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139:遺民集落の奇跡


 パッサをお姫様抱っこしてやり、そのままアエリアの魔力で空中へ舞いあがる。


「ひゃあああ! ほ、本当に飛んでるー! すごいー!」


 俺の腕の中で、パッサは驚くやら喜ぶやら大騒ぎ。


「気持ちはわかるが落ち着け。耳元でわめくんじゃない」

「あ、は、はい。すみません……」


 途端にうなだれるパッサ。しおらしくなったもんだ。これで本当に女の子だったら良かったのに。

 相変わらずよく晴れた秋空のもと、パッサの故郷めがけて、のんびりと飛んでいく。パッサを抱えている分、あまりスピードは出せない。


 この道程のついで、ここまで質問しそびれていた事柄について、あらためて訊いてみた。


「あの四大天騎とかいう奴ら、一体なんだったんだ? 見たところ、正規の騎士訓練を受けた連中のようだったが」


 パッサと遭遇する直前、俺が一刀のもと突き殺した、青赤黄白の全身甲冑四人組。一人は比較的若い男だったが、あとの三人はけっこうなおっさんどもだった。


「ああ。あの人たちですか。氷天騎のソウガは、昔、父さんの弟子でした。それ以外の三人は、もと父さんの同僚で王国騎士見習いの生き残りです。全員、父さんと同じく、修道騎士として教会に仕えていました。僕が救世主として教会に担ぎ上げられると同時に、僕の直属のボディーガードということになったんです」


 四大天騎とかいう称号も、その際に大司教が適当に命名したものらしい。当人たちもかなりノリノリだったそうだ。四人とも、俺には到底及ばないにせよ、構えや身ごなしを見るに、それなりの手練れ揃いという印象だった。もし死体が残っていたら、生き返らせて引き続きパッサのボディーガードを務めさせてやるべき人材だったかもしれない。ただ四人とも、もう肉片すら残らないほど跡形もなく吹っ飛んでるので、さすがに蘇生は無理そうだ。


「僕はあの人たち、苦手でしたけどね……四人とも、何度も僕に夜這いをかけてきましたし……まったく、ケダモノみたいな人たちでしたよ……ううん、その荒っぽさが、ちょっとだけ素敵でしたけど……でも、もう少し優しくしてほしかったかなって……」


 語りつつ、次第に頬を赤らめるパッサ。

 ……どうも、色々あったらしい。これ以上はあまり詳しく聞かないほうがよさそうだ。おもに俺の精神衛生のために。





「あ、見えてきました。あれです」


 パッサが指先で示す彼方、鬱蒼たる森林のど真ん中。わずかにのぞく茶色い地面と、ひっそり立ち並ぶ粗末な建物。あれが遺民集落か。隠れ里という表現がよく似合う雰囲気だ。


「あそこで間違いないな?」

「はい。あの奥のほうに見えてる黒い屋根が教会です」


 見たところ、どの建物も粗末な掘っ立て小屋みたいな風情だが、教会とやらだけは、がっしりした石造りの豪奢な建物で、屋根や壁面には金色の装飾が陽光を受けて眩く輝いている。ありゃ相当な人手と手間とカネが掛かってるな。これだから宗教ってのは。パッサが乗ってた、やたら豪華な白馬車も、たぶん教会の所有物だったんだろう。

 パッサの説明によれば、集落は基本的に自給自足だが、時折、移民街や西霊府と南霊府の間を往復している人間の商人たちのキャラバンがこっそり巡回してくるそうで、どうしても自給自足でまかなえない一部の物資は、そのキャラバンとの交易で仕入れているそうだ。外界の情報、たとえば俺の活躍なんかも商人たちを介して集落へもたらされていたらしい。位置や巡回ルートから考えて、多分、移民街の「虹の組合」に属する商人たちだろう。サントメールはこのことを知ってるんだろうか。もしここが遺民集落と知ってて組合の商人たちを向かわせてるのだとしたら、やはりあの伯爵どのは相当食えない野郎だな。


「……よし、降りるぞ」


 折角ここまで来たんだ。ついでに、今後パッサが布教活動をスムーズに進められるよう、少しだけ演出を施しておいてやろう。

 パッサを抱えたまま、高度を落とし、教会の黒い屋根の直上まで、ふわりと降下する。


 ちょうど教会の周囲にいた子供達や老人どもが、屋根の上の空中にぷかぷか浮かぶ俺たちの姿に気付き、口々に騒ぎはじめた。それにつられ、ほどなく住民どもが教会前に続々と集まりだす。意外に大勢残ってるな。さすがに若い男の姿は少ないが、それでもざっと見て四、五十人くらい、ここに集まってきたようだ。


「あ、あの、何を……?」


 パッサが不思議そうに俺を見つめる。


「黙っていろ。すぐにわかる」


 俺は、おもむろに治療呪文を詠唱し、その魔力を自分自身とパッサの身体に浴びせた。

 同時に、スーッと宙を移動して屋根を離れ、教会の手前の地面へと着地する。


 俺の腕の中で、パッサの小さな身体は治療呪文の燐光にキラキラと包み込まれている。ここで治療呪文を使ったのは治療のためでなく、この燐光による視覚効果を狙ったのものだ。今、ここに集まった住民達の目には、まるで俺たちが不思議な魔力に護られているように見えるだろう。

 俺は、そっとパッサを地面に降ろした。パッサは、なお燐光に包まれた状態で、鹿爪らしい顔つきを浮かべ、俺の前に跪いてみせた。どうやらパッサも俺の意図に気付いたようだな。さすがに察しがいい。住民どもは、ただ呆然と息を呑み、こちらを取り巻きつつ見守っている。いったい何事が起きているのかと。


 俺は無言で小さくうなずき、パッサを残して再び空中へ舞い上がった。同時に、住民どもの間から驚嘆のざわめきが涌きおこる。

 これでいい。集落の小さな救世主は、伝説の勇者によって救われ、その不思議な魔力に護られて故郷へと送り届けられた──。そういう、ちょっとした奇跡の演出を、わざわざやってみせたわけだ。いかに頑迷な教会信者といえど、この出来事を否定することはできまい。なにせその目で実際に見てるんだからな。あとは、この演出をいかに活用喧伝し、勇者を崇める新宗教の構築と布教へと繋げていくか。もともとパッサが救世主にまつりあげられたのも高位聖職者どものインチキの所産。新宗教の立ち上げも、俺の仕掛けたインチキで始まる。毒食らわば皿までってな。パッサならば、うまくやるだろう。二ヶ月後が楽しみだ。



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