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104:スースーするの

 エンゲランの乗馬を案内として、俺たちの馬車は街の大門をくぐり、広い大通りをゆっくりと進んでゆく。

 彼方には威容堂々たる白い城館がそびえているのが見える。あれが市庁舎か。


 こちらは別に、そんなとこに用事はないんだがな。エンゲランのほうから、小宴の準備もしてあるので、どうかお立ち寄りを──とかなんとか熱心に求めてきたんで、言われるまま、ついて行ってるだけだ。断る理由もないし。

 木造の建物が居並ぶ街並みは整然としていて、意外に洗練されている印象。あの移民街と雰囲気がよく似ている。それはいいが。


 俺らの馬車の前面に、脇から楽隊が合流し、当然のように先を進んで、鼓笛喨々と高らかに奏で、後続にも歩卒の一隊が足並み揃えてつき従っている。通りの左右には大勢の市民だか見物人だかが詰め寄せ、わあっ、わあっと、こちらへ歓声を送ってきていた。いきなり大パレードの様相。なんだこりゃ。

 エンゲランとやらの性癖はさておき、ルザリクの市長ともある人物が、じきじき街門まで俺を出迎えに来たというのは、単なる儀礼とも思えない。そしてこの異様な歓迎ぶり。いくら俺様が有名人で救世主だといっても、この手際のよさには、さすがに首をかしげざるをえん。


 俺だけでなく、フルルも同様の感想を抱いたようだ。


「まるで、前々から準備してたみたいだね。こんな大勢でお出迎えなんて。なんか……変な感じ」

「不自然だと思うか?」


 フルルはこっくりうなずいた。


「うん。うまくいえないけど……普通じゃない気がする。わたし、前に何度か、ここ来たことあるけど、もっとのんびりとした、静かな街だったのに」


 そういえば、門前の警備の物々しさにも、フルルは不審げな様子だった。少なくとも、フルルの主観では、この現状はかなり不自然に感じるようだ。こちらも少しは警戒しておいたほうがいいかもしれんな。





 馬車は市庁舎の敷地へさしかかる。巨大な木門の向こうに、宏壮な芝生の前庭を備え、その奥には波のような青瓦の屋根を三層も四層も重ねた白壁の本棟が連なりそびえている。俺はエルフの建築様式やらの知識はまったく持ちあわせていないが、その外観の優美さには、思わず目を奪われた。政庁というよりは、まさに城館といったほうがぴったりくる建物だ。

 俺たちは前庭で馬車を降り、三人揃って本棟へ招き入れられた。


 内部はわりかし普通の木造建築という感じだが、天井がやたら高い。廊下がとにかく広い。長い。壁や天井には様々な銀製の調度があしらわれている。燭台ひとつとっても、見るから複雑な彫刻が施され、いかにも名工の手になる逸品という風情。


「長旅、さぞお疲れでしょう。お部屋を用意してありますので、まずは、おくつろぎください。今宵は心ばかりの小宴。いささか粗酒と粗肴を準備させておりますので」


 エンゲラン自身が案内に立って、まさに下にも置かぬ丁重な迎接ぶり。

 こいつには、色々聞きたいこともあるんだが──後でいいや。


 まずは、そうだな。風呂に入りたい。風呂。なんせミレドアの家で五右衛門風呂に浸かって以来、まともに風呂に入ってないからな。水浴びくらいはしてるが、やっぱり風呂入らないと。


「むろん、湯殿も用意してございます。じっくり旅の疲れを癒してください」


 エンゲランが、まるでこちらの内心を読んだかのごとくに言う。では遠慮なく風呂だ風呂。

 まず宿舎となる部屋──二十畳くらいありそうな無駄に広い和室──に通された。個室ではなく三人一緒に泊まれるようになっている。そのすぐ隣りが大浴場。しかし混浴でなく男女別々だった。おのれ。


 浴場はもちろん貸切りだ。普段は市の役人たちが共同で使っているという。

 湯船はがっしりした檜風呂。なんか身体に良いとか聞いたことがあるが、本当かね。


 久々にのんびり湯に浸かって、脱衣所に戻ると、浴衣が用意されていた。西霊府の温泉宿を思い出すな。

 それに袖を通しつつ、ちょっと違和感。


 この後、歓迎の宴をやるとエンゲランは言ってたが、浴衣でそれに出ろってのか。観光や湯治で来たわけじゃないんだがな。別にいいけど。

 部屋に入ると、もうルミエルとフルルも戻ってきていた。ルミエルの浴衣姿は前にも見たが、フルルは……これはなんともまた、可愛いらしい湯あがり美少女。薄く火照った頬や肩口が、ちょっとだけ、色気らしきものを醸し出している。


「に、似合う……?」


 恥ずかしそうにきいてくるフルル。


「この娘、浴衣は生まれて初めてだそうですよ。私が帯を締めてあげたんです」


 ルミエルがニコニコ微笑みながら説明する。


「はいてないんだよな?」


 俺が聞くと、ルミエルは当然のようにうなずいた。


「ええ、はいてません」

「スースーする……」


 フルルは微妙に頬を赤らめ、うつむいた。そうか。やはり浴衣は、はいてないのが基本だな。


「二人とも、よく似合ってるぞ。フルルも、ういういしくて可愛いじゃないか」

「ほ、ほんと?」

「ああ。後でまた、俺がじっくり脱がしてやろう」

「えー? もー、勇者さまのケダモノー」


 ケダモノだもの。

 とかなんとかやってるうちに、迎えの役人が来たようだ。とりあえず、アエリアを腰帯に挟んで、部屋を出た。万一ってことがあるからな。用心しておくに如くはない。


 案内されたのは、廊下奥の小さな和室。八畳間くらいかな。卓上には山海の珍味薫醸これでもかと盛られまくっているが、待っていたのは浴衣姿のエンゲラン一人。これは意外だ。もっと大掛かりな宴会でもやるのかと思ったが、当人言うがごとく、ささやかな心づくしというわけか。というかなぜ浴衣。


「お待ちしておりました。どうぞこちらへ。今日のところは、大したおもてなしもできませんが、明日、本格的な歓迎式典を執り行う予定ですので、ぜひご出席ください。今夜はまずお寛ぎになって、旅のお話などお聞かせいただきたく存じます」


 爽やかな笑顔を向け、エンゲランが座をすすめてくる。だが、その目が微妙に笑っていない。何事かあるな。これは。

 さて、どう出てくるか。まずは様子見だ。



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