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140:宵の宴


 遺民集落へパッサを送り届け、ダスクへ戻った頃には、もうすっかり日が傾いていた。

 ダスクの中央広場では、住民達がこぞって俺の帰りを待っていた。広場へ舞い降りた俺のもとへ、大歓声とともに駆け寄ってくる住民たち。先頭にいるのはミレドアだ。


「勇者さまぁー! お帰りなさい!」


 心底嬉しそうに俺の胸へ飛び込んでくる。おうおう、可愛い奴だ。


「さっき、南の森のほうから、ものすごい音がして、キノコみたいな形の大きな雲が上がってたんです。それでみんな、すごく心配してて……」


 ミレドアが言う。そりゃ間違いなくパッサが黒熱焦核爆炎球を使ったときだな。こんな離れたところにまで音が響いてたのか。それにキノコ雲って。黒熱焦核爆炎球はすでに俺の手許にあるが、そう聞くと、あらためてその物騒っぷりに驚かされる。こいつの使いどころは、よくよく慎重に見極める必要がありそうだ。威力がありすぎるのも考えもんだな。


「大丈夫だ。悪い奴らはキッチリ片付けてきたし、怪我もしてないからな。もう何も心配はいらないぞ」


 そう言って、髪をそっと撫でてやる。ミレドアは満面の笑顔で応えた。


「はい! さっすが勇者さまっ! あのっ、今夜は、ぜひぜひ泊まっていってください! みんなで、いっぱい、いっぱい、お礼しますからっ!」

「ああ、そうさせてもらうぞ。ところで、魚は取れたか?」

「ええ! それはもう大漁ですよ大漁! 勇者さまがお出かけされた後、急に、すっごい大群のビワーマスが岸に押し寄せてきたんです。あんまりたくさん取れたんで、広場でみんなで食べようってことになって。もうお料理の準備もできてるんですよ!」


 おお、そいつはなにより。

 実は、森へ向かう前、湖上でエナーリアと会った際、そういう指図をしておいた。俺が盗賊を討伐している間にビワーマスを集めて岸へ向かわせるように、と。エナーリアはキッチリ仕事をこなしてくれたようだ。後で礼を言っておかんとな。


「今夜は、勇者さまのご帰還と、ダスクを守ってくださったことへの感謝を込めて、お祝いの宴会です! 勇者さまっ、楽しんでいってくださいね!」


 そう言って、ミレドアは眩しい笑顔をはじけさせた。周囲では、住民どもが賑々しく動き回って、ぎっしりビワーマスが詰まった大小無数の魚篭や、ザルに山と積みあげた大量のイモなどと一緒に、ゴザやら食器やら、続々と広場へ運び込まれ、すっかり野外パーティーの様相を呈しはじめている。

 広場のど真ん中には、もう櫓のように高々と薪が組まれ、火が付けられていた。薄暮の空を焦がすように、真紅の炎がパチパチ音を立てて燃え盛っている。


 ミレドアとともに、広場の一角に敷かれたゴザに腰掛け、まずはミレドアが焼いてきてくれた新鮮なビワーマスの丸焼きを一串。パリッ! とくる軽快な皮の歯ざわりと香ばしさ。じゅわっ! と溢れる甘い脂と、やわらかく上品な白身の味わい。ああもう、これだよこれ。何度味わっても素晴らしい。

 ミレドアは隣りに並んで座り、そんな俺の食いっぷりを、幸せそうにニコニコ微笑みながら見つめている。相変わらず可愛らしい娘だ。出会った当初、あれほどウザいと思ったハイテンションぶりさえ、今となっては可愛くてたまらないくらいだ。


「ミレドア、商売のほうはどうだ? うまくいってるか」

「えへへ、おかげさまで、毎日大繁盛ですよぉ。最近はまた観光客とか釣り人とかも、少しずつですけど、だんだん戻って来てるんです。ただ……」


 そう応えつつ、ミレドアは広場の一角に立つ三体の木像を指さした。俺、ミレドア、ルミエルの「三英雄」を記念して建てられた、例のあれだ。


「あれはやっぱり、今でもちょっと照れくさいですねぇ……」

「ん、そうか? なかなか可愛いと思うがな。俺の像は、なんかちょっと目つきが悪いような」

「そんなことないですよぉ。キリッとしてて、かっこいいです」


 とか二人でイチャイチャやってるところへ、誰かが控えめに声をかけてくる。


「お邪魔をして申し訳ございません。勇者さま、少々、ご同席してもよろしいですかな?」


 三人の古老たちだ。ダスクを襲おうとしていた人間たちについて少し事情を聞きたい、という。一応、説明しておいたほうが良さそうだな。





 日は暮れきって、満天、真珠の粉を刷いたような星空の下。揺れる炎に煌々と照らされつつ、旨い肴をかこんで酒盃を掲げ、古老たちと他の住民らをも交え、歓語歓談ひとしきり。

 興の赴くまま、俺は住民どもに、神世救民軍との戦いの模様や、救世主パッサのことなど、かいつまんで語って聞かせた。


「……ってことはですよ、もとは人間たちの内輪揉めで、この一件、我々エルフとは無関係の騒ぎだったと」

「いやいや、そうでない。勇者さまもおっしゃられたじゃろ。賊の襲撃がなければ、彼らも集落から出てくることはなかったに違いない。彼らをそんなふうに刺激したのは、エルフの賊じゃから、まったく無関係ということにはなるまいよ」

「でもよう。賊どもを野放しにしてたのは中央の奴らだっぺよ。俺らダスクの住民が恨まれる筋はなかんべが」

「んだなや。ほんでもはあ、勇者さまが、そったら奴ら、みんな懲らしめてくれただでよう。まんずはぁ、めんでたし、めんでたし、だなやぁ」

「んだんだ」


 こいつら、なんか以前より訛りが酷くなってねえか。これだからは田舎は。


「ところで、勇者さま。今後は、どちらへ参られるので?」


 古老の一人が尋ねてくる。俺はミレドアが焼いてくれたイモを頬張りつつ答えた。


「長老の依頼があってな。竜を退治して、その目玉を集めねばならん。今度は北のほうへ飛んで行くことになりそうだ」

「おや。竜なら、つい最近見かけましたよ」


 若い住民の一人が、横から口を挟んできた。


「ほう。この近くでか?」

「ええ。ずっと西の方から、湖の上を、東へ向かって飛んで行くのを見たんです。三日ほど前だったかな?」

「何匹ぐらいだ?」

「一匹だけでした。てッきり、ここが襲われるんじゃないかって、ちょっとした騒ぎになったんですが、素通りしていったんで。みんな、これも勇者さまのご加護だって言いあってたんですよ」


 そりゃまた、どういうことだろう。これまでの事例から、竜といえば群れで行動するものと思っていたが、単独行動とは。それも、ここを無視して東へ向かったと。ここから東のほうって、何かあったっけ。

 俺は懐中から、例のティアック・アンプルお手製の竜群探知機──ドラゴンレーダーを取り出した。


 丸い水晶の端っこに、小さな光点がひとつ。ほう。どうやら、まだその竜は、こいつの捕捉範囲内にとどまっているようだな。この光点の位置情報を地図と照らし合わせてみると──アメンダ、という地名が刻まれているあたりになる。

 アメンダっていうと、確かこのダスクのちょうど反対側、ビワー湖東岸の漁村だっけか。


 光点はそこにとどまったまま、動いていない。

 つまりこれは、そのアメンダがまさに今現在、竜に襲われてる真っ最中ってことか。



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