122:星を見上げて
フルルの熱狂野外ライブも、いよいよ佳境。
その歌声は伸びやかに、時に熱く激しく、時にしっとりと優しく、一曲ごとに観衆の心をがっちりと捉えてゆくようだ。激しい振り付けに短いスカートをひらひらさせて、白い太股、フリフリの見せパンが眩しい。
もうすぐ春なのにお別れですか
寒ブリの季節は終わりですか
貴方はもう俎板の上、わたしから逃げられないわ
かわいい寒ブリ、震えているのね
勇気を出して包丁で捌くわ、活け造りにしてあげる
貴方がいれば、ああ貴方がいれば
つらくはないわ
この包丁捌く
どういう歌だこれは。鰤もいいが、活け造りなら鯛が好きだな。
「うおおおぉー! フ・ル・ルー!」
「フ・ル・ルー! フ・ル・ルー!」
「おおおおおぉー!」
観客の盛り上がりは、もうピークに達している。サージャのテンションも絶頂近い。
「んきゃああああー! フルルおねえちゃまぁー! しゅてき、しゅてきぃぃー!」
声も枯れよと全力で絶叫を送るサージャ。そのちっこい身体のどこから、そんなパワフルな大声が出るのか。
ふと見ると、サージャの頭髪が、一瞬、ぱぁぁっ、と金色に輝いた。
なんだ?
すぐに輝きは消え去った。本当に一瞬の出来事。
照明がサージャの金髪に反射したのかと思ったが、いや違う。たしかに、いま、サージャの髪そのものが、まばゆく輝いていた。
さらに見ていると──またも、一瞬だけ、サージャの髪全体が、キラキラと輝いた。
「フルルおねえちゃまぁー! こっち向いてぇーっ! んっきゃー!」
サージャ当人はステージに夢中で、俺の視線にも気付かないようだ。
もう一度、観察を続ける──やはり、また髪が輝いた。どうなってるんだ。サージャが興奮して大声をはりあげるたび、この現象が起こっている。
エルフの種族的特性……ということではなさそうだ。もしそうなら、この場の観客全員、そうなってなきゃおかしい。なんせ今ここに詰め掛けてるのは、俺を除いて全員、地元住民のエルフだからな。
サージャに直接訊くべきだとは思うが……いまこんなに熱中してるものを、水を差すのもなんだし。後にするか。
ステージも、はや終盤。場内割れるようなアンコールの呼び声。いったんステージから消えたフルルが、その声に応えて再登場。さらに二曲を歌いあげ、ライブはついにエンディングを迎えた。
この間にも、たびたびサージャの髪は謎の発光現象を起こした。その光も、その時々で、金色だったり、赤や紫だったり、様々に変化して一定しない。電飾かこいつは。
わたしたち、これからいいところよ
さよならするのはつらいけど
グッドエンディング、もう時間なの、パーリィナイト終わって
ほら、星も呼んでいる
宿題やってね? お風呂入ってね? 歯を磨いてね?
BANGBANG、BABABANG!
VIVA! NOT、NOT!
次に会うまでご機嫌よう
バックダンサーたちのカンカン踊りを従えて、フルルが今日のラスト曲を、楽しげに賑やかに歌いあげる。観客席もまさにクライマックス。
光る棒の群舞、轟く歓声のなか、最後の一曲を終えたフルルは「ありがとぉぉぉー!」と絶叫しつつ、ステージ脇へと駆け去っていった。しばし鳴り止まぬ拍手の波、波、波。
──かくして、熱狂の夜は幕を閉じた。若干の謎を残しつつ。
音楽堂を出て、庁舎への帰路。
楽屋に寄ろうかとも思ったんだが、どうせフルルも庁舎に戻ってくるわけだし、なら先に帰っておこうと。
サージャは、俺の背におぶられ、くーくーと眠っている。今日はよく歩いたし、ライブでもずいぶん騒いだからな。そりゃ疲れただろう。
ライブ会場を少し離れると、街はもうすっかり静まり返っていた。馬車や人通りもまばらだ。夜のルザリクは、星明かりに抱かれて、次第にまどろみへ沈みつつある。とはいえ、まだ今日のうちにやるべきことが色々残ってるから、さっさと戻らねば。サージャの謎の発光現象も、ちょっと気になる。折をみて訊いてみよう。ひょっとしたら当人も気付いてない可能性もあるが。
「んにー……」
そのサージャが目をさましたようだ。俺の背中ごしに、大きな欠伸。寝覚めの子猫みたいな仕草だ。
「ふぁあ。ゆうしゃしゃま……」
「起きたか。もうすぐ庁舎に着くぞ」
「うん。勇者しゃま……あのね……」
「どうした?」
サージャは、きゅっと俺の背に手を回し、頬をすり寄せて、ささやいてきた。
「今日は……ありがとでしゅ。こんなに楽しかったの、うまれてはじめてでしゅ……」
ずいぶん、しおらしいことを言うじゃないか。可愛いやつだ。
「また、暇ができたら、連れていってやるよ」
「ほ、ほんとでしゅか?」
「ああ」
「えへへー。約束でしゅよ。今度は、一緒にお洋服、選んでほしいでしゅ」
「……ああ、約束だ。暇ができたら、だけどな」
約束したはいいが、今後、またこういう日があるかどうかは、俺にもちょっとわからん。明日以降、色々と本格的に忙しくなってくるからな。
繚乱たる星空を見上げつつ──なぜとはなく、もうこんな日は来ないのではないか、という気がした。なんとなく、だが。
とりあえず今夜は、食堂の厨房を借りて、カレーを作ろう。サージャにも手伝ってもらおうかな。




