131:ダスク襲撃
黒煙が上がっているのは、ダスクの玄関口にあたる一帯。かつてルミエルが大演説をやらかした松並木のある付近だ。あのへんには、いくつか古ぼけた小屋が建っている。それらに火が付けられたようだ。まだ中心部までは火の手は及んでいないようだな。
見ると、五、六人くらいの小集団が、街道側からさかんに火矢を放っている。その後方から、十人かそこら、武装した集団が、手に手に槍やら弓やら携えて、大急ぎで駆け寄ろうとしている。
なるほど。まず建物に火を放って、住民を混乱状態に陥れてから、その炎と煙にまぎれ、後方の集団がおのおの武器をつがえて一挙に突入するという算段か。
グレイセスから聞いた話だと、盗賊は総勢五十人ほどという。だが全員で一斉に移動すると時間がかかるので、十数人を軽装で先行させたのだろう。視線を転じ、はるか南の森のほうを眺めやれば、木々の下を縫うように、かなり大規模な集団が蜿々と連なって移動しているのが見える。あれが本隊か。先行部隊に集落を襲わせ、本隊は後から悠々と乗り込んで集落一帯を占拠する。そんな手筈と見える。グレイセスの予測よりは早く進撃してきたようだが、どうやら最悪の事態は免れそうだな。
上空からざっと見たところ、集落の中央付近は、火の手こそ及んでいないが、もう少なからず混乱に陥ってるようだ。異変に気付いた住民どもが、あわてて家から飛び出し、広場や路地に寄り合いつつ、状況を窺っている様子。なんせ平和な田舎の漁村。自警団みたいなものもないし、防壁も何もない。こんな襲撃を受けるなんて誰も予想できなかったろう。
まずは、目前の事態をなんとかせねば。もう少し余裕があるかと思ったんだが、本当にギリギリだったようだな。
俺は一気に急降下し、まず火矢をつがえている前衛の連中へ向けて、アエリアを振るった。轟刃一颯、超音速の衝撃波が地に達し、盛大な土煙とともに、瞬時に前衛全員を四方へ吹っ飛ばす。さすがにこの一発では致命傷とはいくまいが、攻撃を止めさせるには充分だ。
前衛がいきなり薙ぎ倒され、後続の十数人も途端に浮き足だちはじめた。まだ何か起きたか理解できてないようだ。
俺は、抜き身のアエリアを携えたまま、すぅっと地面へ降り立った。盗賊どものすぐ目の前に。
「はぇっ? え? ──な、なんだぁ?」
「ど、どっから出てきた、こいつ?」
「そ、空から降りて──きやがったぁ?」
どいつもこいつも、俺の姿を目の当たりにして、一斉に間抜け面を晒しつつ、口々に驚き喚いている。見たとこ、ずいぶんみすぼらしい連中だ。いずれも、錆の浮いたボロい鉄製の甲冑をまとい、蛮刀や竹槍、あからさまに手作り感漂う木弓などで武装している。全員、耳はとがってないし、見るから垢じみた不細工なツラが揃ってやがる。グレイセスの情報どおり、どっからどう見てもエルフじゃない。人間だ。
いちいち問答するのも煩わしい。俺は、無言のまま前へ踏み込み、ひょいひょいっとアエリアを振るって、その場の全員、抵抗の暇さえ与えず、素っ首叩き落とした。たちまち鮮血が一帯へ噴きあがり、赤い霧となって付近を漂いはじめる。
地面を見やれば、最初に俺が吹っ飛ばした前衛の奴らが、喘ぎながら起き上がろうとしていた。やはりまだ生きてやがったか。こんな連中、アエリアを用いるにも及ばん。俺は、面倒とばかり、一匹ずつ、その頭を、ガギョン、ゲゴン、グシャン、と踏んづけて、潰していった。
最後の一匹の頭蓋を踏み砕き、絶息したのを確認してから、アエリアの刃先をぬぐって、鞘に収める。これで、先行してきた連中は全員片付いたな。あとは本隊だが──。
ふと、背後から複数、慌しく駆けつけてくる足音。
振り向けば、見憶えのある顔がいくつも並んでいる。俺とルミエルが、かつてダスクに到着したとき、最初に話した若いエルフたちだ。どうやら火を消し止めに出て来たようだな。その連中のなかに、俺が一番会いたかった顔も混じっている。
「ゆ……勇者……さま……?」
足を止めて、呆然とつぶやく、エルフの美少女。
「ミレドア。無事だったか」
俺が声をかけると、ミレドアは、ささっと仲間のもとを離れ、大急ぎで俺のもとへ駆け寄る──というより、砂煙をあげながら全力で突進──してきた。
「勇者さまぁー! 会いたかったですぅー!」
満開の笑顔で、俺の胸へ、がばぁーっと抱きついてくるミレドア。おお、よしよし。相変わらず可愛い奴だ。
「……はあ。つまり、その救世主とやらいう人間の軍勢が、ここへ攻めてくると」
ダスクの集落の中心広場。ミレドアの店のすぐ近くで、もともと住民の集会場に使われてる場所だ。いまダスクの住民の半数以上が、この広場にひしめき集まっている。なかには、地面に跪いて、俺様の姿を、さもさも有難そうに拝んでいる連中も少なからずいる。ルミエルの外道教義に感化されて以来、いまだに洗脳が解けてないんだろう。
広場の一角には、かつて古老たちが約したとおり、俺とルミエル、ミレドアの三人の木像が仲良く並んでいる。ちょっと目もとの造形が気に入らんなぁ。俺、あんなに目つき悪くないと思うんだがなあ。
そのダスクの古老たちは、俺の説明に驚きつつも、一様に小首をかしげた。
「湖賊ならともかく……なんで人間たちが、そのようなことを」
「我々エルフは、かつて人間と争ったことはありません。それがなぜ……」
この期に及んで呑気なことを。過去の人間とエルフの関係がどうだろうと、いま実際に襲ってきてる以上、降りかかる火の粉は払わねばなるまい。ただ、古老たちが疑問に思うのもわからんではない。俺も、まだ連中がどういう集団か、正確には掴んでないし。ひとつだけ確かなのは、そいつらがエルフへ妙に強い敵意を抱いているということだ。むろん、放置してはおけん。さっさと皆殺しにして終わらせてやろう。
「勇者さま。それで、私たちは、どうすれば?」
ミレドアが、ちょっと心配げに訊いてくる。こう久々に見ても、やっぱり目が覚めるような美少女っぷり。サラサラの金髪と、くるりんっとした瞳がなんとも愛くるしい。
「そうだなぁ。旨い魚とイモ料理をたっぷり用意して、待っててくれ。俺はちょっと悪人どもを懲らしめてくるから」
言いつつ、俺は、つと手を伸ばし、心配無用──とばかり、ミレドアの髪をもふもふっと撫でてやった。
ミレドアは、眩しげに目をほそめ、長耳をぴこぴこ動かしながら、なんとも嬉しそうに微笑んだ。
「はいっ! はりきって準備しますね!」
いい返事だ。これで今夜の夕食と宿は決まったな。
では、ちょいとひと仕事、片付けに行こうか。




