124:使者、再訪
中央霊府から、再び使者が訪れた。前回の来訪からちょうど一週間が経過している。
今度はアガシーが正使、ムザーラは前回と同じく副使。ぱっと見には、まったく逆の印象だけどな。アガシーは若くて、妙に頼りない。ムザーラは、あまり貫禄はないが、飄々とした雰囲気の年寄りだ。使者は前回の三人から二人に減ったが、なぜか扈従は三十人に増えている。そいつらは庁舎の玄関口に待たせ、正副使者二人のみ、市長公室へ通した。
「お約束のとおり、一週間で戻りましたぞ。本来なら片道で一週間かかるところを、それはもう大急ぎで、行って帰ってまいりました」
ムザーラは、そう誇らしげに胸を張った。だが一週間と勝手に期限を切ったのはそっちで、俺はそんなこと言ってないし。そんな自慢されても、どう反応していいやら。
「……そんなに急ぐのなら、わざわざ大勢のお供なんぞ連れてこなくてもよかろうに」
ちょいと皮肉を込めて突っ込んでみた。
「いえいえ、そういうわけには。あの者たちは皆、我々の扈従というよりは、サージャ様のご実家の家臣たちでございましてな。サージャ様のお世話係として、これまで派遣されて来た者どもでございます」
「サージャの実家?」
俺は首をかしげた。そういえば、サージャがこの市庁舎に来て一週間になるが、俺はサージャの素性について、実はまだよく知らなかったりする。サージャ自身、かぼちゃパンツへのコダワリを除けば、とくに自分のことを語ろうとはしなかったし、俺もさほど、そのへん興味はなかったしな。わざわざ長老のご指名で俺への使者兼人質に選ばれるくらいだから、なにか事情があるだろう、とは思ったが。
「サ、サージャ様は……その、中央でも、たいへん古い……家柄のおか、お方でございまして」
アガシーが例によってどもりつつ説明する。古い家柄ねぇ。エルフにも、そういう家格みたいなものは一応あるわけか。つまりサージャは、人間でいえば貴族とか華族とかに相当する、やんごとなき家柄のお嬢さまだと。そのうえ幼くして千年に一人の麒麟児とまで称される天才。まさに完璧超人だな。
そこで、ふと思い出した。先日のコンサートの際に目の当たりにした、サージャの異変。サージャの興奮が極みに達すると、その髪が、ぱぁっと様々な色に輝いた、あの不思議な現象だ。あれはいったいなんだったのか。ここまで、なんとなく本人に訊く気にもなれずに打ち捨ててきたが、あるいはこの二人なら知ってるかもしれん。
「……ああ、あれをご覧になられたのですか。そう滅多にあることではないのですが」
ムザーラが応えた。
「あれは、サージャさまの魔力がオーバーロードしておられるのです。なにせ、あの小さなお身体で、並みの成人エルフの数倍もの魔力をお持ちですからな。興奮状態では、制御がきかなくなるのですよ。それでも髪が光る程度なら、まだたいした問題はないのですが、最悪、暴走状態に陥られることもあります」
「暴走状態になると?」
「町がひとつ吹っ飛びます」
さらっと、とんでもないことを口走るムザーラ。
「……まさか、前例があるのか?」
「はい。中央霊府の北側に、ひとつ、大きな池がございます。そこは、もとは数十人が暮らす集落だったのですが、サージャさまの魔力の暴走によって、人も建物も木々もすべて吹っ飛び、あとには、サージャ様ご自身と、大きなクレーターだけが残ったのです」
そのクレーターに雨水がたまって、池になったのだとか。
「奇跡的に死人は出ませんでしたが……まあそんなことがあって以来、サージャさまをむやみに興奮させぬよう、皆、丁重に取り扱ってまいったのですよ」
それもう歩く爆弾じゃねえか。しかし、サージャにそんな能力があるとは。もしコンサート会場で爆発してたら、それこそ大惨事になってた可能性もあるわけか……。俺も今後は、ちょいとばかし、取り扱いに細心の注意を払わねばならんな。
