012:超古代の神器
不意に、すべての魔法の輝きが、かき消えた。
魔法陣の青い光も、賢者の石の赤い光も消滅し、同時に俺は、その場にがくりと膝をついた。
俺はもう、ほぼすべての魔力を出し切っている。全身から力が抜けて立っていられなかったのだ。手にしていた賢者の石も、無意識のうちに床に取り落としてしまった。
視線を動かし、魔法陣の中央を見ると――あの水晶球が、不思議な輝きを帯びていた。内側に、蒼い炎のような神秘的な光を揺らめかせている。あきらかに今までとは様子が違う。
チーが興奮気味に口走る。
「神魂が、目覚めた……!」
そうか。これが神魂か。こいつが俺の願いを叶えてくれるのか……。
俺は、ふと安堵の息をついた。まさに、その刹那。
すさまじい轟音とともに、何か大きな黒い影が石壁を突き破って広間に飛び込み、けたたましい爆音を響かせながら、俺めがけ、まっしぐらに突進してきた。
俺は、それが何であるかを、ひと目に理解した。戦慄が全身を駆け抜ける――。
――暴走トラック。
なぜここにそんなものが? いや、それを考えてる場合じゃない。
「逃げろぉぉーッ!」
俺は、周りの野次馬どもに向かって、そう叫ぶのが精一杯だった。もう魔力はほとんど使い果たしている。迎撃はおろか、体もろくに動かない。瞬間移動もできそうにない。
俺は床に膝をついたまま、ふと眼をこらし、今まさに迫り来る謎のトラック、そのフロントに輝くロゴを視界に収めた。そして悟った。これは間違いだ――と。
違う! 俺はエルフのねーちゃんたちを押し倒したいと願ったのであって、ELFのトラックに押し倒されたいなどと願ったわけではない! 断じて!
などと考えてる間に、俺の肉体はものの見事にトラックにはね飛ばされ、紙のごとく軽々と宙に舞い、放物線を描いて石壁に叩きつけられた。ご丁寧にも、トラックは一旦減速したあと、再度爆音を響かせて急加速し、トドメとばかり突っ込んでくる。ゴバグシャメギィッとかなんとか形容しがたい嫌な音とともに、トラックは石壁に激突して、ようやく止まった。
俺の――この無敵を誇った魔王の肉体は、いまやトラックと石壁に挟まれ、完全に押しつぶされていた。
薄れゆく意識のなかで、野次馬どもの悲鳴と、慌てて駆けよってくるいくつかの足音がきこえる。どうやら、俺以外、巻き込まれた奴はいないようだな。それだけが救いか……ああ、もうだめだ。一度ならず二度までも、トラックに轢かれるなんて。俺っていったい。
誰かが俺のそばまで来て、ぽそりと呟いた。
「ミンチよりひでえや……」
嘘だといってよ。
暗い。
何も見えない。
肉体を失って、意識だけが、ただ深い闇の中を漂ってる。そんな感じだ。
声が聞こえる。誰の……?
――うわああああああああーッ! 魔王さまぁ! 魔王さまああ! なんでっ、なんでよぉッ! ハネリンをっ、置いていかないでよおおー! うあああああーん!
――へ、陛下……。いったい、なぜ、こんなことに……。
――スーさん、落ち着いてよ。そこの羽娘も。
――しかし、チー殿、これが落ち着いていられますか……! 陛下が……。
――う、ううっ、ひっく……まおーさま……まおーさまぁ……。
――心配ないよ。いま、神魂が教えてくれたんだ。これは通過儀礼だってねー。
――どういうことですか……?
――これは、トラックっていってねー。対象者を別の存在へと転生させる機能を備えた、超古代の神器なんだって。
――別の存在?
――そ。魔王ちゃんの願い事は、世界制覇だって。それを叶えるために、これは必要なことだって神魂が言ってる。魔王ちゃんの肉体は、ご覧の通りの有様だけど、魂と精神は別の器に移って生き続ける。それがトラック転生だってさ。
――ええっ? じゃあ、じゃあ、魔王さまは、生きてるのっ?
――少なくとも、神魂はそう言ってるねー。多分、そのうち帰ってくるんじゃない?
――な、なんと……! ではチー殿、我々は、いったいどうすれば……。
――待つしかないねー。アタシたちは、彼のために、しっかりここを守っててあげようよ。いつ帰ってきてもいいようにさ。
え。トラックって、そういうものだったのか。いま初めて知ったぞ。神器ってアンタ。しかし、別の存在か……俺、今度は何になるんだ?
また声が聞こえる。さっきまでとは違う……。
――まさか、聖騎士ライルの軍勢が敗れるとは。
――エルフの秘宝……あの閃炎の魔弓すら、魔王には通じなかったのか。やはり、我ら凡人では勝てないというのか……。
――勇者でなければ、魔王は倒せない。信じたくありませんが、やはり伝説は正しかった、ということでしょうか。
――噂ですが……アレステルの家に、何か不思議な発光現象があったと聞きました。ひょっとしたら、勇者誕生の兆しでは。
――今まで何度も、そういう噂はあったじゃないか。そのたび、ぬか喜びさせられてきたんだぞ。
――ええ。ですが、一応、確認しておくべきかと。
――そうですね。出産の報告が届いたら、お祝いがてら、私が様子を見てきましょう……。
こいつら何者だ? 何の話をしてるんだ。というか、ここはどこなんだ。何も見えん。
いかん。本格的に、意識が、遠のいていく……。
光……。
光が、見える……。