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125:外道勇者、市長になる

 季節は秋。エルフの森の十月。

 天高く澄みきった晴空の下、ルザリク市庁広場に設営された式典会場は、朝から押し寄せてきた市民どもにたちまち埋め尽くされ、五千人収容の簡易スタンドが超満員となった。ルザリクの総人口が一万人強というから、ほぼ半数の市民が俺の市長就任を見物しに来たことになる。広場の中央には巨大な「受印台」が築かれており、その上で俺とサージャが向かい合い、まずサージャから印璽を手渡してもらう。その後、俺が観衆へ向かって、ルザリク市長への就任、ルザリクの独立を宣言する。


「──という手順だ。わかってるな?」


 広場内。控えのテントの中で、俺はサージャにそう確認した。

 俺は白い礼装姿。サージャは赤いヒラヒラのミニドレス。微妙にスカートの下のほうから、白いかぼちゃの見せパン──魔法のかぼちゃパンツ──がチラリチラリとのぞいている。ルミエルが、そういうふうにコーディネートしたらしい。そのルミエルは、式典とも関連する、ある大規模イベントの準備に忙殺されており、ここには姿を見せていない。


「えへへー、みてくだしゃいー。ここのおリボン、ルミおねえしゃまが付けてくれたんでしゅよー」


 ぴらりんっとスカートめくって、嬉しそうにパンツのリボンを見せてくるサージャ。


「そ、そうか……よかったな。だが見せパンとはいえ、そう全開で見せ付けるもんじゃない。しまっとけ」

「はぁーい」

「いやぁ、サージャ様、実によくお似合いですなぁ」


 ムザーラは、サージャの晴れ姿を前に、心底嬉しそうな様子だ。孫の成長を喜ぶ好々爺という風情だが、そういやこいつら、そもそもどういう関係なんだろうな。少し前、ムザーラは、サージャの実家がどうとかいう物言いをしていた。それからすると、たぶんムザーラ自身はサージャの家中の者ではあるまい。

 で、ちょっとそのへん訊いてみると。


「ムザーラたんは、わたしの魔術のお師匠しゃまでしゅよ」


 サージャが語るところでは、ムザーラはもともとエルフの森ではそこそこ有名な大魔術師で、サージャの遠縁にあたり、魔術の基礎知識をサージャに伝授した師匠であるらしい。


「いやぁ……しかしですな。サージャ様は、一を聞けば十どころか千を知るという、生まれながらの神童でしてな。あっという間に、教えることなど何もなくなって、逆にこちらが教わるようになってしまいましたわい」


 ムザーラはそう言って呵々と笑った。とすると、アガシーのほうは。


「わ、私は……その、サージャ様の、家庭教師でして」


 相変わらず、どもり口調のアガシー。もとは中央霊府の大学の講師で、後にサージャの実家の招請を受け、サージャの一般教養の先生として、読み書きや算術、歴史など教えていたらしい。俺にとってのルミエルみたいなもんかな。しかし、そのどもりっぷりで、よく講師なんか務まったもんだ。現在はムザーラ、アガシーの両者ともに、サージャの後見人という役どころに収まっているという。ずいぶん大切に育てられてきたんだな。サージャは。

 思えば俺も、アークとして転生後の幼少のみぎり、王家の配慮でケーフィル、アクシード、ルミエルという三人の教師をあてがわれ、魔法や戦闘技術、一般教養などを叩き込まれている。そうと知らされるまで、まったくそんな事情には気付かなかったが。俺は勇者、サージャは神童か。俺たちは、ほんの少しばかりだが、似たような境遇にあるといえなくもないな。


「勇者しゃま。先に行ってましゅよー」


 サージャは元気一杯に笑いかけ、とてとて走ってテントから出ていった。サージャは先に壇へのぼって俺を待つ。俺はやや遅れて、反対側から登壇するという順序になっている。

 過去に想いを馳せるのもいいが──今は、この目前の儀式に集中しよう。その先には、未来がある。俺がこの世界の王となる未来が。今日の式典が、その第一歩だ。





 外から、俺を呼ぶ役人どもの声。時間だ。

 テントを出て、広場中央へ向かう。


 それまで、騒々しくざわめいていたスタンドが、一斉に水を打ったように静まりかえった。

 五千の大観衆が注視するなか、中央にしつらえれた受印台への階段を、一歩、また一歩と踏みしめてゆく。サージャはすでに壇上で俺を待っていた。


 壇の中央で向かい合う俺とサージャ。おもむろに、サージャは魔法拡声器を通じて語った。

「それではっ、長老エルザンドの名のもとに──勇者アンブローズ・アクロイナ・アレステルどのへ、ルザリク市長の称号とともに、その証たる銀印を、ここに贈呈いたしましゅ!」


