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105:酒中座興

 俺とルミエル、フルル、そしてエンゲラン。主客わずか四人の小宴も、旅のよもやま話とともに佳肴酒杯はめぐり、こもごも、和やかな談笑のひとときは更けていった。


「……そうでしたか。では、アレステル卿のご活躍で、ダスクの漁は復活したのですね。あそこのビワーマスは、このアメンダ産よりさらに上質だと、かねて噂には聞いております」


 エンゲランは卓上の一皿をさし示しつつ、うなずいてみせた。アメンダ産ビワーマスの塩焼き。以前、あのミレドアがアメンダ産をゴミ呼ばわりしてたが、さすがにそこまで酷くはない。これはこれで、なかなか旨い。むろんダスク産には及ばないが。

 エンゲランのホストぶりは意外に巧みだった。たんなる聞き役ではなく、時折うまく私見や感想を差し挟みながら、どんどん話題を誘導していく。さすがに政治家らしく、頭も舌もよく回るようだ。おかげでルミエルもフルルも、余計なことまで、ついつい口を滑らせてしまう。それでもルミエルなどは、ダスクで一大教主を演じて住民を鼓舞したことは明かしても、その住民から膨大な銀貨を巻き上げたなど、やはり伏せるべき部分はきちんと伏せる分別があるが、フルルは自分が湖族の頭目であったことや、ジガンを嬲り殺した一件などまで得々と自慢げに語るので、さすがのエンゲランもちょっと引き気味になっていた。


 そもそもフルルは当初、エンゲランをかなり警戒していたはずだ。それが今ではすっかり打ち解けた態で楽しそうにお喋りしている。エンゲランの演出と誘導にうまうまと乗せられた、ということだろう。エンゲランは、そうしてこちらをリラックスさせておいて、何か重大事を切り出すタイミングを見計らっているようだ。こっちはそれどころじゃないけどな。なんせ卓上にはビワーマスだけでなく、焼き松茸だの鯨の尾の身だの竜肉の蒸し物だの、まだまだ豪奢な珍味がひしめいている。今はエンゲランの思惑なんぞより、そちらを堪能するのが優先事項だ。





 料理もあらかた片付き、さらに美酒交歓ひとしきり──といっても、がばがば飲んでるのはルミエルだけだが──エンゲランは役人に命じて、小さな竪琴を部屋に持ってこさせ、「酒中の座興に」と、手ずから演奏しはじめた。

 エンゲランが奏でたのは、いまルザリクで流行しているという、甘ったるい調子の単純な曲だ。下手ではないが、以前ルードの演奏を聴いてるので、それと比べてしまうと少々物足りない。とはいえあくまで座興、ここはせいぜい拍手喝采して、褒めそやしておくのが無難だろう。ただフルルだけは、割と本気で感心してるようだったが。これまで、あまりそういう趣味に触れる機会がなかったんだろう。こいつにも、いずれルードの演奏を聴かせてやりたいもんだ。ルードの竪琴とフルルの歌声が組み合わされば、最高のユニットになりそうな気がする。


「いや、これはどうも」


 エンゲランは上機嫌そうに微笑んでみせた。場も盛り上がったところで、頃は良し──と判断したか、ふと、エンゲランの目もとから笑みが消える。


「ところで、アレステル卿。今度の旅は、わがエルフの長老へウメチカ王の親書をお届けすることが目的と伺いましたが」


 おお。ぼちぼち本題に入るようだな。


「一方で、このような噂も聞こえています。アレステル卿は、長老を討たんとして中央霊府を目指している──とも」


 エンゲランは、やや声をひそめた。


「……どちらが、事実なのですか」

「さあ。どうだろうな」


 俺は肩をすくめてみせた。どうせこいつも、俺が翼人への伝染病蔓延を阻止しようとしていること、そのため西霊府のオーガンと手を組んだことなどは、もう知っているはず。湖賊のハッジスでも知ってたことだし、こっちも特に隠しだてはしてないからな。すでにある程度、俺の旗幟は明らかになってるわけだ。にも関わらず、訊くまでもないことを、わざわざ訊いてくる。そこにどういう狙いがあるのか、見極めなければ。


「そう、おとぼけにならず……本心をお聞かせ願えませぬか」

「本心?」

「ええ。つまり、アレステル卿……あなたが、長老を具体的にどうなさるおつもりなのか。問答無用で敵対をなさるのか、あるいは、話し合いの余地があるのか……そのあたりですが」

「それをあんたが聞いて、どうする?」


 エンゲランの眼光が、鋭く俺を射抜いた。顔は相変わらず笑っているのに、目元だけが険しい。器用な奴だ。


「……実をいいますと、中央霊府から、布令が届いておりまして。勇者一行がルザリクへ入ったならば、ただちに捕縛し、中央へ檻送せよ──とです」


 ほう。それは意外な。長老はてっきり、俺を懐柔しにかかるものと予想してたんだがな。それが事実だとすると、長老は自ら求めて滅びの道へ踏み出したことになる。救いがたい愚物だ。

 俺の横で、フルルは少々目を丸くしている。実は逮捕するつもりでした、とか突然聞かされりゃ、普通は驚くわな。それと対照的に、ルミエルはかすかに苦笑いを浮かべている。エンゲランの手勢ごときが、俺様をどうにかできるわけがないからな。


「しかし、私としては、いくら長老の指図とは申せ、唯々と承諾できる話ではありません。アレステル卿は伝説の勇者、この世界の最後の希望。われらの救世主たるべきお方を、ゆえなく縄目にかけるわけにはまいりません。それで、あえて布令に背いても、街をあげてアレステル卿をむしろ歓迎し、ひとつ、その真のご意中をじっくりお伺いしたいと愚考いたしまして。もし、もしも噂がデマに過ぎず、長老と敵対するおつもりがない、もしくは、たとえ噂が事実としても、まだわずかにでも長老と話し合うおつもりがアレステル卿におありならば──」

「ならば?」


 俺が促すと、エンゲランは、やや姿勢を改め、俺を見据えた。


「私が仲介し、その旨を長老にご報告申し上げましょう。どうか今後のことはすべて、私にお任せ願えませんか。不肖エンゲラン・シュイジー、けっして悪いようにはいたしません」


 きっと表情を引き締め、宣言するエンゲラン。つまり、逮捕されたくなければ、自分を仲介役として長老と交渉しろ、と遠回しに脅迫してるわけだ。どういうつもりでそんな提案をしてきたのか、いまいちわからんが、あるいは仲介役として俺と長老の間を取り持つことで、中央霊府に対する自分の立場や影響力の強化を狙っているのかもしれない。他にも何やら思惑がありそうな気はするが、今の時点では、どうとも推測できん。

 エンゲランを仲介として、長老と交渉か。悪い提案ではないが──さて、どうしたもんかな。

 何かちょっと、魚の小骨のように、喉のあたりにひっかかるものを感じるんだが。



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