113:使者、襲来
歓迎式典は、ある意味大盛況のうちに幕を閉じた。ルザリクの名物は大根だとか。俺たちはまさに大根役者となってステージにあがり、大根芝居でエンゲランを討ち果たし、ルザリクを掌握したことになる。
俺が斬り殺した警備兵どもは、閉幕後、まとめて蘇生させておいた。放っとくと、遺族がどうとか面倒なことになりかねんのでな。
それから一週間ほどは後始末に忙殺された。ルザリクの規定で、市長不在の場合、助役が市長代理を務めることになっているため、エンゲランが死んでも政務のほうは特に支障も混乱もなかったが、俺たちは市庁舎に居座り続け、リリカとジーナを動かしてエンゲランの悪事を続々と暴かせた。まあ出るわ出るわ、公金横領、児童誘拐、暴行監禁、そして生体ゴーレム実験の実態。
政治家なんてのは大抵、叩けば何かしら埃くらい出るもんだが、こいつはそんな生ぬるい話じゃない。エンゲランの私邸の地下は巨大な牢獄になっていて、そこに趣味で誘拐してきた美少年たちが何十人も鎖に繋がれて飼われていた。別房には翼人奴隷も多数。大半が生体ゴーレムの被験体にされ、正気を失っていた。
残念なことに、この強制魔法には解除方法というものが存在しない。もはや生ける屍と化した彼らを、このままにはしておけん。哀れだが、全員、薬物でも使って安楽死させるしかないだろう。俺がさくっと斬り殺してやってもいいんだが、これはルミエルが反対した。悪人でも罪人でもないものを無闇に斬っては市民への聞こえがよろしくないと。
リリカとジーナの報告によれば、式典直後の時点では、俺がエンゲランを斬り殺したことに眉をひそめる市民や有力者もまだ少なくなかったそうだ。
生前、エンゲランはそこそこ人気があり、支持率もかなりのものだったらしい。だが日が経つにしたがって、エンゲランが俺を篭絡しようとしていた様々な証拠と、それに付随する無数の旧悪が次から次へと明らかにされたことで、そういう声は消え去り、逆に悪党エンゲランを返り討ちに誅した俺の名望は高まる一方となった。いまや俺をルザリクの新市長、いやルザリク王に、などという声も囁かれはじめている。
市の高級職員や有力者のなかには、エンゲランの悪事にこっそり加担していた悪党も少なくなかった。だが、そいつらは俺に直接危害を加えてきたわけではないので、あえて表沙汰とせず、罪にも問わなかった。それに恩を感じたものかどうか、あるいは単なる掌返しか、ともあれ悪党連中もすっかり俺に忠誠を誓い、俺を擁立しようと市民に働きかけているようだ。
市民といえば──いまルザリクの巷間ではフルル人気が急上昇中だ。その歌声で勇者を救った聖なる乙女──というステージでの「実績」に加え、もともとけっこうな美少女だし、その天性の歌唱力も評判にのぼって大ブレイク。一躍、話題沸騰のスーパーアイドルとなった。いまや、あの多目的ホールはフルル専用のコンサート会場と化し、連日超満員。フルル自身も超ノリノリ状態で、フリフリ衣装で歌って踊ってファンの歓声を浴び、妙に充実した日々を過ごしている。どうやらアイドル業はフルルの肌にあっているようだ。天職といえるかもしれん。興行収入もがっぽりで、ルミエルもホクホク顔だ。
そのルミエル自身も、フルルのマネージメントのかたわら、シスター姿で庁舎敷地内の広場に立ち、説法会を開いて、急速に信者を増やしていっている。そこで説いているのは本来の教会の教えではなく、勇者を崇めるオリジナル新興宗教だが。
一日、ルザリクの民心もようやく落ち着いた頃あい。俺はリリカとジーナに新たな指示を与えて、ビワー湖西岸へ向かわせることにした。目的は、俺の直筆書簡を、ダスク近郊にいる黒狼部隊のもとへ届けさせること。これが中央霊府攻略への下準備となる。
「中央霊府で再会しよう。首尾よく事が片付いたら、二人とも、また丹念に可愛がってやるからな」
そう励まして、俺は二人を送り出した。ルザリクでの待ち合わせでは、二人をずいぶん待たせてしまったが、今度はそれほど時間はかからないはずだ。
さらに数日。
俺はすぐにも中央霊府へ飛んでいきたい気持ちを抑え込み、市庁舎で無為徒食しつつ、ひたすら待っていた。すぐ来るものと予想していたが、存外反応が鈍い──こう思っているところへ、衛兵どもが庁舎へ駆け込んで、報告してきた。
「中央霊府のご使者一行が、北門に到着しております。アレステル卿への目通りを求むとのことですが──」
俺が待っていたのは、これだ。ようやく来やがった。
「許可する。ただし出迎えはしない。会いたければ自分のほうから来るように──そう言ってやれ」
ややあって、庁舎の窓から外を眺めおろすと、美々しい馬車に扈従数十名を引き連れ、北門から中央大路を粛々進んでくる集団が見えた。武装はしていないようだ。
長老は、エンゲランに俺の懐柔を依頼していたという。ところが、そのエンゲランが長老を裏切って俺に無礼を働き、あげく斬り殺された──事態がこうなれば、当然、長老側から必ずリアクションがあると踏んでいた。おそらくエンゲランに代わって、俺をなんとか懐柔しようと交渉を持ちかけてくるはず。
フルルは今日もコンサート。ルミエルは、信者団体が東地区のほうに勇者記念碑を立てたというので、その落慶法要に出席しているそうだ。落慶って。仏像じゃあるまいし。ともあれ、二人とも忙しそうで、俺ひとり取り残され、ちょっと退屈していたところだ。長老側の使者と、火花の散るような交渉談判──久しくこれを待ち望んでいた。じっくり楽しませてもらおうじゃないか。結果はわかりきってるが。
俺は市長公室のソファにふんぞり返って、その使者の到着を待った。
ほどなく、役人どもに案内され、姿を現したのは。
「は、はじめましてぇ……あにょぉ……わたくし、サージャと申しましゅぅ……」
フリルとリボン全開のシルクドレスに身を飾り、凄まじい舌っ足らずの自己紹介とともに、ぴょこんとお辞儀する──金髪碧眼の可憐な童女エルフ。
「このたびはぁ、長老しゃまからのお使いでぇ、ゆ、勇者しゃまに、会いにきましたぁ……」
おずおずと、怯えたような表情と口調で言う。見ためは、人間でいえば三、四歳くらいの小さな女の子。あのマナやレイチェルよりさらに幼い。
こんなんが長老の使者って。そんな馬鹿な。




