133:ブービー・トラップ
四大天騎とかいう甲冑四人組。どうもこの集団の幹部クラスのようだ。四天王ってやつか。しかしこの盗賊団風情が神世救民軍とか、また大きく出たもんだな。
まず青甲冑の男が朗々と声をはりあげた。
「我こそ氷天騎ソウガ!」
続いて他の連中も続々と名乗りを上げる。
「灼天騎エンジ!」
「雷天騎ヴォルデ!」
「風天騎ヒューズ!」
そして全員、あらためて、ビシッと身構える。青赤黄白と、甲冑の色とそれぞれの名前がきっちり対応しているあたりが、なんとも演出過剰というか。これで、決めポーズの背後で爆発とかあれば、完璧にもうアレだな。ピンクがいないのが残念なところか。
身ごなしと構えから察するに、こいつらは素人ではない。俺と同じく、正統派の騎士剣術を修めているようだ。ひょっとすると、昔の大戦のとき、俺がまとめてぶっ飛ばした王国騎士団の生き残りか、その関係者なのかもしれん。
とはいえ雑魚であることには変わりない。ヒーローショーもいいが、今ちょっと忙しいんで、早々にご退場いただこう。
連中が一斉に動き出す。全身甲冑をガチャリガチャリと響かせながら、剣を振りあげ迫ってくる四人──だが動作は鈍い。ミラのような人外ならともかく、凡人がそんな重そうなもん着てたら、そうなるのは当然だろう。
いちいち攻撃を受けるまでもない。俺は無言でアエリアを前にかざし、ひょいとステップを踏んで、まず青甲冑の胸元を、無造作に、さくっと貫き通した。竜の鱗すら切り裂くアエリアの刃、そこらの鉄製甲冑なんぞ紙より容易く突き破る。そのまま、青甲冑の背から突き出たアエリアの切っ先を、残る三人へと振り向ける。
「伸びろ、アエリア!」
──ビョーン。
俺の声に応じ、アエリアの剣先がグンッと伸びて、瞬時に四人全員を刺し貫いた。
「えっ、な、なに……が……?」
「あれぇ……?」
「なんという……」
「ありえねぇぇ……」
アエリアの刃は、正確に四つの心臓を連ね、貫いている。あまりに身も蓋も無い幕切れに、四人四様、驚愕や困惑の声をあげつつ、全員血を吐いて、あっさり息絶えてしまった。
いわゆる四天王キャラは、こうやって全員串刺しにして退治するのが正しい作法だと、昔、何かの書物で読んだ憶えがある。ソードマスターなんとか、とかいった気がするが。違ったっけ。
アエリアの刃がしゅるるんと縮んで、本来の長さに戻ってゆく。四人はその場に折り重なって倒れた。同時に四人の冑がガコンっと外れて、地に転がる。あらわになった四人の顔ぶれはというと──。
最初に声をかけてきた青いのは、比較的若い人間の男。あとはヒゲのおっさんと、スキンヘッドのおっさんと、角刈りのおっさん。おっさんばっかりかよ。いいトシこいたおっさんどもが、灼天騎だの風天騎だの、何をやっとるのか。ポーズまで決めてみたり。家族が見たら泣くぞ。
ともあれ、最後の障害物も片付いた。俺はアエリアを鞘に収め、あらためて、やや離れた木々の下に停めてある大型馬車へ目を向けた。
白馬の二頭立てで、俺たちが乗っていた箱馬車より、さらにひと回り大きい。枝々から差し込む木漏れ日を浴びて、金銀の装飾がきらびやかに輝いている。いったいどんな奴が乗ってるんだ。
土を踏みしめ、一歩ずつ、馬車へと近付いてゆく。馬車の窓からも、こちらの様子を窺っているようだ。そこから感じられる気配は──ひとり。白馬二頭は、とくにこちらを気にするふうもなく、じっと前を見つめて、身じろぎもしない。よく訓練されている馬のようだ。
馬車の脇まで歩み寄り、いかにも頑丈そうな扉に手をかけ、がらりと開け放つと。
広々としたスペース。白いレースのカーテンと銀細工に彩られた豪奢な内装。小さなソファとベッドまである。なんという贅沢な馬車だ。
そのベッドの上で、白い毛布にくるまって、丸々とうずくまっている奴がいる。
「ひッ……ひぃッ……!」
か細い声が毛布から洩れてくる。ぷるぷると震えて、いかにも怯えきっている様子。俺は無遠慮に馬車の中へ踏み込み、ベッドのそばまで歩み寄って、むんずと毛布を掴み、ひっぺがした。
「ひッ!」
短い悲鳴が響いた。ベッドの上にいたのは、黒い髪の小さな子供。目に涙をため、恐怖と怯えに顔をひきつらせ、全身を震わせながら、こちらを見つめている。身にまとっているのは、ピンクの絹地にレースやらフリルやらあしらった、可愛らしい女物のドレス。赤いリボンの髪飾りが目にも鮮やか。
ぱっと見は美少女っぽいんだが、何かちょっと、違和感があるな。
……そうか。これ、女装してるが、男の子だ。外見だけじゃ判別は難しいが、匂いでわかる。もとハーレム持ちとしての経験と、常人より遥かに鋭い勇者の嗅覚が、俺にそう告げている。年の頃は九、十歳くらいか。しかしなぜ女装。わけがわからん。
ひょっとして、こいつが噂の救世主様……なのか?
「こ、殺さないで……!」
かぼそい声で、訴えるように、うるんだ目を向けてくる女装少年。両手で、小さな宝玉っぽい球体を大事そうに抱えている。何か事情がありそうだ。
「おまえが救世主とやらか?」
訊ねてみると、そいつはこっくりと頷いた。うぐ。なんとも、かわいらしい仕草……中身は確かに男の子なんだが、姿格好は完璧に女の子、それも惚れぼれするような美少女としか見えない。
その場違いな容姿に、ついつい見とれて──それまで張り詰めていた緊張の糸が、ふと緩んだ。ほんの一瞬の油断。
おもむろに、女装少年の唇が、そっとうごめき、何事か短く呟いた。
──呪文?
次の瞬間、白い閃光が至近距離で炸裂し、俺の視界を覆った。