109:ウクレレとお墨付き
市庁舎別棟、多目的ホール。
数百人の兵士たちが物々しく周辺警備を固めるなか、俺を歓迎する式典とやらに詰め掛けた市民およそ千人余。市の名士や富豪といった貴賓だけでも三十余名。ホール奥に大掛かりなステージをしつらえ、その上で貴賓挨拶だの楽団の演奏だの劇団のお芝居だの、どうでもいいプログラムが進行していく。俺たちは最上段の特別観覧室とやらでそれらを見物しているわけだ。VIPルームってやつだな。
この式典自体も、前々から入念に準備されていたようで、とくに地元の子供たちで構成される「ルザリク少年少女合唱隊」とやらは、ここ一週間というもの、泊まり込みの合宿を実施し、寝る間も惜しんで猛特訓を積んできたのだという。確かに、見事なハーモニーだとは思うが。
勇者さまは光
勇者さまは魂の光
生けとし生きるすべてのものの希望
悪い魔王をやっつけて
ぼくらの未来と生命と財産と利権と金利と配当を守ってくださる
ああ勇者さま、ああ勇者さま、牡蠣くえば、鐘が鳴るなり勇者さま
……誰だこんなもん作詞作曲した奴は。配当ってなんだ。牡蠣じゃなくて柿だ。いやそこは突っ込みどころじゃないか。
「いかがです? いい歌でしょう。まるで心に染み入るような──」
観覧室に同席するエンゲランが、爽やかな笑みを向けてくる。さすがにもう浴衣ではない。礼装っぽいパリッとした蒼衣をまとい、貴公子然と振舞っている。
「ちなみに作詞は私です」
オマエかよ!
「まあ、そうだったんですか。本当にいい歌でしたね」
ルミエルがにっこり笑って応えた。
「とくに、財産と利権と金利と配当、というあたり、胸がきゅんっと締め付けられるようで……」
おまえは財布の紐でも締めとけ。
フルルは、ひたすら目を輝かせてステージに見入っている。こういう催しを見物するのは生まれて初めてだそうだ。そりゃ目に入るものはなんでも珍しくて楽しいだろうな。
それはともかく──なんか、俺も後で、ステージに上がって、主賓挨拶みたいなものをせねばならんらしい。そりゃ、式典ってのはそういうもんだしなぁ。しかし面倒くさい。
勇者様の有難いお言葉は、市民たちの心に刻みつけられ、その生涯に渡って輝き続ける、何より大切な宝物となるでしょう──とかなんとか、エンゲランが全力でおだてあげてくる。でも面倒くさい。いっそルミエルに任せようかな。
「……ところで」
やや声をひそめて、エンゲランがささやいてくる。いくら美形だからって、あんまり顔近づけるなよこの変態め。
「例の件は……お考えいただけましたでしょうか。私に長老との仲介を一任いただくという件ですが」
昨夜の話か。
俺の考えは、まだまとまっていない。こいつが本当は何を狙っているのか、その情報が揃っていないからだ。リリカとジーナが、いま必要な情報を集めているはずだが──。
ステージ上では、ひらひらのドレスを着たダンサーたちが、伴奏に合わせ、靴を鳴らして踊っている。俺はそれを眺めながら、どう返答しようか、ちょっと考えた。
──このタイミングでエンゲランがわざわざ聞いてきたのは、式典終了までに答えを出せ、という意思表示だろう。
この多目的ホールの周囲は、数百もの警備兵でがっちり固められている。名目はむろん会場内外の安全と秩序の維持だが、返答次第によっては──というエンゲランの無言の圧力を感じる。加えて、ホール内には大勢の市民が収容されている。正義の勇者たる俺が、無辜の民を巻き添えにしてまで抵抗することはありえない──そんな計算もあるかもしれない。穿ち過ぎかもしれんが。
昨夜、リリカとジーナから生体ゴーレムの話を聞かされて以降、エンゲランへの疑念は募るばかりだ。
ちょうどステージに一旦幕が下りて、休憩時間に入った。
「その話は、後でする」
一応、そう告げておいて、俺はささっと席を離れた。
観覧室を出て、廊下向かいのトイレへ。
さて、いざ用を──というタイミングで、突如、パカン! と小気味よい音が響き、天井の一部が開いた。
そこから、音もなく飛び降りてくる、二つの人影。
「わが主。急いでお伝えしたいことが……」
リリカとジーナだった。またなんという場所に出てくるものか。俺が来るのを待ってたのか?
「……何か調べはついたか」
俺は、内心ちょっと焦りつつも、平静を装って応えた。おろしたチャックを、こっそり引き戻す。
「はい。市長公室から、こういうものが出てきまして……まずは、ご覧ください」
ジーナが、懐から書簡を取り出し、そっと俺に手渡してきた。
差出人は──ルザリク市立魔術工学研究所、となっている。なんだこりゃ。
トイレから観覧室へ戻ると、もうステージは再開されていた。ウクレレ弾きの独演漫談。なんか、だんだん素人演芸会みたいなノリになってきたな。
「市長。ちょっといいか?」
席につくと、今度は俺のほうから、隣席のエンゲランに声をかけた。
「はい。なんでしょう?」
「例の話だが……承知しよう。あんたに、俺と長老との架け橋になってもらおう」
おごそかに、そう告げてやる。
「──おお! それは……!」
たちまちエンゲランは喜色満面、席を離れて、さっと俺の前に跪いた。
「ご快諾いただき、まことに光栄の至りにございます。では、以後は何事も、このエンゲラン・シュイジーにご一任ください。不肖ながら、粉骨砕身、犬馬の労をお誓い申しあげます」
おそろしく大仰な仕草と言葉遣いで、恭しく誓いを立てるエンゲラン。だが、その表情には、仕済ましたり──という内心が、かすかに透けて見えるようだ。
エンゲランは、俺に直筆のお墨付きを求めてきた。それを根拠として、いわば俺の代理人となり、長老との間を取り持つという寸法らしい。俺はその場で一筆したため、エンゲランに手交してやった。
「おお、感謝いたします。これで万事うまくいくことでしょう」
エンゲランは喜悦の色もあらわにお墨付きを押しいただくと、そっと懐におさめた。
「それでは、めでたくお話もまとまったところで、皆様そろそろ、ステージ裏のほうへ移動をお願いいたします。わがルザリクの民に、ぜひ、ぜひ、アレステル卿の金言を賜りますよう。またその際には、我々からも、ちょっとしたサプライズを用意しておりますので」
とことん丁重に出座を促すエンゲラン。内心嬉しくてたまらない様子だ。うまく俺を誘導し、嵌めたつもりになっているようだな。
だが、先程リリカとジーナがもたらした書簡と情報によって、エンゲランの狙いはすでに判明した。こいつは俺の敵──それもかなり悪辣な敵だということも。
この場でさくっとぶち殺してやってもいいんだが、それはちょっと芸がなさすぎる。なんの根拠もなしに、いきなり市長を殺害したとあっては、ルザリクの市民も素直に俺に服すまい。それでは後々面倒なことになる。ここはきっちり機会を捉え、たっぷり趣向を凝らしつつ、エンゲランの策を逆用してやろう。
楽しいステージになりそうだ。




