118:出没! げど街ック天国
俺のルザリク市長就任式典は、およその日時と会場予定地も定まり、いま急ピッチで準備が進んでいる。
会場は庁舎内広場。収容人数五千人。広場の中央に大掛かりな壇をしつらえ、そこで俺がサージャの手から銀印を受け取り、市長就任を宣言。ついで独立宣言を発し、それによってルザリクは正式に中央霊府から独立した都市となる。
独立によって市民が蒙るデメリットは特にない。強いていえば、出入りの際の手続きが少々増えるくらいか。従来は誰もがフリーパスで通行できた南北の門も、独立以後は最低限のチェックが必要になるだろう。だがそういう状況も、長く続かせるつもりはない。最終的に、俺がエルフの森全域を治める王になってしまえば、ルザリクも、結局もとの一地方都市という扱いに戻す。そうしないと二重行政とかで話がややこしくなってしまうからな。ルザリクが独立都市として特別扱いになるのは、俺がエルフの森を掌握するまでの、ごく一時的な状態にすぎないということだ。
一日、助役どもとの会議を済ませて市長公室に戻ると、サージャがソファで手足をばたつかせていた。
「何やってんだ……」
声をかけると、サージャは、がばと起き上がって、俺に飛びついてきた。
「勇者しゃまぁー。暇でしゅ。暇でしゅ。ひーまーでーしゅー」
俺の腕のなかでそう訴えかけてくるサージャ。ようするに退屈で仕方なくて、ひとりソファで、ぱたぱたもがいていたらしい。俺が会議に出てる間、別にどこへ出かけてもいい、と言っておいたのに、律儀に俺の帰りを待っていたようだ。
「だってぇー。ひとりじゃ心細いでしゅからぁ。勇者しゃまか、ルミおねーしゃまと一緒なら、安心でしゅけどー」
ここ三日ほど、忙しい俺にかわって、おもにルミエルが宗教活動を休んでサージャの面倒を見ていた。サージャもルミエルにはよく懐いているし、これで俺はサージャから解放されそうだ──と思ったが、そう世の中甘くなかった。
「ルミおねえしゃまは、パンでしゅ。勇者しゃまは、ゴハンでしゅ。どっちも好きでしゅ」
とかいって、相変わらず隙あらば俺にくっついてくる。そんな主食チョイス的な例えを出されても困るが。フルルについては「フルルおねえちゃまは、別腹でしゅ」だそうで、食後のデザート的な何かと認識しているらしい。
そのルミエルも、今日だけはフルルのコンサートイベントの関連で、なにやら重要な会合があるとかで、俺にサージャを託して出掛けてしまった。あいつはフルルのプロデューサー兼マネージャーでもあるからな。フルル自身は、むろん今日もステージに立っている。そんなわけで、今日は俺がサージャの子守りを務めることになってしまった。こんなお子様でも、長老の代理人として、俺に印璽を手渡す大役を担っているお客様。粗略には扱えん。サージャはあくまで俺かルミエルのそばにいたがってるから、そこらの役人どもに預けようとしても、サージャは泣いて嫌がって言うことを聞いてくれない。嘘泣きだけどな。困った奴だ。
「それじゃ、少し街に出てみるか? ちょうど用事もあるし」
俺が提案すると、サージャは、ぱっと笑顔になって、嬉しそうに賛成した。
「いきたいでしゅ! わたしも用事があるでしゅよ!」
「ほう、なんだ?」
「新しいパンツを見に行きたいでしゅ。そろそろ、今年の秋の新作モードが出揃う頃でしゅから」
かぼちゃパンツに新作モードとかあるんかよ。侮れんな。
街に繰り出すといっても、俺は一応有名人。へたに外出すれば市民の注目を集めるのは必定。そこらを歩いているだけで大名行列になりかねん。変装が必要だろう。
で、頭にターバンを巻き、顔半分をマフラーで覆って、服装も地味なデザインの平服に着替え、サージャを連れて庁舎を出た。時刻は昼過ぎ、天気晴朗。
サージャは白い長袖ワンピース、頭には麦藁帽子をすっぽりかぶって、浮き浮きと足取りも軽く、しっかり俺の手を取ってついてくる。傍目には、ちょっと年の離れた兄妹のように見えるだろう。さすがに親子連れには見えないと思う。これまで複雑な転生の経緯を辿ってるもんで、時折自分の年齢を忘れてしまうが、今の俺の肉体って、一応、十六歳の少年なんだよなぁ。
洗練されたデザインの木造建築がずらりひしめくルザリク市街。地面や道路は舗装されていないが、水はけのよい赤土で、路面状態はしっかりしている。
まず街の南北を縦断する大路に出る。人通りはかなり多く、馬車の往来も頻繁だ。少し南に下ると、街の東西を横切る大路との交差点。ここいらが市街の中心部となる。住民は、この中央交差点から北門へ通じる大路を冬通り、南門へ通じる大路を夏通りと呼称し、区別しているそうだ。
役人どもから聞いた話では、冬通り、つまり北側の区画は比較的富裕層の多いアップタウン。夏通りと呼ばれる南側の区画は庶民の住宅ひしめくダウンタウン。といってもごく大雑把な区別で、南側にも金持ちは住んでいるし、北側にも下町同然の区画がある。階層やら身分やらで居住区が厳密に分かれているわけではないようだ。
俺とサージャは、しばし連れだって夏通りの雑踏を歩き、やがてアーケード付きの脇道に入った。そこは、いかもの横丁と呼ばれる一角。やや薄暗い木造アーケードの下、屋台や露店が左右に並び、めいめい煮物だの揚げ物だのを売っている。
「うっわー! これ、なんでしゅか? あー! これ、おいしそうでしゅー!」
油煙漂う露店街の情景。ゲソの天ぷらを串に刺したのやら、豚肉の揚げ物やら、ひじきの煮物をカップに入れたのやら。おでんもある。サージャはたちまち大はしゃぎで、あれが欲しい、これが食べたいと、すっかりテンション上がっている。別にここが目的地というわけじゃなく、単なる通り道なんだがな。まあ気持ちはわかる。
とりあえず、蒸した肉饅頭──ようするに豚まん──をひとつずつ買って、二人揃ってそれをかじりつつ、先へ進む。肉がしっかり詰まってて、肉汁もたっぷり。見ためはなんだかジャンクフードっぽいが、意外に味わい深い。サージャもご満悦のようだ。
アーケードを抜けると、今度は衣料通りという、そのまんまな名前の一角にさしかかる。ここも通り道で、とくに用事はないんだが──。
「あーっ! しゅごいでしゅ! これ、絹でしゅね! 絹のかぼちゃパンツでしゅー!」
いきなりサージャが、露店の前で、売り物のかぼちゃパンツを手に、大騒ぎしはじめた。
「ねーねー! 見てくだしゃい、このデザイン! かっわいいでしゅよー!」
もうはや、テンション絶頂まで上り詰めてるようだ。人目も気にせず、興奮気味に叫びつつ、絹のかぼちゃパンツをびらりんと広げて、俺に見せつけてくるサージャ。
さすがにこれは、通行人の視線が痛い……。