132:甲冑四人男
アエリアの魔力で、広場からそのまま空中へと舞い上がる。住民どもの間から一斉に驚嘆の声が沸きあがった。そういやこいつら、俺が空を飛ぶとこ初めて見るんだな。
「な、なんという奇跡……!」
「凛々しく美しく、宙に舞われる、あのお姿……まさに、天使ッ……!」
「おおお。ありがたや、ありがたや……」
また始まった。いちいち天使だのなんだのと。おいそこの婆さん、仏様じゃないんだから、五体投地はやめなさい。
──ソクシン、ジョーブツー。
誰が即身仏やねん。ほれ、さっさと行くぞ、アエリア。
──アラホラサッサー。
ぐっとアエリアの魔力が増してくるのを感じる。目指すは南の森、謎の盗賊どもの本隊だ。
風を巻き、蒼空を駆ける──まっすぐに盗賊のほうへ向かうつもりだったが、ふと見渡せば、湖の一角に、なにやら見覚えのある姿がぷかぷか浮かんでいる。
俺は高度を下げ、湖面すれすれを進んで、そいつへ近付いていった。
陽光のもと、湖水から顔を出している巨大な魚。銀色の鱗がキラキラ輝いている。かつて先代魔王に仕えた水魔将軍、半魚人のエナーリア。
エナーリアは、俺の姿を見てとるや、ざばぁっと半身を浮き上がらせ、胸元の老婆の顔──こいつは魚の頭と人間の頭の両方を持っている──を湖面からのぞかせ、嬉しそうに声をかけてきた。
「魔王陛下っ! お久しゅうございます!」
しかし、こう何というか。何度見てもシュールな姿だ。
「エナーリア。息災のようで何よりだ」
「……申し訳ございませぬ、陛下。中央へ出よとの勅命を賜りながら、それに背き、なおここへとどまっておりました。違勅の大罪、万死に値いたします。いかなる咎めを受けようとも、恨みとは存じませぬ」
相変わらず、かたっ苦しい奴だ。違勅というならグレイセスたちだって同じだが、そんなことを気にしてる場合じゃない。俺は苦笑を浮かべつつ、宥めるように応えた。
「事情はグレイセスから聞いている。ミレドアが心配だったんだろう?」
「はい。恩人でございますから……」
「ならば、不問としておこう。それより、ひとつ、頼みがあるんだが」
「は……何でございましょう?」
きょとんと目をみはるエナーリアに、俺はちょっとした指図を与えた。
「……は。承知しました。たやすいことでございます」
エナーリアは、俺の指示を受けるや、欣然、どぽんっと飛沫をあげて水中へ身を沈め、深々と潜っていった。
こっちは、これで良しと。ではあらためて、盗賊どもに挨拶しに行こう。
湖面を離れ、南の森の上空を飛ぶこと数分。緑の木々の下、森の小径を、列をなして連なり進む集団が見える。
こういう時、魔王だった頃のような広域破壊魔法でも使えりゃ、全員、一発で森ごと焼き払ってやるんだがな。勇者はそういう魔法を持ち合わせないので、少々手間をかけて、丁寧に潰していくしかない。
まずは集団の先頭へ向け、空中から挨拶がわりの一発。急降下しつつアエリアを抜き放ち、地へ向けて一息に振り抜く。剣先から生じた衝撃波が宙を駆け地を穿つ。たちまち数人が頭上から直撃を喰って、悲鳴すらあげずに吹っ飛んだ。
巻き上がる土煙粉塵のなか、俺はアエリアを手に、音もなく森の小径へと着地し、集団の前に立ちはだかった。
「なっ、何事──?」
「前だ! 誰かいるぞ!」
盗賊どもが口々に騒ぎ出した。連中の目には、まるで俺が土煙の中から涌いて出たように見えたかもな。
