竜のことだろうか。


 ふと気付いたが──もしかして、今ならチューニングが合ってて、会話が通じたりするんだろうか。

 試しに、こちらからも、心で言葉を念じてみよう。──おい、おまえ。と、呼びかけてみた。


 しかし、反応はない。相変わらず駄々っ子のようにジタバタしながら、許さない許さない許さないと思念の声を連呼している。ならばと、今度は直接、話しかけてみた。


「おい。何なんだ、おまえは」


 ぴたっ、と白竜は動きを止めた。次いで、俺へ向け、クワッと巨大な顎を開き、キョォォォォ……と、甲高い咆哮をあげる。同時に、再び思念の声が俺の脳内に響いた。


(何なんだ、ですってぇ? 見てわかんないの、このデコスケ!)

「誰がデコスケだァ!」


 いきなりの意味不明な罵倒に、俺もついつい反応してしまった。というかデコスケって何だ。俺そんなにデコ広くないと思うんだけど。


(あなたなんかデコスケで充分よ! クラスカを返せ!)


 どうやら一応、意思の疎通は可能らしいな。相手は念話、こっちは直接会話でしか通じないようだが。しかしまさか、竜と会話ができるとは驚きだ。少なくとも人間と同等くらいの知能は持ち合わせてるってことか。それに、猛烈に腹を立ててはいるが、ただちに襲いかかってくるような気配はない。ずいぶん理性的な竜のようだ。

 ちょっとばかし、こいつに興味が湧いて来た。少し探りを入れてみるか。殺すのはいつでもできるしな。


 俺はぐっと表情を引き締め、こう問いかけてみた。


「……おまえたち、人間やエルフをしょっちゅう襲って殺してるじゃないか。それを今更、話を聞けだと? いったい何のつもりだ、貴様」

(違う!)

「何が違う?」

(わたしたちは、この世界の原住民を襲ったりしない! それって全部ナーガの仕業でしょ! あなた、もしかしてバハムートとナーガの見分けもつかないの? 目ん玉腐ってんの? お馬鹿なの? 死ぬの? いやもう死んで! あなたいますぐ死ぬべきよ!)


 またも興奮状態でジタバタ暴れだす白竜。なんで俺様がここまで罵倒されにゃならんのだ。というかナーガとかバハムートとか、いきなり言われても、わけがわからんわ。

 ただ、今の言動には、少々聞き流せない部分が含まれている。


 ──自分たちは「この世界の」原住民を襲わない──こいつは、確かにそう言った。

 ということは、こいつ、ひょっとして……。


「おい。ちょっと落ち着け。もう少し詳しく事情を──」

(ああもう信じられない! じゃあ何、あなたの勘違いでクラスカは殺されたっていうの? こんなのってあんまりよぉ!)


 まだやってる。いい加減にせんか。


「やかましい! 話を聞かんかッ!」


 くわっと大喝一声、腹の底から叱声を叩きつける。


(……!)


 再び、白竜は、ひたと動きを止めた。


「事情を説明しろ。ナーガとかバハムートとか、いったい何のことだ」


 そう俺が睨みつけると、白竜は、ぐぅぅぅ……と、小さく唸り声を発し、こっちを睨み返してきた。


(いまさら遅いよ! もうクラスカは戻ってこない……!)


 白竜の両眼から、嘆きと悲しみの波動というか、念波というか、そういうのが、ひしひしと伝わってくる。まったく面倒な奴だ。ならば。


「そんなに言うなら、生き返らせてやろうか? 事情を説明する気があるなら、だが」

(……は?)


 俺の提案に、白竜は、きょとんと金色の眼を見開いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