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119:パンツルックと白衣

 サージャは屋台で絹のかぼちゃパンツを五枚も買い込み、すっかり大満足。だが俺の用事はこれからだ。


「えへへー、帰ったら、さっそく加工して、もーっとかわいくするでしゅよー」


 衣料通りの狭い雑踏の中を、二人並んで歩く。サージャは、新品のかぼちゃパンツが詰まった袋を楽しげに振り回しながら言った。買ったかぼちゃパンツを即カスタマイズとか、どんだけ好きなんだ。その歳で裁縫ができるというのは感心だが。


「お裁縫の魔法は得意でしゅよ。パンツしか縫ったことないでしゅけどー」


 そういやエルフは日常生活でも魔法を多用するんだった。裁縫の魔法って、呪文で針を動かしたりするんだろうか。ちょっと楽しそうだ。


「ところで、勇者しゃまは、どこに用事があるんでしゅか?」

「ん。もう少し先に、あるはずなんだが」


 衣料通りを抜けると、ふたたびアーケードの掛かった、やや広い通りにさしかかった。薬草横丁という一角。通りの左右には、エルフの秘伝とされる様々な薬草や香料、没薬、珍しい果物などを売る商店がひしめいている。それら商品の様々な匂いが混ざりあって、通り一帯を漂う、なんともいえぬ異臭。アンモニア臭とアルコール臭に、すりおろした玉葱や生姜やカボスの香りをミックスしたような感じとでもいえばいいか。そう強烈なものではないが、あまり長時間いると頭が痛くなってきそうだ。


「ふぁー……いい匂いでしゅねぇ……」


 うっとり呟くサージャ。こんな不気味なブレンド臭が、いい匂いって。そういえば、通行人も買い物客もけっこう多いが、とくに誰も臭いに辟易してるような様子はない。みんな慣れてるだけか、それとも、エルフと人間の感覚の違いなのか。

 俺は、なるべく鼻で息をしないよう心がけつつ、サージャの手を引き、奥へ奥へと進んでいった。


「……ああ、ここかな。多分」


 薬草横丁の最奥部に鎮座する、かなり古びた建物。商店ではなく、一見、土蔵か何かのように見える。両開きの戸口は固く閉ざされ、ここの周辺だけは、付近の雑踏から切り離されたように人影も少なく、うら寂しい雰囲気。

 戸口の脇にかけられた看板には──「ルザリク市立魔法工学研究所」とある。ここが今日の目的地だ。





 エンゲランを誅した例の式典の直後、ここは一度、官憲によるガサ入れが行われている。なんせエンゲランの依頼に応じて、銀宝冠に生体ゴーレムの魔法の烙印を仕込んだのが、ここの所長だからな。本来ならばエンゲランの従犯として、所長も逮捕投獄されてるところだが、俺の鶴の一声で、結局、所長の罪は不問となり、押収物もすべて返還させた。

 厳密にいえば本来、俺にそんな権限も権力もないが、あの式典以降、ルザリク市庁の誰もが、もはや俺に逆らえない状態になっているため、この程度の融通をきかせるのはたやすい。今現在もそうだ。近く市長に就任する身とはいえ、今の時点では俺はたんなる旅行客にすぎない。にも関わらず、市長代行をはじめ、役人ども全員、何の疑問も持たずに俺の指図を受け入れ、へこへこ従っている。およそ権力というものが、法ではなくハッタリの所産だということがよくわかる話だ。


 サージャが訊ねてくる。


「ここで、何か買うんでしゅか? お店には見えましぇんけど……」

「いや、まあ……買い物ってわけじゃない。ちょっと商談をしにきたんだ」


 俺がここの所長をあえて赦免してやったのは、ここで研究している魔法工学技術とやらの成果を、俺のために役立ててもらうためだ。所長とはまだ面識はないが、今日は一応、午前中に役人どもを訪問させ、アポを取っている。

 古くさい樫の戸口の前に立ち、ノブを捻った。カギがかかっている。


 軽くドアノッカーを叩いてみたが、反応はない。

 再度、ちょっと強めに、ノックしてもしもーし。


 ややあって、かちゃん、と軽快な開錠音が響き、ドアが開いた。中から誰かがひょこっと顔をのぞかせる。


「どちら様? 新聞ならいりませんよ」


 出てきたのは、ラフなパンツルックのエルフ女。ここの職員だろうか。そう若くはないが、ちょっと知的な顔立ちの金髪美人さんだ。誰が新聞屋やねん。


「庁舎から来た。所長にはアポを取っておいたはずだが」

「……あっ! では、あなたが?」

「そうだ。所長に取り次いでくれ」

「か、かしこまりました。どうぞ、中でお待ちください!」


 女は少々慌てた様子で、ささっと奥へ引っ込んでいった。

 戸口は開け放たれている。俺はサージャの手を引き、ずかずかと中に入り込んだ。


 出入口付近は、デスクがひとつと、横長ソファがひとつ、ぽつねんと配置されているだけの、ごく狭いスペース。調度もなく、ずいぶん素っ気無い部屋だ。


「あんまり、お掃除とかしてないみたいでしゅねえ。ホコリっぽいでしゅ……」


 サージャがぽそりと呟く。確かに、あまり衛生的とはいえんな。

 薄暗い部屋の奥に、頑丈そうな扉が見える。研究室はあの向こうか。


 待つこと二、三分。

 やがて、パタパタと足音が響いて、勢いよく扉が開かれた。


 姿を現したのは──さっきの女。今度は白衣を肩にひっかけている。ずいぶん慌てていたようで、少し息が荒い。


「お待たせ、しました……。わ、わたくし、当研究所の所長、ティアック・アンプルと申します。どうぞよしなに」


 オマエが所長かよ!



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