111:染血のステージ
白い輝きが消え去ったとき、俺の眼前で、エンゲランは勝ち誇ったように微笑んでみせた。それまでは見せなかった、かなり根性歪んでそうな、なんともいやらしい顔つきだ。ようやく本性をあらわしたな。
「……アレステル卿。以後は、長老との交渉はすべてわが手に委ねられ、あなたはこのルザリクにとどまって、わが民のために戦っていただきたい。どうか、ご承知くださいますように」
いきなりとんでもない要求をしてくる。だが、予想どおりだ。
こいつの本当の狙いは──この俺をルザリクに篭絡し、自分の手駒として利用することにある。そのためにエンゲランは、わざわざ魔術工学研究所とやらに依頼して、銀宝冠に特殊な細工を仕掛けていた。他人の理性を消し去って操り人形とする、いわゆる生体ゴーレムの術法を施した魔法の烙印を、銀宝冠の内側に彫り込んだのだ。うっかりこいつをかぶってしまうと、額に強制魔法の烙印を刻まれ、たちまち生体ゴーレムと化してしまう。
たとえ勇者といえども、肉体に直接刻み込まれた強制魔法には、もはや抗うことができない。俺はエンゲランの忠実な人形として生きることを余儀なくされてしまうだろう。そのうえで、俺から得た直筆お墨付きを振りかざし、長老と交渉を開始する──リリカとジーナの調査によれば、エンゲランが当面の目標としているのは、長老にルザリクの独立を承認させ、その王に収まることらしい。俺という戦力を手許に置くことで、長老に対する脅迫のカードにも使えるわけだ。
「う、ううっ……!」
俺は苦悶の声を発し、首をぶるぶると左右に振った。
「──なにっ?」
このリアクションは、エンゲランには予想外だったようだ。白皙の美貌に驚色をたたえ、わずかに後ずさるエンゲラン。そこへすかさず、ルミエルが声をあげる。
「アークさまー! いったいどうなさったのですかー。これは、どういうことですか、市長さま」
うわ、ひでえ棒読み。まあいいけど。
続いてフルルも声をはりあげた。
「さっきの呪文はぁ、ま、まさか、強制魔法ー?」
これまたわざとらしい棒読み。もう少し肩の力抜けよ。
次第に観客席がざわめきはじめた。いったい何事が起こっているのか──誰もが不思議そうな、あるいは不審げな眼差しをステージに向けている。
「なっ、何を言っているんだ? 私は、そのような……」
とぼけつつも、さすがに慌てはじめるエンゲラン。
俺は、低く唸り声をあげつつ、ぐっとエンゲランを睨みつけた。
「ぐぬうぅぅぅぅ……」
肩を震わせ、一歩、エンゲランのほうへ向けて踏み出す。ルミエルが叫ぶ。
「ああーっ! こ、これはぁ! 強制魔法が、暴走しているー?」
もう棒読みってレベルですらない。わざとらしいにもほどがある。
「ぼ、暴走? そんなこと、あるわけが……ま、まさか、失敗……?」
うろたえ顔で、さらに後ずさるエンゲラン。
「や、やっぱり! 強制魔法だったのね! なんてひどい! わたしたちを、だましていたのね!」
フルルの壮絶な棒読みが炸裂する。つい噴き出しそうになるが、いや、ここはなんとか耐えねば。
俺は、苦悶の表情を浮かべつつ、ぎらついた眼光をエンゲランに向ける。だが、こみあげてくる笑いがこらえきれず、口の端が変な具合に吊りあがってしまう。それがかえって、いっそう不気味な陰影をつくりだしたようだ。
「ぐううぅぅおおおおー!」
喉の奥から搾り出すように、唸り、吼える。だんっ! と、力強くステージを踏みしめ、さらに一歩。
「ひっ、ひいぃ!」
エンゲランは、すっかり血の気も失せた様子で、情けない悲鳴をあげた。
「な、なぜだ……? 術者が命じない限り、暴走などするはずが……!」
あー、やっぱり。数日前に出会った翼人奴隷どもは、暴走させられていたのか。それもこいつが命じたんだろうな。どうせ目的は戦闘力のテストとかだろうが。
観客席にも急激に動揺が広がっていく。あからさまに様子がおかしい勇者と、それにビビりまくる市長。従者たちは、強制魔法だの、騙しただの、おだやかならぬ台詞を口走っている。騒然とした空気がホール全体を満たしてゆく。
「くっ! かくなるうえは! ──警備兵! 今すぐ、この者たちを取りおさえよ!」
たちまち、観客席の左右後方に控えていた警備兵たちが、手に手に剣や槍を押っとり、ステージめがけ殺到してきた。その数、ざっと三十人ほど。観衆も総立ちで騒ぎ乱れ、驚声喊声飛び交うなか、警備兵らはとうとうステージ上まで駆けあがり、鋒刃をきらめかせつつ、四方から俺たちを包囲した。
「さ、さあ、おとなしく縛につくがよい! さもなくば……」
エンゲランの台詞も終わらぬうちに、俺はアエリアを抜き放ち、手近の警備兵五人ほど、一刀のもとにその首をはねとばした。
剣閃一舞、兵どもが一斉に血煙を噴いてばたばた倒れ、周囲に生首が落っこち転がってゆく。
「な、なっ……!」
途端、エンゲランの顔が驚愕と恐怖に激しくひきつった。観客席からも悲鳴があがる。
「い、いけません! アークさまー!」
ルミエルが叫んだ。棒読みで。
一方、フルルはこの間隙に素早く舞台袖へ移動し、ステージから姿を消している。これも打ち合せの手筈どおり。
左右より襲いくる槍先をかいくぐりつつ、俺はさらにアエリアを縦横に振るい、その場の警備兵どもを続々薙ぎ払い、斬り殺していった。
あっさり警備兵は全滅し、ステージはいまや一面血の海。勢いあまって司会者の人まで斬ってしまった。エンゲランは、恐怖のあまり、全身をわなわな震わせながら、その場にへたり込んだ。
「ぐぬうううううぅぅぅ……!」
俺は、再び飢狼のごとき唸りをあげつつ、血刀を手に、エンゲランの前に仁王立ちして、ぐぐっと睨み据えた。
「ひっ! ひぃぃぃ! や、やめ……!」
もはや恥も外聞もなく、悲鳴をあげて泣訴するエンゲラン。
「アークさまー、お、おやめくださいー。どうか、正気にお戻りくださいー」
わざとらしく声をはりあげるルミエル。いや本当にどうにかならんのかその演技。
観客席のほうは、次第に静けさを取り戻しはじめている。奇妙な熱気と、微かなざわめきのなか、観衆千人余、その誰もが、いまや息を呑んでステージを注視し、ひたすら事の成り行きを見守っている。
では、仕上げといこうか。




