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135:宗教と難民


 尋問より先に、治療が必要だな。肘から先をすっぱり斬り落としたもんで、切断面から絶え間なく血が噴き出し続けている。出血で今にも死にそうだ。

 とりあえずアエリアを鞘に収め、治療魔法を──と思ったが、呪文を詠唱し終える前に、女装少年はカクンと顔を横に向け、あっさり息絶えてしまった。もう少し根性見せんかい。まったく、最近のお子様ときたら。


 とはいえ結果的には、このほうが色々手間が省ける。俺の治療魔法は効果が中途半端で、一発では全快させられないからな。だが死んでから蘇生魔法を使えば、欠損部位まで再構成して完全回復させられる。我ながら奇妙な話だとは思う。蘇生魔法は勇者専用のインチキ特殊能力で、通常の攻撃魔法や治療魔法とは根本から原理が違うらしい。

 女装少年の亡骸へ両手をかざし、呪文を唱える──例の白い燐光が、じわじわと両掌から広がってゆき、少年の肉体を包み込んだ。


「……あれ」


 白い輝きが消え去ると、女装少年はむっくりと起き上がり、不思議そうな顔つきで周囲をきょときょと見回した。どうやら元気そうだ。俺が斬り落とした両腕も、キレイに元通りになっている。


「では、質問に答えてもらうぞ。まず……噂の救世主ってのは、オマエか?」


 そう問いかけると、女装少年は、なおしばし、落ち着かない様子で自分の両掌を閉じたり開いたりしていたが、やがて不機嫌そうな顔をこちらへ向けて、短く答えた。


「……そうだよ」

「なんでまた、そんな酔狂なことを」

「話せば長くなるよ」

「かまわん。ぜひ聞かせてもらおう。その前に、名を聞いておこうか」

「パッサ」 

「パッサ?」

「パスリーン・エルグラード。だから、パッサ」


 なかなか立派な名前じゃないか。エルグラードって姓は、どっかで聞いたことがあるなあ。どこで、いつ聞いたんだっけか。ずいぶん昔、まだ魔王やってた頃に聞いた気がする……。

 ……あ。思い出した。俺が昔、魔王城の手前でぶっ飛ばした、ライルとかいう騎士。あいつの姓が、確かエルグラードだったはずだ。もっとも、単なる同姓という可能性もある。一応聞いてみるか。


「エルグラードというのは、騎士の家名か?」


 パスリーン──パッサは、こくんとうなずいた。


「そうさ。わがエルグラード家は、代々、王国騎士をつとめてきたんだ。もうその王国は存在しないけどね」

「ほう。では、ライル・エルグラードは……」

「……ふん。やっぱり知ってるか。僕の叔父にあたるらしいけどね。僕が生まれるよりずっと前に、魔王に負けて死んだって聞いてる」


 もとよりご機嫌斜めだったパッサが、いっそう険呑な顔つきになった。


「一族の面汚しだよ。何が聖騎士だか」


 そう吐き捨て、赤いリボンを揺らしつつ、ぷいっと横を向く。

 やはり、あいつの縁者か。だがこの態度からして、色々と込み入った事情がありそうだな。





 かつて戦争があった。人間と魔族の大戦。

 当初、人間側の攻勢によって、滅亡の淵にまで追い詰められていた魔族は、魔王の召喚出現をきっかけに勢力を盛り返した。それからちょうど六十年後、魔族が人間側の王都を攻め滅ぼすという形で、大戦は終結した。むろん、その魔王とは俺自身のことだ。


 大戦の結果、王都はほぼ廃墟と化した。人間の王族貴族の大半は処刑、もしく捕虜として北方の魔王城へ連行させた。男どもは奴隷として労役にこき使い、女子供は俺のハーレムへ放り込んだ。今でも魔王城の後宮には、王女をはじめ、もと王族の女どもが大勢暮らしている。

