137:その柄を握れ
パッサが、その外見に似合わず怜悧な頭脳と腹黒さを備えた悪ガキであることは、話してみて大体わかった。
どうしてもわからないのは、その格好。
なぜ女装。しかもめちゃくちゃ手が込んでるし。俺はともかく、凡人の目には、普通に、可愛い女の子としか見えないだろう。
で、聞いてみると。
「趣味だよ」
きっぱりと、迷いなく、澱みなく、パッサは断言した。
そうか。趣味か。だったら仕方ないな。趣味だし。ああ、仕方ない。
サージャのかぼちゃパンツ偏愛もそうだが、神童とか呼ばれるようなガキどもは、なんでこう、どっかナチュラルに歪んでやがるのか。
「に、似合わない?」
ちょっと不安げに、上目遣いで俺を見つめるパッサ。いや似合ってるけど。必要以上に似合ってるけど。
「……質問には、全部答えたよ。命は助けてくれるって、約束だよね?」
少々あらたまった様子で訊いてくるパッサ。ここまで同行してきた仲間はすべて死に絶え、神世救民軍とやらは壊滅。生き残ったのはパッサただ一人。そしていま、その生殺与奪は俺の一手に握られている。さしものパッサも、もはや逃れぬところと観念しているのだろう。
ただ、見たところ、こいつは仲間が全滅していることについて、特に悲しんだり嘆いたり惜しんだりしている様子はない。黒熱焦核爆炎球の威力を重々承知していながら、それでも発動させて大爆発を引き起こし、仲間の死骸やら何やら全部まとめて吹っ飛ばし、かつ高笑いしていた様子など思い起こすにつけ、どうもこいつは、人として当然あるべき何かが根本から欠落しているようだ。先天的なものか環境的なものかわからんが、親はどういう教育をしてたんだろう。いや、まったくもって俺がいえた義理じゃあないが。
この邪悪なガキを、まっとうな方法で心服させるのは難しそうだ。利を食らわさんとしても、より大きな利が目先に現れれば、こいつは容易に俺を裏切るだろう。人質を取って脅迫するというやりかたも、こういう手合いには通じない。
こいつが女なら、普通にさっさとダブルピースさせて、俺の下僕にしてしまえば済む。一度俺のものになった女は、もはや絶対に俺に逆らわないからな。だが、それは断じてできない! だってこいつは男の娘! どれほど可愛かろうとも男の娘! だから俺にはそっちの趣味はないんだって!
こいつの才能は惜しいが、生かしておいては後に患いとなりかねん。やはりここで殺しておくしかないだろうか。なにか他に、こいつを完全服従させる、うまい手は……。
ふと、脳内に響くアエリアの声。
──ハニー。ハニー。
どうした、この忙しいときに。
──テツダッタゲルー。
鉄だったゲル?
──チャウチャウ。
犬か。
──チャウネン。ナニイウテンノン。ホンマ、イヤヤワァ。
大阪のおばはんか貴様は。で? 手伝うって、何を。
──センノウ。センノウ。
センノウ……洗脳?
……おお。そうか、そういうことか。
ならば、ひとつやってもらおう。頼むぞ。
──タノマレター。
なんとなく、アエリアの柄あたりから、俺の脳内へ、もやもやぁーんとイメージが流れ込んでくる。黒い煙のかたまりが人型をとって、グッとガッツポーズしているようなイメージが。こんな不気味なガッツポーズを見たのは生まれて初めてだ。
魔剣──というのは、死亡直後の魔族の霊魂を、特殊な刀剣に封入鍛造した武器の総称。これをまともに扱えるのは魔族だけだ。人間やエルフがこいつを握れば、津波のように絶え間なく押し寄せる魔族特有の負の感情に、その精神が耐えきれず、およそ正気を保っていられない。
アエリアは、そんな魔剣の特性を活用して、パッサを俺の下僕に洗脳してみる、と言い出した。面白い発想だ。どうせダメもと、うまくいくかどうか、ぜひ試してみよう。
「パッサ。いまから、ひとつ、おまえに試練を課す」
「試練?」
きょとんと俺を見上げるパッサの前で、アエリアを抜き、その黒光りする剣先を、地面にドスッと突き立ててみせる。
「こいつを抜いてみろ。うまく抜けたら、解放してやろう。故郷の集落でもどこでも、好きなところへ行くがいい。できなければ、一生、俺の奴隷だ」
「え。抜くだけでいいの? もしかして、すごく重いとか?」
「持ってみればわかる。ほれ、やってみろ」
「う、うん……」
パッサは、少々戸惑いつつ、黒熱焦核爆炎球をかたわらに置いて、つと両手を伸ばした。アエリアの柄を握りしめ、ぐっと引き抜こうとする。よし、ひっかかった。どうやらこいつ、魔剣についての知識は持ち合わせてなかったようだな。仮にもし拒んでも、無理矢理ひっ掴ませるだけだが。
「なんだ、軽いや。これなら……」
そう呟きかけて、ひたと、パッサの動きが止まった。
「あ、あれ……?」
次第に、その瞳から、知性の光がじわじわと喪われてゆく。
頬のあたりから、顔の筋肉全体が、ふょんふょんとだらしなく緩みはじめる。口もとからは、ヨダレがひと筋。あれだな、やばいおクスリをキメちゃったみたいな、そんな表情だ。
「あ……あっ……はへぇぇ……はふっ……」
当初は間抜けな鼻声だったものが、どういうわけか、次第に熱い吐息へと変わりはじめている。
「はひっ……はっ……はぁんっ……んんんぅ……はんっ……あぁひいいぃ……!」
腰のあたりをモジモジさせて、興奮気味に、妙な声を洩らすパッサ。
アエリアのやつ、いったいどんなイメージを見せてんだ?




