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138:恍惚の果てに


 アエリアの柄を握りしめたまま、パッサはすっかり興奮状態に陥っている。悩ましく腰を振りながら、頬を紅潮させ、焦点定まらぬ瞳であらぬかたを眺めつつ、半開きの唇から、本格的に喘ぎ声を洩らしはじめた。


「あふぅぅんっ……はぁぁっ……はひぃっ……んんんぅ……! あっ、ああああっ、あああんっ!」


 いまパッサがアエリアに何を聞かされ、何を見せられているのか、まったく想像もつかんが、どうも刺激が強すぎるようだな。あまり無茶をやりすぎて、本格的に発狂とかしなきゃいいんだが。もし洗脳に失敗して廃人になっちまったら、さすがに斬り殺して捨てていくしかない。ちと惜しいが、それもまた運命。


「はひっ、はひっ、んんぅ……んっ……んっ……」


 苦悶とも快感ともつかぬ顔つきで、涙とヨダレを垂れ流しながら、足をカクカクいわせるパッサ。やがて、地面にガクッと両膝を落とす。


「くぅっ、くぅぅぅぅん……あひっ……ひッ……! ああああっ! んほおおおおぉー! もうっ、もう、らめっ、らめ、らめぇぇぇェー!」


 おもむろに、がばっと顔を天に向け、子犬の悲鳴にも似た甲高い絶叫をあげ──とうとう、パッサはアエリアから手を離し、その場に仰向けにパッタリと倒れてしまった。どうやら、意識が完全に飛んで、達してしまったようだ。何に達したのやらわからんが。

 その失神した顔つきたるや、まさに恍惚の極み。幸せそのものに見える。


 俺は、地面に突き立ったままのアエリアを引っこ抜いて鞘に収めた。いったいアエリアは、こいつの意識をどんな具合にいじくり回したのか。


 ──ナ・イ・ショ。


 いたずらっぽい声が俺の脳内に響く。内緒って、おまえ……。いやそりゃ結果的に洗脳がうまくいけば、それでいいけどな。ともかく、あとは結果待ちか。

 それから、待つことおよそ五分ほど。


 パッサは、むっくり起き上がるや、そばに控えていた俺を、じっと見つめてきた。

 その瞳には、すでにしっかりと知性の光が戻っている。しかし、やけに熱く潤んでいるように見える。いわゆるひとつの熱視線。切なげなその顔つきは、まるで恋する乙女のよう。なんだ、何がどうなってる?


「あ……あの、勇者……さん……」


 ちょっぴり恥ずかしそうに、モジモジと呟くパッサ。


「剣、抜けませんでした……。僕……もう一生、奴隷でいいです。あなたの言うこと、なんでも聞きます……」


 そう言って、ポッと頬を赤らめ、下を向くパッサ。

 ……えーと。これは、成功といっていいんだろうか。





 パッサは一応、正気を保っていた。少し話してみたところ、知能のほうも、特に翳りはない。ただ性格については、だいぶ変容をきたしたようだ。

「僕、わかったんです……! 僕の運命は、あなたのものになることだったんだって。僕の心も体も、全部、全部、あなたのものです!」


 熱っぽい口調で、そう俺へ語りかけ──ついには、赤いリボンを揺らし、ドレスの裾を翻しつつ、ガバァッと俺へ抱きついてきた。こら、腰を擦り寄せるな。俺にはそういう趣味はないんだって! ていうか、下着までキッチリ女物かよ!

 俺に逆らわず、おとなしく服従する──という程度で良かったのに、むしろ全力で懐くようになるとは。何やら必要以上に強烈な刷り込みが施されたようだ。恐るべしアエリア。


 ──アエリア、ガンバッター!


