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116:かぼちゃパンツと市長印

 人質など無用──俺はそうハッキリと言ってやったのだが、サージャはどうしても承知しない。


「お嫁さんじゃなくてもいいでしゅ。おメカケさんでもいいでしから、おそばにおいてくだしゃいっ!」


 どうも話が噛み合わん。人質もお嫁さんもメカケもいらんから、はよ帰ってくれんか。


「やでしゅ! おそばにいましゅ!」


 お蕎麦もうどんもいらんから帰ってくれ。


「勇者しゃまから離れましぇんっ! 死んでも離れましぇん! 一生ついていきましゅー!」


 しまいには泣き出してしまった。かなわんな。

 結局、押し切られ、承諾してしまった。魔王も泣く子には勝てん。しかし、ルミエルもフルルも近頃忙しそうだし、身近に子守りを頼める奴なんていない。どうしよう。俺が……世話しなくちゃならんのか?


 ムザーラが、そっと耳打ちしてきた。


「ご心配には及びませぬ。サージャさまは、いわゆる神童であらせられます。年十五にして土地の古老も舌を巻く博覧強記。天文地理の書、一として通ぜざるなく、魔術の才もあのフィンブルに勝るとも劣らずという、千年に一人の麒麟児でございますよ。見た目は子供でも、中身はずいぶん……その、したたかなお方でしてな。ことに泣き落としが得意技で」

「ムザーラたん……」


 横あいからサージャの声が響いた。


「よけーなこと、いわないでよねっ! 涙はオンナの武器でしゅっ!」


 ぷんぷん、という擬音が聴こえてきそうな可愛らしい怒り顔。だが台詞は到底、年相応とはいえない。


「は、はっ! 出すぎた真似をいたしました……!」


 心底恐縮したように頭を下げるムザーラ。なぜかアガシーまで一緒に平伏している。


「……勇者しゃまぁ、これからは、ずーっと、いっしょでしゅからねっ」


 そう無邪気に笑ってみせるサージャ。なるほど、そういう子供か。ちょっとだけ興味が涌いてきたぞ。

 それほどの天才幼女なら、中央の情勢にも詳しいはず。こいつを近くに置いておけば、折に触れ、そのへんの情報を引き出す機会も得られるかもしれん。ただのクソガキに興味はないが、こいつには少しは利用価値がありそうだ。相手するのはちょいと骨が折れそうだがな。





 昼過ぎ。副使のアガシーとムザーラは、俺の書簡を携え、扈従二十名ともども、馬車でルザリクを離れ、中央へ出発していった。去り際、一週間以内に長老の書簡を持って戻ってくる、と二人は俺に約束している。もどかしいことだが、またしばらくは、待つしかないな。

 今日も例によってルミエルとフルルはスケジュールに追われている。というか、俺がルザリクにとどまっている限り、二人とも実は暇なんだよな。だからこそ、やりたいことをやらせてやってるわけだ。


 そんなわけで、市長公室は、いま、俺とサージャの二人っきり。

 サージャは、いきなりドレスのスカートをぱっとめくりあげ、かぼちゃパンツに両手を突っ込んで、なにやらゴソゴソしはじめた。え、何? 何してるん?


「えっと……んー、これかにゃ……あー、あった」


 パンツの中から、ポンッと、なにやら四角いものを取り出す。


「あ、だいじょーぶでしゅよ。これ、見せパンでしゅからー」


 そういう問題じゃねえ。四歳児が見せパンて。いや突っ込みどころはそこじゃなく。パンツの中に、何を入れてたんだこいつは。


「これ、勇者しゃまにって、長老しゃまから、あずかってましたー」


 そういって差し出してきたのは、白い小さな木箱。サージャがその蓋をパカンと開くと、真新しい光沢まばゆい銀製印鑑がそこに収まっていた。どうもルザリク市長の印璽のようだ。これを受け取った瞬間から、俺は長老公認のルザリク新市長、それも霊府の干渉を受けない独立都市の長として、様々な特権を享受する身となる。そのぶん色々と責任もかかってくるわけだが。

 そっと手にとってみると……ほかほか温かい。童女のパンツから出したてホヤホヤの印璽。こんなもんを有難く頂戴せねばならん俺様の胸中、いったいどう表現すればよいのだろう。


「この見せパンはぁ、魔法のかぼちゃパンツなんでしゅ。なんでも、いくらでも入っちゃう四次元構造なんでしゅよ。わたしが作ったんでしゅ」


 そう自慢げに胸をそらしてみせるサージャ。つまり四次元パンツか。それは凄い。いや、確かに凄いんだが、今はそこに感心してる場合じゃなく。


「ちょっと待て。こいつは、今はまだ受け取れん。まず俺の市長就任を告知し、壇を築き、正式な就任式を執り行って、そこで受け取ることにする。いいな?」


 言いつつ、俺は印璽を箱に戻した。


「……それもそうでしゅね。ちゃんと告知して、正式にお渡ししましぇんと」


 サージャは、木箱の蓋を閉じ、またパンツの中に押し込んだ。やっぱりそこに戻すんかい。

 あまり形式にこだわりたくはないが、支配権の委譲という大事をウヤムヤに済ませていいものじゃない。俺自身は市長の仕事なぞ務める気はないが、それでも、まず万人にハッキリわかる形で俺の市長就任を広く認知させ、そのうえで適当な奴を選んで代行を務めさせる。これが筋というものだ。同じことを、最終的には長老にもやらせる。長老からエルフの森の支配権を譲り受け、信頼できる人物を代行に立てて統治させるのだ。こういう後々のプランを見据えて、いわば予行演習を、今のうちにルザリクでやっておこうというわけだな。


 そんなことをあれこれ考えているうち、いつの間にやらサージャが俺の横に移動し、しなだれかかってきた。


「勇者しゃまぁ」

「……なんだ」

「これからはぁ、わたしも、勇者しゃまのものでしゅ。だからぁ……」


 ドレスの裾をちょいと持ち上げ、かぼちゃパンツをチラリッと見せてくる。


「いつでも、お好きなようにしてくだしゃいねっ」


 そう微笑んで、パチッとウィンク。勘弁してください。

 同じように幼く見えても、あのロリババアのチーは、身体はちっこいが妙な色気があった。六百年もの人生経験のなせる業というか。だがこいつは高知能児とはいえ真性のお子様で、さすがにそういうものは感じられん。まして夜の相手なんて想像もできん。


 どうもちょっと不安になってきたな。ムザーラたちが戻ってくるまでの間、このややこしいガキを、どういう風に扱うべきか。こりゃ本当に骨が折れそうだ。



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