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129:ケダモノだもの


 しばしピューラの後について歩くこと五分ほど。辿り着いたのは、葦の茂る運河の岸辺に、ぽつねんと立つ丸太小屋。

 ずいぶん古いものらしく、見るから色褪せたオンボロの建物だ。もとは資材置き場か何かに使われてたのかもしれん。


 ピューラが、出入口の扉に向かって、ひと声、吠えた。

 ばこん、と鈍い音とともに、内側から扉が開く。顔をのぞかせたのは、見覚えのある黒毛の人狼。古傷で片目が潰れている。自称片目のロンリーウルフ、黒狼部隊の隊長グレイセス。


「おおっ! 魔王陛下っ! お久しゅうございます! ささ、どうぞこちらへ! ──おい野郎ども、起きろ! 陛下がいらしたぞ!」


 グレイセスは、大慌てで俺とピューラを小屋の中に引き入れ、しっかりと扉を閉めてから、俺の前に部下ともども整列し、一斉に拝跪の礼をとった。相変わらず、このへんの礼儀はしっかりしてるな。

 小屋の中は、剥きだしの地面に藁を敷いただけの床、古ぼけた丸太の内壁。天井近くに魔力球を浮かべて照明にしているが、他には調度ひとつ見当たらない、がらんどうの空間だ。本当にここ、ただの倉庫だったみたいだな。木と土と藁の匂いに加え、なんとも独特のケモノ臭さが充満している。こいつらケダモノだしな。仕方ない。


「……で、なんでオマエラ、こんなとこにいるんだ?」


 訊ねると、グレイセスは恐縮しきりの様子で「はぁ、実は……」と、説明をはじめた。

 黒狼部隊は、かつて俺が指図した通り、ダスク近辺の湖畔に小屋を設け、しばらく近辺の情報収集にあたっていた。おもにビワー湖南岸の方面に割拠する湖賊などの動静を探らせていたわけだが、やがてリリカとジーナがそこを訪れ、彼女らから、俺の新たな指示を受け取った。そこまではよかったが、女忍者二人が去った直後、南岸に少々不穏な情報をキャッチし、グレイセスたちは俺に一報を告げるべく、大慌てで出発してきたという。あえて中央霊府には赴かず、ルザリクにほど近いこの河原の小屋を仮の拠点として、俺が通りかかるであろう街道一帯を交代で監視していたのだとか。


「ルザリクみたいな大きい街に入り込むのは、いくら我々でも難しいと思いましたんで。警備はえらく厳しいですし、昼間は目立ちますし、夜は門が閉まっちまうんで……でまあ、このへんに潜んで、陛下がお通りなさるのを待って、声をおかけしよう、ということになったわけで」


 ようするに、どうしても急いで俺に伝えたい情報があって、でも直接ルザリクに乗り込むわけにもいかず、ここしばらく、このへんで俺を待っていたと。街道の監視は日替わり交代で、今日たまたま監視番だったピューラが、俺を見つけて声をかけてきたってわけだな。

 しかし、運のいい奴らだ。本来なら、俺は今朝、ルザリクの街中から、そのままアエリアの魔力で飛んでいく予定だったからな。そのアエリアが寝こけてたおかげで、こいつらと合流できたわけだ。あやうく行き違いになるところだった。


 ──オカゲ、オカゲー。エッヘン。


 いやオマエは寝てただけだろ。威張るようなことか。

 俺は藁敷きの床に腰をおろし、グレイセスたちにも楽にするよう命じて、話を聞くことにした。


「おっほ、なんか、良い匂いが……」

「ボス、腹減ったっスー」

「あ、ピューラの奴、なんか食ってたみたいだぞ。こいつ自分だけ……」


 緊張がとけたか、グレイセスの部下どもが、安堵したように喋りはじめる。大慌てでたしなめるグレイセス。


「ば、馬鹿、おまえら陛下の御前で! 楽につっても限度があるだろ!」

「いや、構わん。匂いってのはこれだろ。お前らにもやるから、仲良く分けろ」


 俺はザックから残りの干し肉をいくつか取り出し、床にばらばらと放り投げてやった。たちまち人狼どもが餌に群がり、あさましく奪い合いつつ、干し肉に齧りつく。しょせんケダモノよな。可愛いやつらめ。


「ああボス、ずるいっすよ、自分だけそんなに」

「うっせー、早いモン勝ちだぁ!」

「くぅんくぅん!」

「ピューラ自重しろー!」


 仲いいなこいつら。賑やかで結構なことだ。





 食事も済んで、ようやく連中も少し落ち着いた様子。俺はあらためてグレイセスと向かい合い、報告を聞いた。


「ダスクでお別れした後、私らは陛下のお指図に従い、エナーリアさまと連絡を取りつつ、あちこちの賊どもの動静を探っておりました。そのうち、ビワー湖の南に、ちょっと妙な集団が巣食ってるのを発見しまして」

「妙な集団?」

「へい。そいつら、規模は五十人ほどで、ちょっと見ると、そこいらの盗賊なんかとそんなに変わらないんですが、よーく見てみると……」

「見ると?」

「……そいつら、エルフじゃないんです。全員、人間でして」

「ほう……?」


 エルフの森は、基本的には人間を拒むことはない。例の結界も、魔族を防ぐためのもので、他の種族はスルーだしな。どこからでも出入りは自由だ。人間が正式に住民登録可能なのは移民街だけだが、エルフの政治的統制の及ばない地域に、ひっそりと人間のコミュニティーが築かれていたとしても、そう不思議な話ではない。魔族の攻撃を避けるために、結界の内側に避難してきた連中とかもいるだろう。

 ただ、グレイセスが言うには、その連中は、やけにエルフを敵視しているらしく、付近の湖賊野盗──もともとそこで活動していた土着のエルフたち──のたぐいへ、積極的に攻撃を仕掛け、それらを皆殺しにして、急速に勢力を拡大してきたという。


「……で、探りを入れてるうちに、奴らの今後の計画っつうか、企みがわかってきまして」

「それは?」

 訊くと、グレイセスは、やや姿勢を正して、深刻げに告げた。

「奴ら、近々ダスクを襲撃して、住人を皆殺しにするつもりらしいんでさ」

「──!」


 俺は息を詰まらせた。こいつは、穏やかならぬ話だ。

 ダスクは俺様を崇める故地にして、あの可愛いミレドアが俺を待っている場所。


 そこを襲うということは、すなわち俺様に喧嘩を売るということに他ならん。

 どうやら、その人間ども……命が惜しくないらしいな。



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