 頑張りすぎだよ! もう少し手心というか何というか、こう。

 ともあれ──なんとか服従させることはできた。あらためて、今後のことについて話さなければ。俺はこれから、竜退治であっちこっち飛び回らなきゃならん身だ。それにパッサを連れて行くことはできない。ゆえに、こいつには当面、俺とは別行動をとらせ、ひとつ大きな仕事をやってもらうつもりだ。


「おい、パッサ。いいか。これから……」

「ああ、勇者さん……勇者さん……愛してますっ……!」


 まだやってる。いい加減にせい。


「話を聞かんかッ!」


 ビシッと一喝。たちまち、パッサは、雷に撃たれたように、ササッと俺のそばを離れ、姿勢を正した。


「は、はいっ! お話を聞かせてくださいッ!」


 神妙に応えるパッサ。よし、きっちり洗脳の効果は出ているな。素直でよろしい。


「おまえは故郷に戻れ。そして二ヶ月以内に、今から言いつける仕事をこなしてもらう。一人でな」

「え……ひ、一人で? そんなぁ!」


 あからさまにショックを受けるパッサ。


「ぼ、僕……邪魔なんですかぁ……?」


 そう涙目を向けてくる。いくらなんでも性格変わりすぎだコイツ。いや実際、コイツの才能は用うるに足るが、連れ歩くには邪魔だ。


「話は最後まで聞け。いいか、仕事というのはな……」


 まず、故郷の集落へ戻り、今なおそこに残っている人々へ、勇者を崇める新しい宗教を説き広めること。それによって、集落全体を俺の聖地へと教化すること。ようはルミエルと同じことをやってもらうわけだ。方法は問わない。説法でも詐欺でも洗脳でもなんでも、あらゆる手段を尽くし、二ヶ月以内にやり遂げること。

 パッサの語るところでは、故郷の住民のうち、およそ半数近くが神世救民軍に参加し、すでに全滅している。大半は俺が斬り殺した連中だが、後陣について従軍していた大司教やら修道長やらの高位聖職者たちも、さきほどの黒熱焦核爆炎球の大爆発に巻き込まれ、キレイに吹っ飛んでしまった。もはや付近に生存者は皆無だ。一方、集落のほうには、今でも百人ほど残っているらしいが、その多くはパッサの母親を含む女子供と老病人。あとは教会の留守番を任された一部の下級聖職者ぐらいだとか。そいつらを教化するのは、そう難しいことではないだろう。こいつはすでに教会伝来の神学をすべて修めているという。ならば、それを少々アレンジするだけで、完成度の高い新教義を構築できるはずだ。実際、ルミエルもそういう手法を採っている。


 いまひとつ。布教活動の合間に、黒熱焦核爆炎球のコピー、もしくは改良版を、できうる限り多く製作しておくこと。できればあと五、六個くらい欲しい。これは後々、魔法兵器として大いに使い道がある。今パッサが持ってるオリジナルは、俺が預かっておくことにする。これ一個だけでも、色々と役に立ちそうだ。


「二ヶ月後、俺じきじきに、集落へ迎えに来てやる。それまでに、これらの仕事をすべてやり終えておけ。どうだ、やれるか?」

「はい。問題ありません。僕ならできます」


 力強く返答するパッサ。ずいぶん頼もしいな。さすが神童。


「その、ちゃんとできたら……そ、そのときはっ、僕を、お嫁さんにしてください!」

「それは無理」

「えぇー! そんなぁ!」


 俺がキッパリ拒絶してみせると、パッサはガックリと肩を落とした。いや、ほんと無理だから。俺そういう趣味ないから。

 とはいえ、より確実に仕事をやり遂げさせるためには、何か少しくらい、新たな見返りを約束してやるべきかもしれない。どうするか。


「嫁は無理だが……。えーと。……そうだ。デートくらいなら、してやってもいいぞ」

 ちょっと苦し紛れに提案してみる。途端、パッサの顔に喜色が溢れた。

「ほっ、本当ですか?」

「ああ。本当だ」


 男の娘ではあるが、一応、見た目は可愛いらしい美少女だし。一緒にどっかの街を歩くぐらいなら、別に問題はない……と思う。さすがにその後のことまでは、ちょっと色々無理だが。


「わかりましたっ! 僕、がんばります!」


 へこんっと一礼するパッサ。いい返事だ。

 これでもう、ダスクが再び脅かされることはあるまい。今後、遺民集落は勇者を崇める新宗教の拠点へと生まれ変わり、俺は強力な魔法兵器を大量に仕入れることができる。しかもタダで。まさに一石二鳥で一件落着だな。


 あとは、パッサを集落まで送り届けてやらんと。抱きかかえて、そのまま集落まで飛んでいくか。



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