 おや。長老の名前なんて初めて聞いたぞ。エルザンドというのか。サージャが言うには、「誰もが惚れ惚れする美人」だそうな。いずれぜひ直接会って、じっくりたっぷりねっとり可愛がってやりたいもんだ。

 サージャが、小さな手に木箱を捧げもち、俺へ差し出してくる。あまり緊張している様子はない。


「どうぞっ。勇者しゃま」


 花咲くような笑顔とともに、サージャは木箱をパカンっと開いてみせた。この状況でも、まったく普段どおりに平静を保っていられるとは。いくら天才児といえ、ずいぶん胆が据わっている。

 箱のなかには、以前見た、あの小さな銀製の印璽が輝いている。エルフの森における、権力のシンボル。事前のサージャの説明によれば、印璽にも等級があり、それによって材質が異なっている。エルフは銀しか信用しないため、最高の印璽は銀製と決まってるんだとか。それは本来、長老をはじめとする、五大霊府の長にしか所持を許されない、いわば長の証であるという。長老は、この俺が、それら長たちと同格の存在だと正式に認めたわけだ。


「ルザリク市長の称号と、その証たる銀印、謹んで御受けする」


 俺は、木箱ごとそれを受け取り、高々と天へ掲げてみせた。陽光をうけて、印璽がひときわ眩くきらめいた。


「ルザリク新市長たる我、アンブローズ・アクロイナ・アレステルが、ここに宣言する! これより以後、ルザリクはエルフの森のいかなる統治からも独立し、一都市国家として新生の一歩を踏み出す! 我が名にかけて、必ずや、以前に勝る繁栄を、このルザリクへもたらすことを、ここに誓おう! ──新生ルザリクの前途に、天の祝福あれ!」


 高らかに俺の宣誓が響き渡る。このへんの文言は、役人どもが起草した原稿をそのまま読んでるだけで、とくにオリジナリティのあるものではない。仰々しいばかりの、形式的な内容だ。が、重要なのは勢いとハッタリ。こんなもんで充分だろう。

 五千の観衆は一斉に総立ち、たちまち会場に湧き上がる歓喜の雄叫び、津波のごとき万歳の声。会場全体を揺るがす市民の熱狂ぶりは、そのまま俺への期待の現われであり、俺は彼らに対し、統治者としての責任を負うこととなる。凡人なら、これは結構なプレッシャーになるかもな。


 だが、元来魔王たる俺にしてみれば、今更こんな小さな都市ひとつ、なんら重荷となるものではない。すでに市長代行の人選も済ませてある。そのへんの手続きもさっさと終わらせて、竜退治に出かけねば。


「そろそろでしゅね……」


 壇上、サージャが小声で俺へささやいてきた。印璽贈呈と独立宣言の後、式典は次の段階に移ることになっている。

 突如、受印壇の手前の地面が、バカンッと割れて、地鳴りのような音を響かせながら、ゆっくり左右へ開き始めた。ちょうど、両開きの引き戸が開いていくような具合に。


 同時に、地下から次第に何かがせり上がってくる。それは──受印壇とほぼ同規模のステージ。

 観衆がそれへ気を取られている間に、俺とサージャは、さっさと壇から降りて、控えのテントへ退散した。


 まったく唐突に、地下から地上へ姿を現したステージは、ちょうど受印壇と同じ高さでピタッと停止し、受印壇と一体となって、ひとつの巨大ステージを形成するに至った。その中央に立つのは──フルフリキラキラの衣装まばゆいスーパーアイドル、すなわちフルルその人。バックに、あのダンス集団DDRとルザリク市立交響楽団の面々を従えている。

 おもむろに会場全体へ響き渡る、超ボリュームの大演奏。


 同時に、バックステージ上方に、白い横断幕があがった。そこに堂々大書きで──特別企画・新市長さま応援祝賀ライブ──との文字列が踊っている。

 これによって、当初、驚き呆気に取られていた観衆も、どうやら状況を理解したらしい。スタンドのざわめきは、やがて割れんばかりの歓呼と変わって、熱く激しく会場を包み込んだ。


 広場の地下に、わざわざこんな大掛かりなカラクリを突貫工事で準備させていたのは、他でもないルミエルだ。

 式典第二部は、このルミエルのプロデュースによる、これまでで最大規模のコンサートイベント。


 俺の市長就任記念、フルルのサプライズ・ライブ──ここに開幕だ。



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