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013:聖痕

 今日の夕飯はホウレン草のソテー。

 父さんの大好物だったっていうけど……。僕は、父さんのことは、あまりよく憶えていないんだ。


「アーク。お父さんはね、本当に立派な騎士だったのよ。街の人たちを守るために、ずっと勇敢に戦い続けて……」

「わかってるよ。母さん。お祈りするんでしょ」


 騎士だった父さんが病気で亡くなったのは、僕が四歳になる誕生日の前日。それからは、ずっと母さんと二人、この小さな家で静かに暮らしてきた。

 父さんの命日にお祈りをして。翌日が僕の誕生日で、お祝いをしてもらう。それを毎年、繰り返してきた。


 今日は、お祈りをする日。明日は、この僕、アンブローズ・アクロイナ・アレステルの、十六回目の誕生日だ。

 ずいぶん長い名前だけど、母さんや街のみんなは、ミドルネームから取ってアークって呼んでくれてる。僕もこの呼び名は気に入ってるんだ。


 テーブルの真ん中で、蝋燭の火がちらちらと揺れて、狭い部屋全体を照らしている。僕と母さんは向かいあってテーブルにつき、手を組んで、しばらく黙祷した。


「ね、母さん。明日、本当に王宮に行かなきゃいけないの?」


 お祈りが終わってから、僕は尋ねた。明日はせっかくの誕生日だっていうのに、家にいられないなんて。

 母さんは、蝋燭の火の向こうから、ちょっと厳しい目つきで、じっと僕の顔を見た。


「ケーフィル卿と約束したでしょう。十六歳になったら、王様に会いにいくと。それが、聖痕を持って生まれた者の、最初のおつとめだからって」


 僕の右肩には、変な形のアザがある。聖痕っていうらしい。これをもって生まれた子供は、十六歳になったら、王様に会いにいかなくちゃいけないっていう、古いしきたりがあるらしいんだ。そこで何かの儀式をしてから、正式に勇者として認められる、っていうんだけど。でも勇者ってなんだろ?


「わたしも……あまり詳しい事は知らないけど、特別な戦士の称号だそうよ。多分、騎士叙任と同じね。ケーフィル卿が言っておられたわ。あなたが勇者として認められたら、爵位を与えられて、貴族と同列にしてもらえるって。そして、戦士の剣を授かることになるのよ」

「うん。僕も、ケーフィルさんから、そう聞いたよ。でも僕、剣の稽古はずっとやってるけど、全然うまくならないし……特別な戦士っていわれても」

「大丈夫。あなたは騎士の子なんだもの。やればできるわ。きっと、お父さんの血が、あなたを導いてくれるはずよ」


 母さんは、そう言って微笑んだ。小さい頃からずっと、母さんは、こんなふうに優しく僕を励まし続けてくれた。この微笑みを見ると――頑張らなきゃ、って気持ちになるんだ。


「うん。よくわからないけど――僕にできること、頑張ってやってみるよ」


 僕がそう言うと、母さんは、嬉しそうに目をほそめて、静かにうなずいた。


「しっかりね。あなたの信じる道をお行きなさい」





 夜。自分の部屋に戻って、ベッドに入ったのはいいけど、なかなか寝つけなくて。

 明日、僕は十六歳になる。今まで、いろんなことがあったな。


 僕が生まれ育った、この地下都市ウメチカは、日の光は届かないけれど、みんな明るくて優しい、親切な人たちばかり。

 小さい頃から、たくさんの人たちが僕のそばにいて、いろんなことを教えてくれた。


 魔法を教えてくれた貴族のケーフィルさん。剣の師匠の聖戦士アクシードさん。歴史や物語を教えてくれたシスターのルミエルさん。

 学校にも友達が大勢いて。みんな、本当に仲が良くて、毎日楽しかった。


 ひとりだけ……ちょっぴり仲の悪い幼馴染の女の子もいたけど。あの子は、いつも僕にキツイことばかり言ってたな。弱いんだから剣なんかやめちゃえ、バカなんだから勉強したって無駄だ、って。僕も、言い返せなくて。

 でも、僕はなんだか、いつもあの子のことが気になってて、ついあの子のリコーダーに粘土を詰め込んだり、バレエ用のトゥシューズにこっそり画鋲を入れたり、こっそりあの子のレオタードを盗んで匂いをかいだ後、ハサミでズタズタに切り裂いてから、もとあった場所へ戻したり、橋の上でたたずむあの子に、背後からこっそり近づいて、池へ突き落としたりしたっけ。


 最近はすっかり疎遠になっちゃってたけど、今思うと、僕は、あの子のことが好きだったのかもしれないな。

 先月、久しぶりにあの子と顔をあわせたのに、あの子、なんだかすっごく怒ってて、あやうくナイフで刺されるところだった。なんとか身をかわして逃げたけど。僕、何か怒らせるようなことしたかな?


 あ……、また右肩の聖痕がうずいてる。最近、時々こんなふうに熱を持つんだ。

 まだ誰にも……母さんにも言ってないことだけど、聖痕がうずくと、だんだん眩暈がしてきて、ふと気が遠くなることがあるんだ。そして何か、とても大切なことを忘れてるような……そんな気分になる。思い出そうとするんだけど、でも思い出せなくて。ちょっともどかしい感覚。大抵すぐに収まるから、あまり気にはしてないけどね。


 ――少し眠気がしてきた。聖痕の疼きも収まってきたし、これなら、ぐっすり眠れそう。


 明日は、朝から王宮かぁ……。王様って、どんな人なんだろう。儀式って、なにをするんだろう……。

 勇者って……なんだろう……。



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