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126:印綬を帯びし者

 新市長さま応援祝賀ライブ──と銘打ってはいるが、実際には単なるコンサートではない。

 この企画は、フルルがルザリクでアイドルデビューを果たした直後から、すでにルミエルの発案によって準備が始まっていて、本来は単独のイベントだった。それが、サージャたち中央霊府の使者が俺のもとを訪れ、俺の市長就任が内定したことを受け、ルミエルが市長就任式典にフルルのコンサートを組み込むことを提案、俺自身を含む関係各所の了解を取り付け、実現の運びとなったものだ。


 ルミエルの、一見突拍子もない提案の裏側には、ルミエルなりの思惑があった。

 勇者というのは、魔王を倒すために生まれてきた存在──ということになっている。一応。であれば、俺が市長になろうがどうだろうが、いつまでルザリクにとどまっていられないのは自明のことだ。当然、代行を立てて、後を委ねなければならないが、その人選をどうするか。


 俺としては、エンゲランを誅した直後から代行を務めてきた、もと助役で問題ないと思っていた。ちょっと冴えない中年エルフという感じのお役人だが、とくに能力や品行に問題は見当たらないし。

 だがルミエルは、市長代行にフルルを据えてはどうか、と言い出したのだ。


 もちろん、フルルに政治ができるわけがない。だが市民の人気は絶大だ。ようするに、お飾りとして市長代行の肩書きを与え、本人にはあくまで歌って踊らせておけばよい。実務は──当面、ルミエルが助役となって担当する、と。


「アークさまが竜退治に出かけておられる間、私たちは、何もお手伝いできません……かえって邪魔になってしまいますよね」


 このイベント提案の際、ルミエルはそのように語ったものだ。

 竜退治というのは、無論、長老の依頼によるものだが、中央霊府から北霊府の一帯にかけて、結構な範囲を短期間のうちに飛び回らねばならない。これまでのように、馬車でポクポク進むような悠長な旅はしていられない。俺自身はアエリアの魔力でどこへでも飛んで行けるが、ルミエルやフルルにそんな芸当は不可能だ。


「ひとまず、私たちはここで、アークさまのご帰還をお待ちします。その間に、しっかりと、この街をアークさまの聖地へと作り変えておきましょう。いつご帰還なさってもよいように」


 ようは、自分たちは足手まといになるから、当分ここにとどまって、俺の地盤を固めておく、との申し出なわけだ。フルルが衆目を引き付け、ルミエルは実務を担い、それぞれの得意分野を活かしてこの街を治めていく、と。

 俺が竜退治にどの程度の日数を要するか、現時点では計算できない。だが数日というわけにはいかないだろう。首尾よく短期間ですべての竜を狩りつくしたとして、そこからさらに中央霊府へ赴き、長老と談判──場合によっては血を見ることになる──せねばならない。さらに、その後始末ということまで考えれば、一旦出発すると、ルザリクへ戻るまでには、やはり相当な時間がかかりそうだ。その間、気心の知れたルミエルに実権を預け、留守を委ねておくというのは、確かに妙案のように思える。


 無論、この外道シスターの物言いを、額面どおりに受け取るわけにはいかない。どうやら私腹肥やす気満々みたいだし。聖地というからには、あの外道な新興宗教の普及にも全力投球するつもりだろう。なんせ独立都市国家となれば、税収すべて国庫に収まるわけで、実務担当のルミエルがその気になれば、市民からどんなにでも搾り取れる。絶対、そのへんも計算に入れたうえで、こんなことを申し出てきたのは間違いない。

 ただ、俺にしてみれば、それでルミエルが満足なら、好きなようにやればいい、と思う。欲望に正直なのはいいことだ。なんだかんだで、俺はルミエルのそういうところ、可愛くて仕方ないしな。肝心のフルル当人も、やる気は充分のようだ。


「代行っていっても、名前だけでしょ? だったら別に変わらないよね。わたし、勇者さまの奴隷だから。勇者さまが歌えっていうなら、全力で歌うよ!」


 と本人の弁。肩書きがどうだろうと、天職というべきアイドル業はそのまま続けられるわけで、とくに問題はないはず。市民にしても、歌って踊る美少女を市長代行に戴いて、グッズだのチケットだのと搾取されつつも、毎日楽しくフィーバーできる。またルミエルの外道宗教に感化された者も、お布施だの免罪符だのと搾取されつつも、それはそれで、ある意味幸福に過ごすことができる。

