014:地下都市
翌朝、僕はお迎えの馬車に乗せられて、王宮へ向かった。
ガタゴト揺れる客車のなかで、僕はまだ眠気の残る目をこすりながら、窓の外を見ていた。
流れる景色は、薄暗い石造りの街並み。
ここは巨大な地下空洞に建設された地下都市。もう半世紀以上の歴史があるって聞いてる。はるか高い天井から降り注ぐ明かりは、魔術師さんたちが作り出した魔法の照明光だ。僕らが普通に生活していくぶんには不自由しない程度の明るさがある。
地上は魔族がうようよいて、僕ら人間は滅多に出ていけない。だから僕は、まだ太陽というものを見たことがないんだ。大人たちの話だと、太陽っていうのはとても明るくて、まともに正視できないくらい眩しいものだって。魔族さえこの世からいなくなれば、僕も、街のみんなも、こんな地下から出て、本物の太陽の下で暮らせるのにね。
「アーク。王には、何を聞かれても、はい、とだけ答えるんだ。余計なことは一切言わんように。それと、短気は禁物だ」
隣に座ってるケーフィルさんが、そっと教えてくれた。ちょび髭が渋い中年の男爵さん。僕に魔術の基礎を教えてくれたお師匠さまだ。最近は礼儀作法の講釈ばっかりだけど。
「どういうこと?」
「……なんというか。ちょっと変わり者でな。面白いお方ではあるんだが」
王宮はそこそこ立派な建物だ。お城というよりは、大きなお屋敷みたいな感じ。僕はケーフィルさんに連れられて、謁見の間へ通された。王様はもう玉座にいて、僕らが来るのを待ってたみたいだ。他に、剣の師匠のアクシードさん、シスターのルミエルさんも来ていた。なんでここにいるんだろ?
「おお、やっと来たな。この日を待ちわびたぞ」
王様は心底嬉しそうに迎えてくれた。元気なおじいさんって感じ。なんだ、いい人そうじゃないか。僕はひざまずいて、自己紹介した。
「初めてお目にかかります。私は、アンブローズ・アクロイナ・アレステルと申します」
「長い名前だなあ。呼びにくくていかん。なんかこう、イケてる愛称を考えてやらんとな」
開口一番の返事がそれって。どういう王様?
「陛下。この者については、皆、アークと呼んでおりますが」
ケーフィルさんが横からフォローを入れてくれた。そうそう。僕には、アークっていう、自分でもお気に入りの通称が、もうあるんだ。
「いかん、いかん。そんなだっさいネーミング、わしは認めん。あとであらためて、わしが命名してやろう」
……この王様、想像以上の変人みたいだ。なるほど。短気は禁物、ね。
「ま、そんなことより。ケーフィル、アクシード、ルミエル。今までご苦労だったな。聖痕保持者を見守り、英才教育を施す大任、よくぞ見事につとめあげてくれた」
王様から言葉をかけられると、三人のお師匠さまは、一斉に頭を垂れた。
英才教育? 大任? どういうことだろう。ケーフィルさんは、母さんの古い友人で、その縁で僕の面倒を見てくれてるって聞いてた。アクシードさんには月謝を払って剣の稽古をつけてもらってたんだし、ルミエルさんは僕が通ってる教会のシスターさんじゃないか。
「なにをボーッとしてるんだ。シャキッとせんか」
アクシードさんが声をかけてきた。筋骨隆々の熊髭のおじさんだ。
「おまえは実によい教え子だったよ。呑み込みが早いし筋も良かった。あまり実感はないかもしれんが、おまえは随分強くなっている。今ならベテランの騎士とも互角に渡りあえるだろう」
アクシードさんは普段、とても厳しいお師匠さまで、今まで褒めてくれたことなんて一度もなかったのに。僕、自分でも知らないうちに、そんなに上達してたのか。
「あなたは物覚えが良いから、こちらもお勉強の教え甲斐がありましたよ」
ルミエルさんが微笑みかけてくる。いつも優しくて、胸がおっきくて美人なシスターのお姉さん。勉強だけじゃなく、いろんなことを教えてくれた。それはもう本当に色々と。手ほどきを。
ケーフィルさんが、表情をあらためて、こう説明してくれた。
「我ら三人は、もともと王家とは縁があってな。王命を奉じて、これまでずっと、きみの専属教育にあたってきたのだよ」
「ええっ、そうだったんですか? でも、どうして……?」
あ、つい聞き返しちゃった。あまりにショックだったから思わず。はい、以外は言っちゃいけなかったっけ。
王様がそれに答えてくれた。
「それはむろん、汝が聖痕の持ち主、すなわち数百年ぶりに出現した勇者の卵だからだ。古来、勇者の覚醒は十六歳まで待たねばならぬというしきたりが王家に伝わっておるのでな。ならばその間、鍛えられるだけ鍛えておいてやろう、というわけだ」
「あっ、あの……」
「なんだ?」
「その……勇者って、いったい、なんですか?」
一瞬、玉座の間に沈黙が落ちかかった。余計な質問はタブー……なのはわかってるけど、でもやっぱり、気になるし。
王様は、ちょっと考え込むような顔つきをして、まじまじと僕の顔を見た。
「慌てるでない。まずは、儀式を済ませてからだ。勇者のなんたるかは、覚醒すれば、おのずとわかることだからな」
王様は、よっこらしょっと立ち上がり、右手を高々と掲げた。人差し指にきらめく黄金のリング。
手の甲をこちらに向け、かざしてくる。リングには大粒のダイヤモンドがはめ込まれ、まばゆく輝いていた。
「この指輪こそ、我が王家に代々伝わる秘宝、ダイヤモンド・アイ。勇者を覚醒させる伝説の神器だ。心の準備はよいな?」
「はっ、はい!」
「よろしい。ではゆくぞ!」
王様の大喝が轟く。たちまち右手のダイヤモンドから眩しい光がほとばしって、僕の右肩を照らした。
まるで焼け火箸でも当てられたような熱さを感じて、僕は顔をしかめた。聖痕が燃えるように疼きだす。この感覚は……!
なんだろう、すごく、思い出したくない。思い出したら最後、身も心も加齢臭で満たされてしまいそうだ。そんなの嫌だ。
ああ――だめだ。だんだん、意識が遠くなっていく……。