110:輝く銀宝冠
先刻リリカとジーナから受けた報告によれば、エンゲランの市長公室からは、魔術工学研究所とやらの書簡のほか、中央霊府との往復書簡が見つかっている。
書簡のなかで、長老はエンゲランに対し、勇者一行をルザリクで徹底的に歓待し、足止めしつつ説得懐柔するよう依頼しているという。エンゲランが俺に説明したような、勇者一行を捕縛檻送せよ──などという指図は、その文面からは見当たらなかったそうだ。
つまり、ルザリク全市を挙げて俺を歓迎するというのは、もともと長老側の既定の方針であって、エンゲラン個人の考えではない、ということになる。やはり長老は俺を懐柔するつもりだったようだ。
では、エンゲランがわざわざ独断で長老の意図を正反対に捏造し、脅迫めいたシチュエーションを演出してまで、俺に長老との交渉を一任するよう迫ってきたのはなぜか?
勇者と長老、その両者の間をうまく立ち回って、さらなる出世への足がかりとする──常識的には、そんな答えに落ち着くはず。だが、エンゲランには、もっとタチの悪い思惑があるようだ。あいつは人の善さげな貴公子の仮面を被りつつ、俺を陥れようと画策している。その確証はすでに掴んだ。きっちり返り討ちにしてくれるわ。ついでにルザリク市民のハートもがっちりキャッチして、俺の支持基盤に加えてやろう。そのためのプランも、もう立ててある。
俺たちは役人どもの案内でいったん控え室に入り、衣冠服装をあらためて出番を待つことになった。といっても、俺は今更着替える必要もないが、ルミエルは鏡の前で忙しく髪型をととのえ、フルルも髪飾りなんぞの角度を気にしている。
「ちょうどいい。この時間を利用して、打ち合わせをしておこうか」
「はい?」
「なんの打ち合せ?」
二人が同時に訊いてくる。
「そのまま聞け」
俺は少し声をひそめ、まずエンゲランが画策している陰謀について、かいつまんで説明し、そのうえで、これから俺たちが始める即興ステージのプランを披露した。すでにリリカとジーナの二人にも、こまごまと指示を出しているが、ついでにルミエルとフルルにも、ひと芝居打ってもらえば、より趣向を凝らしたステージに仕上がるはずだ。
説明を聞くうち、二人の顔に、驚愕の色がありありと浮かびあがっていく。驚きは、次第に怒りへと変わっていった。二人とも、ひとたびはエンゲランと打ち解け、夜もすがら語りあっている。それがすべて、俺たちを陥れるための演技にすぎなかったと知れば、腹が立つのは当然だろう。
「……以上だ。二人とも、大女優にでもなったつもりで演じてみろ。べつに棒読みでもかまわんがな。ようは、それっぽく見えればいい。大団円で幕引きといこうじゃないか」
そう説明を締めくくると、二人は、力強くうなずいてみせた。もう殺る気満々のようだな。
あ、そうだ。そろそろアエリアを起こしておかないと。
──オキシドール。
おっと、起きてたのか。ていうか、なにゆえ過酸化水素水。
──アバレル。アバレレバ。アバレルトキー。
わかったわかった。暴れさせてやるから、もう少し待ってろ。
では、ステージの幕を開けよう。主役は、むろん俺様だ。
俺たち三人は舞台袖へ移動した。すでに壇上ではエンゲランが、ホール内の聴衆へ一大演説をぶちあげている。
「──伝説の勇者とは! 魔王を討ち、世界に平和をもたらす救世主! この英雄の中の英雄が、もったいなくも、わがルザリクへお立ち寄りくださった! この良き日に、また勇者さまは、自身、長老に敵するなどという巷の俗説を否定なさり、不肖、このエンゲラン・シュイジーに、交渉代理人の大任をお命じくだされたのです!」
たちまちホール内に大きな歓声と拍手が湧きあがる。そんな盛り上がるとこか、ここ?
どうせ観客席にも相当数サクラがいるんだろうな。そういう演出には長けてそうだし。
拍手がやむと、エンゲランはひと呼吸おいて、さらに語りはじめた。
「……市民諸君。私はルザリク市長として、勇者さまがわがルザリクへお示しになられた格別のご厚情に感謝し、また今後の勇者さまのご活躍を心より祈念するものです。ついては、勇者さまへ、名誉市長の称号をお贈りするとともに、勇者記念館を建立し、とこしえに英雄のご偉業を讃え、語り伝えてゆきたい所存です……」
再び湧き上がる拍手喝采。
名誉市長ねえ。また微妙な称号だ。さっきエンゲランが言ってたサプライズってのは、そういうことか。あんまり嬉しくないけどな。
前振りの演説が終わったところで、おもむろに司会者が絶叫寸前の声をはりあげた。
「では! 伝説の勇者アンブローズ・アクロイナ・アレステル卿! 及び、その従者の方々! どうぞステージへいらしてください! 市長アンゲラン・シュイジーより、ルザリク全市民を代表して、勇者アレステル卿へ、名誉市長号、ならびに、その証たる銀宝冠を贈呈いたします!」
その声と同時に、透け透けの薄絹をまとった、ちょっときわどい服装の女エルフが、白い盆をささげ持って、ステージに姿をあらわした。盆の上に乗っかってるのが、その銀宝冠とやらのようだ。
俺たち三人は、舞台袖からステージ中央のエンゲランのもとへ、連れ立って歩み寄った。たちまち観客席から割れんばかりの拍手と歓声が浴びせられる。
まずエンゲランが、女の手から盆を受け取り、俺のほうへ恭しく捧げ奉った。
「さあ、アレステル卿。お受け取り下さい。この宝冠を戴かれた瞬間より、わがルザリクの名誉市長として、アレステル卿の御名はいよいよ高まり、その業績は新たな伝説として、とこしえに語り継がれることとなりましょう。さあ……」
慇懃かつ丁寧な態度とは裏腹、エンゲランの目には爛々と興奮の色が浮かんでいる。
俺は、つと両手を伸ばし、盆上の銀宝冠とやらを掌で包むようにして、そっと持ち上げた。
そのまま、銀宝冠を、すぽっと頭に載っける。
すかさずエンゲランが、何事か呪文を詠唱した。
次の瞬間。銀宝冠が突如、四方へまばゆい輝きを放ち──閃光が、俺の視界を真っ白に染め上げた。




