143:響く砂嵐
竜の体高は、だいたい十五メートルってとこか。ボディーも翼も漆黒一色。その両眼だけが金色に輝いている。あれを両方ともえぐり取らねばならん。
「おまえたちは森に入って、おとなしく隠れていろ。すぐに片付けてやる」
アエリアを抜きつつ指図する。
「お、お気をつけて!」
ベギスたちは、荷馬車を放っておいて、三々五々、街道脇の森へと駆け込んでいった。
それを横目に見ながら、俺はアエリアの魔力を解放し、地を蹴って宙へ舞い上がった。同時に斜め上へアエリアの刃を振り抜き、見えざる衝撃波を竜へ向け叩き込む。まずは挨拶がわりに軽く一発。
竜の首筋に衝撃波が直撃する。竜は、一瞬、軽くのけぞったものの、何事でもないように、悠然と姿勢をたてなおしてみせた。ほとんどダメージはない。おお、こりゃ凄い。加減してたとはいえ、俺の初撃が効かないとは。たんに図体がでかいばかりではなさそうだ。意外に強いかもしれん。
ならば、直接ぶった斬るまで──と、宙を翔けあがりつつ、あらためてアエリアを振りかざした、そのとき。
俺の意識野に、音が──流れ込んできた。
ガガガガ、ザザーッ、と、激しい砂嵐のようなノイズ。あれだ、チューニングの合ってないラジオみたいな。ただし物理的な音じゃない。俺の脳に直接響いてきている。
ひょっとしてこれ、テレパシー……とかか? とすれば、出所は、あの竜か?
──ナニコレ?
おや。アエリアにも聴こえてるのか。
黒い竜は、軽く翼を羽ばたかせ、ゆっくり高度を上げながら、こちらをじっと見つめている。ついてこい、といわんばかりに。
なんのつもりか知らんが、俺を誘ってるのか? では、乗ってやろうじゃないか。
俺はアエリアをつがえたまま、一気に上空へと駆けあがり、黒い竜と正面から向き合った。竜は、金色の瞳を爛々と輝かしながらも、あえてこちらに仕掛けてこようとはせず、ひたすらじっと俺を睨みつけている。
俺の意識に流れてくる、謎の砂嵐っぽいノイズが、先程より一段と強く大きく脳内へ響いてきた。調子は一定でなく、時折ガーッとかピーッとか、おかしな音が混じってくる。まるで急いでラジオのチューニングを合わせようとダイヤルを捻っているような、あの感じだ。正直、あまり気持ちのいいものではない。いったい何が起こってるのか?
空中にて対峙。俺と黒竜は、しばし、ただ黙然と睨みあっていた。
黒竜の両眼に、次第に、何らかの感情が、じわじわとのぞきはじめている。いや、見ためには変化はないが、なんとなく伝わってくるものがある。
焦燥──。
よくわからんが、こいつ、何か焦ってやがるようだ。
どれくらいの時間が経ったろうか。脳内響く雑音は、さらにガーガーピーピーと、どんどんやかましくなっていく。耳障りというか、とにかく不快だ。
えーい、もういい。何か面白いことが起こるんじゃないかと、内心ちょっとだけ期待したんだが。いつまでこう睨みあってても仕方ない。
アエリア。あいつを片付けるぞ。
──アイヨー。
俺の呼びかけに応えて、アエリアの刀身がグンッと伸びて、刃渡り十メートルくらいの特大剣へ変化した。
そのまま風を巻いて突進を開始する。黒竜はなお動かない。俺はかまわず距離を詰めるや、アエリアを振り上げ、黒竜の顔面めがけ、一気に振りおろした。
黒竜は驚くべき反応速度を見せた。素早く前肢を動かし、自らの顔面をかばいつつ、アエリアの刃を受け止めようとする。だが、そんなもので俺の斬撃を止められるはずもない。
──アエリアの刃と竜の前肢が交叉する、まさにその瞬間。わずか数十分の一秒という刹那。例の激しいノイズが途切れ、かすかに、何者かの低い声が、俺の脳内に響いた。
(待て、話せばわかる)
そう聴こえた。聴こえたが、いや、そんな気がしただけかもしれない。気のせいだ。空耳だ。そういうことにしておこう。俺は何も聴いてない。多分。
なにやらほんの少し思考が混乱してしまったが、それでも俺は躊躇せず、力まかせに竜の前肢ごと、その顔面を真っ二つに叩き斬った。
顔面をばっくりと割られた黒竜は、途端、ごげぎょええええええとか気色悪い悲鳴を上げつつ、空中、赤い鮮血を振り撒き、激しく悶えはじめた。あの不快な雑音は、もう聴こえなくなっている。
黒竜は、俺に背を向け、バッサバッサと激しく翼をばたつかせながら、逃げ始めた。おいこら、そりゃないだろう。
俺はアエリアをかざし、追撃した。あの深傷じゃ、放っておいても死にそうだが、逃がしては元も子もない。目玉を回収せねばならんのだから。
すぐさま追いつき、黒竜の背中へ向け、迅雷のごとくアエリアを振りおろす。袈裟懸けの一刀が、鮮やかに無抵抗の竜の背をバッサリと切り裂いた。
紅奨血霧おびただしく四方へ撒き散らしながら、おぎょへげええええええとか悲鳴を轟かせる黒竜。俺はさらに縦横無尽に巨刃を振るい続け、情け容赦なく躊躇なく徹底的に完膚なきまで黒竜の巨体を切り刻み、解体していった。
哀れな黒竜は、あっという間に五寸刻みの肉片と化して、ばらばらと地上へ落ちてゆく。とりあえず、この場は片付いたな。ただ、いかつい見かけによらず、思いのほか、手ごたえのない相手だった。ろくに抵抗しなかったし、そもそもあまり敵意とか戦意とかを感じられなかったし。あんな近くまで接近されたのに、俺が直前まで気配を察知できなかったのも、そのせいだろう。
──話せばわかる。どうも、そんな声が聴こえた気もするが……単なる空耳だったような気もする。連中にそんな知能や理性があるとは、まだちょっと信じられんし。なんにせよ、もう死んじまったものを、今更あれこれ考えても仕方ないか。
ともあれ後始末をせねば。ベギスたちに命じて、すぐに目玉を回収させよう。
と思いきや。
──ハニー!
突如響くアエリアの呼び声。何だいきなり。
ふと顔をあげれば、はるか東の彼方から、何やら物凄い勢いで、こちらめがけて空をすっ飛んでくる、新たな竜の姿。
今度のは全身、眩い白銀の鱗を輝かせている。
黒竜の次は白竜か。俺に挑んで来るつもりなら、相手になってやろう。