「ところで、そのサージャ様は、いまどちらに?」
ムザーラが訊いてくる。
「いま呼びにやってる。じきに来るだろう」
基本的にサージャはルミエルか俺のそばにいる。今はルミエルと一緒に宿舎部屋で裁縫をやってるはず。街で買ってきたかぼちゃパンツを加工するんだとか。
「ところで。長老からの返書は、ちゃんと預かってきたんだろうな」
「は、はっ。それは、こちらに……」
アガシーが、妙におどおどした様子で、俺に書簡を差し出してきた。なんでこいつはこう、いちいち挙動不審なんだ。もう慣れたけど。
手渡された書簡を開くと──やけに達筆で、まず俺のここまでの様々な活躍を褒めちぎり、最上級の敬意を示したうえで、ルザリク市長の称号を正式に授与すること、さらに竜退治の件に関して、俺が出した「条件」を受け入れることを明示し、あらためて中央霊府及び北霊府へ襲来しつつある竜の大群の掃滅を依頼する──とまあ、長々と綴ってある。具体的には、竜の「目玉」を百個、えぐり出して集めてこいと。つまりちょうど五十匹分、竜をぶっ殺した証拠を揃えて持って来い、ってわけだな。
俺が出した「条件」とは、最初に長老側から言い出したこと──竜を退治すれば、どんな望みも聞き入れる──という話を、額面どおりに履行することだ。この点さえ確約が得られれば、もはや俺の思うツボ。竜退治を済ませた後、長老に譲位を迫り、エルフの森全体を我が物とできるだろう。そして長老は、まさにその確約を、この書簡によって明文化してきた。これでいい。ここしばらく、無為徒食に近い日々を送ったが、それも終わりだ。いよいよ、本格的に動く時が来たようだな。
ちょうど書簡を読み終えた頃合、勢いよくドアが開いて、サージャが部屋へ飛び込んできた。
「ムザーラたん! アガシーたん! 戻ってきたでしゅね!」
ずいぶん慌てて来た様子だ。嬉しそうにムザーラのもとへ駆け寄る。
「あれ、持ってきてくれたでしゅか?」
「おお、サージャ様。お元気そうで何より。もちろん、持ってきておりますぞ」
ムザーラは、携えてきた皮袋から、なにやら短い棒状のものを取り出した。金色の杖かなにかで、先端に大粒のルビーっぽい紅い宝玉がくっついている。よく見ると、杖全体に細かい彫刻や装飾が施してあり、ずいぶん手の込んだ工芸品のたぐいに見える。先端の宝玉も、いかにも魔力とか篭もってそうな、由来ありげなマジックアイテムという風情だ。
「それは?」
と訊ねると、サージャは、ムザーラの手から杖を受け取りながら、にこにこ笑って応えた。
「えへへー。ナイショでしゅ。でも、とーっても大事なものでしゅ。お家から取ってきてもらったでしゅよ」
内緒といわれれば、知りたくなるのが人情──とはいえ、今はそれを追及してる場合じゃない。形状から、サージャの魔力を補助、もしくは制御するアイテムだろうとは思うがな。さっき聞いた魔力の暴走と、何か関係があるんだろう。
俺は、ひと呼吸置いて、おごそかに告げた。
「サージャ。明日、例の式典を執り行うから。今日は早めに風呂に入って、しっかり休んでおけ」
例の式典とは、むろん俺の市長就任式典。すでに準備はほぼ調い、あとは長老からの返書を待つばかりとなっていたところだ。それが届いたからには、もう猶予することもない。明日の式典にはアガシーとムザーラも立ちあわせ、そこでサージャから印璽を俺に手渡してもらう。それによって俺は正式にルザリク市長となり、同時にルザリクは独立都市となる。その後は、すみやかに市長代行を立て、俺自身は長老の依頼によって、竜退治へと出発することになる。忙しくなるぞ。
「わかったでしゅ」
サージャは、金色の杖をかぼちゃパンツの中に大事そうにしまい込みつつ、キリッと頬を引き締めて応えた。
「ついに、わたしと勇者しゃまの結婚式でしゅね! よーく洗って、初夜に備えるでしゅ!」
そんなもん備えんでいい。というか色々間違っとるわ。