 こう考えると、誰も損はしない……ような気がする。多分。俺も後のことを気にせずルザリクを離れられるだろう。


 ──という次第で、すでに裏面の話はまとまっている。あとは、フルルを正式に市長代行に任命する手続きだけ。より多くの市民が集うなか、誰の目にもハッキリと明確な形で、引継ぎを済ませねばならない。このコンサートは、まさにそのためのもの。俺の市長就任記念イベントであると同時に、フルルの市長代行就任のお披露目イベントでもあるわけだ。





 そのライブも今がたけなわ。観衆のテンションも刻一刻とヒートアップしている。

 輝くスポットライトを浴びて、フルルの熱唱が地を揺るがせ、轟き渡る。



 尼寺のお師匠さんが

 毬は蹴りたし毬はなし

 そこで取り出したるは共産主義の手先のおヘラ豚

 ボンデージルックに身を包み

 ポンと蹴りゃ

 ブヒィと鳴く

 女王様と呼ぶ前と後にマムをつけろ!

 ズンと踏みゃ

 ブヒィと鳴く

 それがわたしのお師匠さまよ



 どうでもいいが、ちょっと作詞担当呼んでこい。色々と説教してやりたくなるわ。

 全力で数曲歌いきり、演奏も終わって──拍手と歓声のなか、フルルはちょっと表情をあらため、スタンドへ呼びかけた。


「市民のみなさぁーんっ! 今日はぁ、みなさんに、とぉーっても大切な、お知らせがありまぁーすっ!」


 この第一声を合図に、まずルミエルが壇上へのぼった。同時に、俺もテントを出て、ステージ脇へ向かう。

 スタンドに、次第にざわめきが広がってゆく。何事か──と、いぶかしむ声、疑問の声、ライブの中断が気に食わないのか、罵声に近い不満げな声もまざっている。


「本日、勇者アンブローズ・アクロイナ・アレステル卿が、当ルザリク市の市長職に就かれたことは、皆様すでにご覧になられた通り──」


 拡声器を通じて語りはじめるルミエル。


「しかしながら、勇者さまには勇者さまの務めあり。ただ一都市のみを治めるというのは、勇者さまの任ではありません。勇者さまは、この世界そのものをお救いくださる存在です……」


 滔々と、まさに大河の水の流れるごとく、ルミエルはエルフの森や世界全体の情勢を懇々と説き、勇者、つまり俺が、ルザリクにとどまっていられない事情を弁じた。当初はざわついていたスタンドも、その巧緻きわまる弁舌にたちまち魅了され、息を呑んでルミエルの言葉に聞き入りだした。さすがというべきか、本当にこの手の誘導とか扇動とかの手腕では右に出る者がいないな。そうでなきゃ新興宗教の指導者なんて務まらんだろうし。


「……ですから、勇者さまは後事を託すべく、本日のうちに市長代行をご指名なさいます。それでは、勇者さま」


 ルミエルに促され、俺はステージへ上がった。手にしているのは、銅印に、綬という長帯を付けたもの──いわゆる印綬だ。これを身に帯びる者が、すなわち市長代行となる。

 俺の前に、フルルが、さっとひざまずく。スタンドが再びざわめきはじめた。──まさか? という観衆の驚きが、こちらにも伝わってくるようだ。


「我が代理として──フルル。汝を、市長代行に任命する」


 俺は、少々もったいぶった仕草で、市長代行の印綬を、フルルの肩にかけてやった。フルルもちゃんと空気を読んで、キリッと鹿爪らしく、──拝領いたします──と応えた。


 たちまち、スタンドから、わぁっと大歓声が沸きあがった。

 どういう反応が来るかと、内心ちょっとだけ危ぶんでたが、ルミエルの事前説明の巧みさもあって、どうやら問題なく乗り切れたようだ。むしろ大歓迎ムード。


 フルルが政治なんぞできるわけないし、当然、代行を補佐する人物が実権を掌握することになるわけだが、まだ誰もそこまでは考えが及ばないようだな。どいつもこいつも脳天気なことだ。

 もちろんその補佐役は外道シスター。いま大喜びしてる市民どもが、この先どれほど苛烈な搾取を受けることになるのか、他人事ながら、少々哀れではある。同情はしないが。


 ともあれ、これですべての準備は調った。後のことはルミエルに任せて、さっさと竜退治に出かけるとするかね。



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