117:夢と希望が詰まってる
最初にそれを目の当たりにしたときは、つい説明を受け流してしまったが。
サージャのかぼちゃパンツの四次元構造というのは、実は、途方もない大発明なんじゃないか。しかも製作者がこんなお子様。発明家としてはフィンブルよりよほど優れてるようだな。千年に一人の麒麟児の名はダテではないってことか。
「それ本当に、なんでも、いくらでも入るのか?」
市長公室の昼下がり。サージャと軽めの昼食をともにしつつ、そう訊ねてみた。メニューは食堂から取り寄せた白パンとコーンスープとサラダ。
「いやーん、あんまり見ないでくだしゃいー」
そう恥ずかしげに腰をくねらせながらも、しっかりドレスの裾を持ち上げて、全開見せ見せモードのサージャ。
「理論上は、ほんとに何でも入りましゅよ。ただ、あんまり大きいものは、入れるときにパンツのゴムが切れちゃいましゅからぁ、そこが今後の課題でしゅねえ」
なるほど、ということは、ゴムが伸びる限界までは大丈夫だと。具体的には人間の頭ひとつ入るかどうかってあたりか。
これはアイデア次第で、かなり面白い使い方ができそうだ。ちょっと色々使い道を考えてみようか。
ただ。その前に、これだけは聞いておかねば。
「なんでパンツなんだ。別に巾着袋とかでもいいんじゃないのか」
「趣味でし」
一言のもと、キッパリといい切るサージャ。
「オンナのパンツには、夢と希望が詰まってるものなんでしゅよ。膨らみが大きければ大きいほど、たくさんの夢を詰め込めるんでしゅ。それがロマンというものでしゅ。このパンツは、そんなロマンの極限を目指して作ったものなんでしゅ! そもそも、かぼちゃパンツというのはでしゅね……」
サージャは力強く熱弁を振るい、この世界におけるかぼちゃパンツの誕生と普及、その背景と歴史的意義に至るまで、諄々と語りはじめた。内容が進むうち、次第に頬が紅潮し、目がキラキラ輝いてゆく。
ああ。なるほど、そうか。納得した。
こいつは馬鹿だ。
いっそ清々しい馬鹿だ。
どうしよう。俺はとんでもない怪物に取り憑かれてしまったんじゃないだろうか。
夕方、ルミエルとフルルが庁舎に戻ってきた。
俺たちは昼間はそれぞれ別行動だが、夜は例の宿舎部屋に合流し、その日の出来事を語り合い、くすぐったりダブルピースさせたり一緒に寝たりしている。
俺はサージャを連れて部屋に入った。成り行きとはいえ、今後当分、サージャはこの庁舎で過ごすことになる。今のうちに二人と引き合わせておこう。
二人は、俺がいきなり見慣れぬ童女の手を引いてきたことに目を丸くした。
「アークさま、その子は?」
「いや、実は……」
俺は、サージャが中央霊府から派遣されてきた使者兼人質であることを、かいつまんで説明してやった。
「サージャでしゅ。よ、よろしく、お願いしましゅ……」
少々おどおどした様子で、控えめに自己紹介するサージャ。昨日、俺と初対面のときもこんな感じだったな。ずいぶん猫かぶっていやがる。
「うっわー、かわいい……! お人形さんみたい……」
フルルは、しげしげとサージャの姿を眺め、溜息をついた。たしかに、黙ってれば可愛い子供だとは思うがな。見た目は。
「フルルだよ。よろしくね、サージャちゃん」
そう微笑んでご挨拶。次いでルミエルも声をかけた。
「私はルミエル。サージャちゃん、仲良くしましょうね」
「は、はい……」
サージャがこっくりとうなずくのを見て、ふと、ルミエルは妙な笑みを浮かべた。
「うふふふっ……本当に可愛いらしいのね。ねえ、サージャちゃん。後で、一緒にお風呂に入りましょうね。私がすみずみまで、キレイにキレイに、洗ってあげますから……」
ちょっとルミエルの目がヤバい。妖しい光がこう、ギラギラと。まさかあれか、あっち方面のスイッチ入っちまったのか。いや、しかし相手は見ため四歳児だぞ。もしかして、そんなことかまわず食っちまう奴だったのか。
「はいっ! わたし、おフロしゅきでしゅ!」
サージャは無邪気に笑ってうなずいた。ちょっと心配だが……まあ、何かあっても、怪我したり生命に別状があるわけでなし。ほっといていいか。
「アークさまも、ご一緒にいかがですか?」
「……いや、俺は後でいい。おまえたちだけで行ってこい」
俺はまだ用事が残っている。二人に子守りを任せて、さっさと面倒事を片付けないと。
「そんじゃー、勇者さま。わたしたち、お風呂行ってくるね」
「では、また後ほど」
「ばいばいでしー」
三人は仲良く連れ立って部屋を出て行った。あとは女どうしで勝手にやってくれ。
その後、俺も宿舎部屋を出て、助役室へ向かった。
エンゲランを始末した後、規定によって助役が市長代行となったため、市の政務はもっぱらそちらに任せているが、近々、市内で俺の就任式を執り行わねばならないだろう。今のうちに助役と相談して、会場設営や日時などの段取りをしておかんと。
──助役室に高級職員どもを集め、二時間ほど、ああでもないこうでもないと話し合って、およそのスケジュールを詰める。結局、ムザーラたち中央霊府の使者の再訪にあわせ、就任式を実施する手筈になった。
俺の市長就任後には、新たな税制や法律を発布し、正式に市長代行を選任し、俺にかわって政務を執らせねばならない。俺はこの後、ルザリクを離れて中央霊府に向かう予定だからな。
代行の人選や職員の配置なども考えておく必要があるが、それはまだいいか。後回しにしておこう。
用事を済ませ、宿舎部屋へ戻ると、室内はなんともいえぬ淫靡な雰囲気に満たされていた。こう、ピンクの霧がもやぁーんと漂ってるような。
もう布団が敷いてある薄暗い部屋の片隅。浴衣姿のサージャとフルルが、半裸のルミエルの胸に左右からしがみつき、頬をすり寄せているという、実にほほえましい情景が繰り広げられていた。とくにサージャ。心底愛しげにルミエルの片乳に頬をうずめきっている。
「はあぁ……ルミおねーしゃまぁ……」
サージャは、とろりんと瞼を半開きにして、うっとりとルミエルに寄り添っている。実に幸福そうな顔。どうやら、浴場でルミエルに禁断の扉をこじ開けられてしまったようだな。
「アークさま。お帰りなさいませ。いいお風呂でしたよ」
まったく何事でもないように、平然とルミエルは微笑んでみせた。
あの面倒くさい子供を、こうも徹底的に懐かせるとは。外道シスター恐るべし。
ともあれ三人、仲良くなったようで何よりだ。夜間の子守りは、これで安心かな。