 パッサの語るところによれば──大戦終結直後、かろうじて生き残っていた騎士や貴族、聖職者などに率いられた、およそ三百人ほどの集団が、エルフの森へ逃げ込み、移民街に保護を求めた。ところが、移民街の自治代表ジョフロワ・サントメールは、この避難民の受け入れを拒否した。理由は──宗教。


 ひとくちに教会といっても、内部には様々な宗派分派があって、一枚岩ではない。人が三人寄れば派閥ができる。同じ神を信じているからといって、その全員、すべての価値観や考え方までぴったり一致するとは限らないものだ。

 ウメチカと移民街の教会組織は、同一の宗派に属し、両都市の宗教的な結びつきは密接だった。しかし、新たに訪れてきた難民達は、ウメチカや移民街とは異なる──どころか、むしろ長年対立してきた宗派の聖職者とその信徒が大多数で、これを受け入れ、あまっさえ保護するとなると、今後ウメチカと移民街との関係がこじれかねない、とサントメールは判断したようだ。


 サントメールは、難民たちに、妥協案を申し出た。──移民街の教会で再洗礼を受け、宗派を変えれば、正式に移民街への住民登録を許可する。しかる後、希望する者はウメチカの王家へパイプを繋いでも良い、と。

 ウメチカ王家は、もと地上の王家の傍流が地下へ逃げ込んで樹立させた亡命政権で、いわば分家だが、地上の王族がことごとく処刑、もしくは連行された状況にあっては、もはや王国の遺民たちにとって、唯一の主君筋といえる存在になっていた。


 結局、半数以上の難民が、サントメールの提案に応じて宗派を変え、移民街への居住を許されることとなったが、残る半数は頑としてそれを拒み、移民街及び西霊府の統治領域から逐われることになった。

 これら難民のうち、王国騎士エルグラード家の兄弟は、家長たる兄が宗派変えして移民街へ入ったが、弟のほうは最後まで信念を曲げず、他の難民たちとともに移民街を去った。その宗派変えした兄こそが、王国騎士ライル・エルグラード。後にウメチカ王から聖騎士の称号を授かり、西霊府の長オーガンから閃炎の魔弓カシュナバルを受け取って、魔王討伐の大軍を興し、エルフの森から堂々出征してゆくことになる。その後の顛末は、誰もが知るところだ。


 いっぽう、移民街を去った弟のほうは、当時は騎士見習いだったカイム・エルグラード。これがパッサの父親だが、すでに他界しているという。

 宗派変えを拒んで去ったカイムら難民百数十人余は、その後、ビワー湖南岸の森の中へ移動し、新たな教会を建て、集落を築いて、自給自足の生活を送ってきたという。パッサはそこで生まれ育った。


「父さんは、叔父が代々の信仰を捨てたことに、ずっと腹を立ててたね。でも僕は、そんなことより、信仰を捨ててまで魔王に挑んだあげく、結局負けたってことが許せない。叔父は、二重の意味で家名に泥を塗ったんだ」


 しみじみ述懐するパッサ。なるほど、ライルが一族の面汚しってのは、そういう意味か。宗教上のいざこざで兄弟相分かれ、次の世代にまで負の感情が受け継がれた。むしろ増幅すらされて。サントメールも、なかなか罪な提案をしたものだな。宗教って怖い。

 ここまで聞いて、なんかこう、薄ぼんやりと、話が見えてきた気がする。


 パッサは、叔父ばかりか、ウメチカや移民街の連中までも憎悪しているようだ。それも相当激しく。パッサ個人というより、生まれ育った集落自体が、常にそういう雰囲気だったんだろう。拒まれた者たちの、やり場のない怨嗟が満ち満ちていたであろうこと、想像に難くない。

 そんな連中が、恨みのあまり、とうとう山賊まがいの武装集団を組織して、付近の土着のエルフを攻撃していたわけだ。おそらく最終的には移民街まで攻めのぼるつもりだったんだろう。

 ただ、武装するにせよ、なんでわざわざ救世主なんてものを仕立てる必要があったのか。しかも、パッサのような子供を。

 そのへんの背景を、もう少し詳しく聞いてみたい。



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