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106:夜の来訪者たち

 エンゲランの提案について、俺は即答を避けた。エンゲランも、そう強いて結論を急いでいる様子はない。とりあえずその場は散会となった。

 俺たちは部屋へ戻り、押入れから布団を引っ張り出して就寝準備。ずいぶん上等な羽毛布団だ。まともな寝床は久しぶりだな。ただ、まだ寝るには少し早い。


 あえてエンゲランの提案に即答を与えなかったのは、こちら側の手持ちの情報が少なすぎるからだ。まずは、エンゲランの言う、長老が俺たちを捕縛せよと命じた──という話。そもそも、これが事実かどうか。長老がどんな奴かまだ知らんが、エンゲランごときに俺をどうにかできるなどと本気で思うほど長老は愚物なんだろうか。また、エンゲランは俺と長老の仲介役をつとめるというが、そこにどんな思惑、狙いがあるのか。どんな見返りを求めているのか。このあたりを、ある程度ハッキリさせておかないと、安易にホイホイ乗っかる気にはなれん。

 俺の推測が正しければ──もうほどなく、そのへんの情報も、俺のもとへもたらされることになるはずだ。


「アークさまっ」


 ルミエルが、浴衣を乱して、しなだれかかってくる。あんなにバカバカ呑んでたくせに、ほとんど酒の匂いがしないのは、どういうわけだ。恐るべきアルコール分解能力。


「勇者さまぁ」


 反対側からフルルが抱きついてくる。こいつはそもそも酒は呑んでないが、ちょっと魚くさい。ビワーマスの塩焼きを一人で三尾も平らげてたからな。あれは、ここいらじゃ目が飛び出るような価格で取り引される超高級魚で、フルルは生まれて初めて食ったそうだ。こいつにも、いずれ新鮮なダスク産を食わせてやりたいもんだな。


「ねーねー、しないの?」


 フルルが訊いてくる。いや、したいのは、やまやまなんだが。


「まだ早い。もう少し待ってろ。もうぼちぼち、来る頃合だと思うんだが」

「来る? なにが?」


 きょとんと首をかしげるフルル。ルミエルも怪訝そうな顔つきで俺を見つめた。

 不意に、バカンッ! とけたたましい音が響き、部屋の隅の畳が一枚、はね上がった。


「……来たか」


 床下から、風のようにさっと飛び出し、俺の前に跪く二つの影。


「お久しぶりです、わが主!」


 二つの声が唱和する。相変わらず息ぴったりだな。

 俺様の飛耳鳥目こと、リリカとジーナ。ようやく到着か。





 フルルが、ぽかーんと口を開けたまま、こちらを見ている。そりゃ、いきなりくノ一が畳をはね上げて床下から飛び出してきたら驚くわな。ルミエルでさえ、少々目を丸くしている。


「フルル、紹介しておくぞ。こいつらは俺の専属忍者。北霊府出身のリリカとジーナだ」

「に、ニンジャ? ──オォーゥ! ゲイシャ、ハラキリー!」


 いきなり素っ頓狂な声をあげるフルル。どこのガイジンか貴様。巻き舌はやめなさい。


「ジーナよ。よろしくね、フルルさん」

「私はリリカ。あなたのことは、もう知ってるよ。さすが、主のお眼鏡にかなうだけあって、可愛いのね」


 二人はにっこり笑ってフルルに自己紹介した。対するフルルは、可愛いと褒められたのがよほど嬉しかったのか、ふにゃふにゃと照れ笑いを浮かべている。


「え、えへへ……。よろしく、ジーナさん、リリカさん」


 やたらおだて言葉に弱いな、こいつは。

 それにしても、すでにフルルのことを知っているとは。さすがは忍者、抜け目ない。


「二人とも、お元気そうですね」


 ルミエルも、なんだか嬉しそうだ。西霊府の露天風呂では、あれこれフランクに語り合った仲だしな。二人も微笑んで挨拶を返した。


「ルミエルさんも、ご健勝でなにより」

「ダスクでのご活躍は聞いてますよ。大儲けなさったとか」


 そんなことまで知ってるんかい。なんせ大勢の信者から、たっぷり喜捨を巻き上げたからな。信者という字を合せば、すなわち儲。宗教ってのは儲かるもんだ。

 二人は、西霊府から出発後、徒歩で間道からビワー湖畔へ抜け、このルザリクを経由して、俺の指示どおり中央霊府に潜入していた。むろん目的は、長老とフィンブルに関する情報収集。


「ある程度の情報は集まったので、所定の目的は果たしたと判断し、ルザリクに戻って宿屋で待機しておりましたが……」


 ジーナが説明する。


「市長が近々、じきじきに勇者さまをお出迎えして、その際には盛大なパレードも行われる、という噂を聞きまして。実際ここ数日、市中はパレードや式典の準備でずいぶん慌しかったのです。せっかくわが主がルザリクに到着されても、そんな騒ぎになってしまうと、宿屋で普通に合流するのは難しいと判断しまして、こうして我々のほうから参上いたしました」


 さすがは優秀なくノ一たち。的確な判断だ。

 なんせ俺たちは、正式に市長の客として迎えられてしまったからな。こうなると、相手側の都合もあることで、俺たちはあまり好き勝手には動けない。まったく動けないわけではないが、どこへ行っても市民の注目を集めてしまうだろう。この二人なら、そこらへんの事情を汲んで、きっと自発的にこっちへコッソリ出向いてくれるだろうと思ったのだ。俺がエンゲランへの返事をひとまず引き延ばしたのも、この二人の到着を予想していたからだった。


「ともあれ、よく来てくれた。ずいぶん待ったんじゃないか?」

「ええ、それはもう」


 リリカがちょっぴり苦笑しながら応える。


「中央からこのルザリクへ戻って、もう一週間ほどになります。宿代がかさんで、いただいた路銀もだいぶ減ってきてしまったので、一時はどうなることかと……」


 路銀って俺が与えた銀貨十袋のことか。あれってエルフ役人の俸給三年分くらいに相当する額だぞ。どんな使い方をしたんだ、こいつら。情報収集のために、よっほど無茶なばら撒きをやったとみえる。

 あー、そうか。わざわざ急いで俺のもとへ馳せ参じたのは、そういう事情もあってのことか。滞在費がピンチで、早々に俺のもとへ戻らないとヤバいと。よしよし、たっぷりお給金をはずんでやるから心配するな。


「さてと。では、全員揃ったところで……」


 俺は浴衣の帯を外しつつ、リリカ、ジーナ、ルミエル、フルルの四人を眺め渡した。


「まずは、全員まとめて可愛がってやる。どこからでも、かかってくるがいい」


 小難しい報告を聞くのは後回し。まずはお楽しみだ。

 四人は一斉にうなずき、俺のもとへ、そっとにじり寄る。


 かくして、夜のゴングは打ち鳴らされた。



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