俺は大きくステップを踏んで、一気に駆け出した。いきあう賊どもを片っ端から右へ左へ問答無用に斬り捨てながら小径を走り抜けてゆく。一閃また一閃、賊どもの首を叩き落し、道をさえぎる者どもを突き倒し薙ぎ倒し、響く絶叫悲鳴、転がる生首、噴き上がる鮮血、ばたばた地に折り重なる死骸の山をあとに残して、集団の中枢めがけ突風のごとく駆けてゆく。
前衛の異変と動揺は、ほどなく集団全体に伝播し、賊どもは一斉に、すわや──とばかり浮き足立った。それでも、中衛あたりまで来ると、見るから屈強そうな連中が数人、小径に隊列をなして、槍ぶすまを向け、俺の前進を食い止めにかかってきた。意外に統率がとれてるな。
が、その程度では俺の勢いは止められない。繰り出される槍先をひょいひょいっとかわして、連中の懐へ踏み込み、ぐるりとアエリアの刃を横薙ぎに一転旋回、全員の胴を切り裂き薙ぎ払う。そのまま、さらに前進──と思ったが、すぐ近くに、やたら豪奢な大型馬車が停まっているのが見えた。
馬車の手前に、明らかに他の連中とは異なる、きらびやかな鎧甲をまとう四人組が、馬車を守るように並んで立ちはだかっている。ひょっとして、あの馬車に大将が乗ってるのか。とすれば、ここいらがゴールってことだな。
四人は一斉に剣を抜き、ざっと身構えた。全身がっちりと重々しい金属鎧で覆い、冑の面頬まできっちりおろしているため、その顔つきや表情は窺いようもないが、四人いずれも、構えに隙がない。相当な手練れであることは間違いなさそうだ。俺は足を止め、正面から四人組と相対した。
「……何者だ、貴様」
四人のうちひとり、青い鎧をまとった大柄な戦士だか剣士だかが、俺に誰何の声を浴びせてくる。全身甲冑といえば、あの地下通路で出会ったミラを思い出す。あれは美人だった。だが、こいつが面頬越しに発する声は、ややくぐもっているが、どうも若い男のようだ。残念。
「控えよ、虫けらども──」
俺は、連中をキリッと睨みつけて応えた。ちょうど左右から、援軍か何か知らんが、数人、賊どもが「いたぞー!」「やらせるなー!」とか喚きつつ、俺のもとへ殺到してきた。ええい、いいところなんだから邪魔すんな。
俺は無造作にアエリアを振るって、襲い来る賊どもを瞬時に斬って捨てた。
おびただしい血煙漂うなか──俺は四人組に向け、あらためて名乗った。
「我が名はアンブローズ・アクロイナ・アレステル。いかに汝ら虫にも劣る塵芥といえ、この名には聞き憶えがあろう」
たっぷりハッタリをきかせつつ、キリリッと表情を引き締めて、ピシッとアエリアの剣先を向けてみせる。だが四人は、さほど動揺する様子もなく、互いに軽くうなずきあって、再びササッと身構えた。おや、俺の名を聞いてもびびらないとは。意外に胆が据わってるのか、あるいは、たんに知らないだけなのか。
青甲冑が応える。
「噂は聞いている。そうか、貴様が……あの勇者AAA……」
──ひいいいッ! その略称で呼ぶなああァッ!
なんでこいつら、俺の一番触れられたくない部分を知ってやがるんだよ! それもこれもウメチカの王様のせいだ! 畜生、あの王様、ウメチカに戻ったら、目にものみせてやるからな! てめえを殺してから、謚号にバカチン王とか付けて墓碑に刻んでやる! おぼえてやがれ!
そんなこちらの内心の動揺などおかまいなく、青甲冑が続ける。
「貴様が勇者であろうと、我らの大業を阻む者は容赦せぬ! 我ら神世救民軍、四大天騎! 全力をもって貴様を討ちはたす! 覚悟せよ、勇者AAA!」
だからその略称はやめろつってんだろうがァァ!




