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141:東か、北か


 まぶたに暖かな光を感じ、ふと目をさました。

 ミレドアの家の寝室。畳の上に敷かれた、ふかふかの布団の感触が肌に心地よい。窓からは明るい朝日が差し込んでいる。


 すぐ隣りには、ミレドアの寝顔。まあなんと気持ちよさそうに眠りこけてることか。


「はへぇ……ゆうしゃしゃまぁー……その穴は、らめでひゅう……入らないれしゅぅ……」


 口からヨダレ垂らして、長耳をヒクヒク動かしつつ、凄まじい寝言をかますミレドア。

 俺はミレドアを起こさないよう気遣いつつ、そっと布団から抜け出し、脇に置いておいたザックから、ドラゴンレーダーを取り出した。


 水晶には、何も映っていない。

 昨夜──広場で宴の最中、確かにレーダーには小さな光点がひとつ浮かんでいた。位置はビワー湖東岸の漁村アメンダ。しかし、ほどなく、その光点はかき消えてしまった。


 移動したのではなく、消えた──ということは、アメンダにいた竜が、なんらかの理由で反応がキャッチできない状態になった、ということになる。住民に返り討ちにでもあったのか。もしくはレーダーでも捕捉できないような地中深くに潜り込んだ可能性もある。ひょっとするとレーダーが壊れた可能性もないではない。

 ただ、なにぶん夜も更けていたし、別に俺がわざわざ慌ててアメンダを救いに行かねばならない義理もない。反応が消えたのなら、そう急いで駆けつける必要もなかろうと、結局打ち捨て、そのままミレドアの家に泊まったのだった。


「ゆうしゃしゃまぁー……おふぁようごじゃいましゅぅ……」


 背後からミレドアの声。起きたか。


「どうか、しましたかぁ……?」


 寝ぼけ眼をこすりつつ、ふにゃふにゃと訊いてくるミレドア。俺はレーダーを懐中へしまいつつ応えた。


「今日の予定を考えていたところだ。一応、アメンダへ行って、様子を見てこようと思ってな」

「……行ってしまうんですか?」

「またすぐ戻って来る」


 俺が言うと、ミレドアは、布団を離れ、パッと抱きついてきた。


「絶対ですよ? 待ってますから……」


 そう俺の胸へ頬をすり寄せてくる。俺は、その金髪をそっと撫でながら、耳もとに囁いた。


「今度は、違う穴も試してみような?」


 途端、ミレドアは頬を染めて、恥ずかしそうに、俺の胸にすっぽり顔をうずめてしまった。本当に可愛いやつだ。

 ──エルフは、鼻の穴から牛乳を飲むことができる。だが耳の穴からは、さすがに難しかったようだ。これはそういう宴会芸の話であって(自主規制)とは関係ない。断じて(自主規制)ではない。





 ミレドアと一緒に、ふかしイモで朝食。なんか別の料理も欲しいんだが……ミレドアはこれと焼き魚しか料理できないらしい。いやどっちも料理ってほどのもんじゃないと思うが。今度、カレーの作り方でも教えてやろうかな。

 食後、ミレドアへ一時の別れを告げて、広場へ出た。


 見送りはいらない、とミレドアにも古老たちにも言ってある。なんか大勢で見送りとかされると、追い出されてるような気分になるんだよなぁ。

 アエリアの魔力を解放し、早朝の空高くへ、一気に舞い上がる。今朝はアエリアもしっかりお目覚め。


 ──ハニー。ドコイクー?


 むろんアメンダへ……と言いたいとこだが、先に会っておかにゃならんのがいるな。

 ざっと湖のほうを見おろせば、ダスクからやや離れた湖岸の一角、陽光を浴びてキラキラと鱗を輝かせつつ、水面に浮かぶ巨大魚の姿。おお、そこにいたか。


 俺は湖面へ向かって降下し、声をかけた。


「おぅーい、エナーリア!」


 途端、エナーリアは、ざぷんっと水面から老婆の顔をのぞかせ、嬉しそうに応えた。


「陛下! よくこそ、ご無事で……! 昨日のご首尾は、いかがでございましたか」


「人間ごときに遅れを取りはせん。きっちり全滅させてやったぞ」


 言いつつ、俺は岸へと舞い降りた。そこへエナーリアが、ざざざっと水音を立てながら近寄り、岸へと這い上がってきた。さながら巨人が魚の着ぐるみをまとったような、ユーモラスかつシュールなその姿。やはり何度みても、内心ちょっと変な笑いがこみあげてくる。


「これで当面、ダスクに憂いはあるまい。それより昨日はご苦労だったな。おかげで、うまい魚を味わえた。ミレドアも喜んでたぞ」

「いえいえ……たいしたことでは。それで、陛下。今後、私はどのように……」

「それを言いに来たんだ。かねての指示どおり、おまえは湖から運河へ入り、中央霊府の河港近くで待機していろ。すでに黒狼部隊と忍者たちが、そっちへ向かっている。うまく合流して連絡を取り合い、次の指示を待て。いいな」

「承知いたしました」

「おっと、もうひとつ。最近、ここいらで竜を見かけなかったか?」

「竜……」


 エナーリアは、ちょっと首をかしげた。


「それは、北方のトカゲのことでございますか? それとも、近頃エルフたちが噂している、口から火を噴くという怪物のことでございましょうか」

「怪物のほうだ。トカゲの倍くらい大きい、いかにも凶暴そうなやつだが」

「ああ、それならば、三日ほど前に、ちょうどこの真上あたりを飛んでいくのを見ましたな」

「一匹だけか?」

「いえ。二匹並んで飛んでおりましたが、ここの少し手前あたりで別れて、一匹は北のほうへ飛んでゆき、いま一匹は東のほうへ向かっていきました。あの怪物の噂は私も聞いておりましたが、実物を見たのは初めてでしたな。こちらを襲ってくるかと思いきや、素通りしてゆきましたが、しきりに地上や湖面を窺って、まるで何かを探しながら飛んでいるような様子でございました」


 エナーリアの証言は、昨夜の若いエルフの目撃談とも半ば一致する。違うのは、二匹いて、一匹が東へ、もう一匹は北へ向かったという部分。

 ここから北といったら、ハッジス率いる緑林軍をはじめとする、北岸の湖賊たちの活動領域ということになるが。


 俺は懐中からドラゴンレーダーを取り出した。北寄りに光点がひとつ、ぽつねんと浮かんでいる。ついさっきまで、そんなものは無かったのに。どうなってるんだ?



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