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103:蒼衣の貴公子

 昼下がり。

 おだやかな陽光のもと、箱馬車は赤土色の街道をひた駆ける。


 周囲一面、視界はひらけ、若穂の揺れる田園と緑の疎林のうちに、ぽつぽつ人家らしき建物が見える。

 道はゆるやかな下り坂。行く手には、よく晴れた青空の下、見るも大規模な群落がひしめいている。


「あれがルザリクか。やっとここまで来たな」


 馬車の窓から顔を出し、はるか前方を見はるかしつつ、俺は呟いた。


「ええ。なんだか感慨深いですね……」


 ルミエルがしみじみ応える。特に苦労などはしていないが、寄り道ばかりで、やたら時間がかかったような気がする。しかも、最終目的の中央霊府までは、まだ結構な距離がある。今後は、いよいよ本格的に急がねばならんだろう。

 ルザリクは霊府と違い、森の中ではなく平野部に建設された都市のようだ。遠目には大きな茶褐色の塊のようにも見える。街道は、そのルザリクの正面大門へと直接続いている。


「あれ? 兵隊が立ってる。前は、警備の兵なんていなかったのに」


 俺と一緒に窓から顔を出していたフルルが、怪訝そうに言った。門自体は開け放たれているが、たしかに、その手前あたりに複数の人影がある。みな頑丈そうな革の外套をまとい、手には槍を持って、剣を佩き弓を負い、物々しく武装している様子だ。

 次第に、馬車が門へ近付くにつれ、向こうも、それと察したらしい。三、四人の兵が、ばらばらと道へ出てきて、立ちはだかった。


「おぅーい。止まってください、そこの馬車、止まってくださーい」


 声を投げかけてくる。俺はルミエルを促し、指図のとおり馬車を停めさせた。兵たちが駆け寄ってくる。


「通行証はお持ちで──ええっ?」


 兵士の一人が、ルミエルに話しかけようとして、なぜか驚声をあげた。


「──に、人間? まさか?」


 どういう反応だ。このへんじゃ、人間はそんなに珍しいのか。

 ルミエルは、愛想笑いを浮かべつつ、首をかしげた。器用な奴だ。


「あの……もしかして、伝説の勇者様のご一行で?」


 兵士が、おずおずと尋ねてくる。ルミエルはうなずいた。


「ええ。こちらにおられるのが、その勇者アークさまです」

「おおっ! こ、これは、失礼を!」


 兵士たちは大慌てで姿勢を正し、馬車の脇にさがって整列し、ぺこんっと一礼をほどこした。


「皆様のご到着をお待ちしておりました! わがルザリク全市をあげて、歓迎いたします!」

「……なんのことだ?」


 俺はまた窓から顔をだして、兵士に直接声をかけてみた。


「されば……」


 年長らしい中年のエルフ兵士が、やや恐縮の態で応える。こいつが隊長かな。


「伝説の勇者様の華麗なるご活躍のお噂は、このルザリクにまでも、雷鳴のごとく轟いております。市長をはじめ、ルザリクの全市民、勇者さまの御高名をお慕いすること久しく、ここへのご到着を、一日千秋、今や遅しと、日々、心待ちにしておりました次第でございます。いま伝令を市庁舎へ送りましたゆえ、すぐに市長自身、これへお出迎えに駆けつけましょう。それまで、いま少しのご猶予を」


 中年エルフは、このくそ丁寧な長台詞を、澱みもせず一気にまくしたてた。この手の慇懃さは、あまり俺の好むところじゃない。堅苦しいのが好きじゃないってのもあるが、それ以上に、不自然な感じがするからな。何が華麗なるご活躍だ。こりゃ何か裏があるんじゃないか? どうにも、そんな風に勘ぐってしまう。

 ほどなく──銀鞍白馬にうち跨った蒼衣金髪の美青年エルフが、十数人の歩卒を従え、大門の奥から堂々と姿を現した。こちらの馬車の少し手前で、ひらりと馬を降りる。ばさーっ、と、マントが華麗にひるがえり、長い金髪がふわりとなびいて陽光にキラキラ輝いた。


 ひょっとして──あれが、市長か?





「ようこそ、賓客。わたくし、このルザリクの市長を務めております、エンゲラン・シュイジーと申します。以後、お見知りおきを」


 俺が馬車から降りたところへ、美青年が颯々と歩み寄り、優雅に一礼をほどこした。豪奢な金髪は目にも鮮やか。その声は草原を吹き渡る涼風のごとく爽やかに、物腰あくまで流麗に、白皙の美貌には華やかな微笑をたたえて、その絢爛たる貴公子ぶりは、さながら歩くシャンデリア。なんやらよくわからんが、そうとしか表現しようのないまばゆさだ。


「……アンブローズ・アクロイナ・アレステルだ。こんなところにも、俺の噂は届いているようだな」


 俺はあえて表情を消し、あまり気のない風を装って応えた。内心ではちょっとばかし、エンゲランとやらの、あまりに圧倒的かつ完璧な美形っぷりに舌を巻いている。とはいえ、そうと気取られるのも、なんとなく癪にさわるというか。

 ルミエルなんか、もう目を輝かせてエンゲランの姿に見入っている。楽士のルードと出会ったときもそうだったが、イケメンの前だと妙にミーハーになるんだよな。外道シスターのくせに。


 フルルはというと、さほど感心している様子はない。むしろ、胡散臭いものでも見るような目をエンゲランに向けている。あまりフルルの好みではないようだ。エルフと人間の美的感覚の違い、ということかもしれない。

 エンゲランは、さながら春の木漏れ日のような笑みを浮かべ、穏やかに囁いてきた。


「伝説の勇者、アレステル卿……。むろん、お噂はかねがね承っております。いや、まさしく、噂に違わぬ美しさ。まるで夢の国から抜け出てこられた妖精のごとく、溢れる気品と凛たる可憐さ。──ああ、この日、この瞬間を、どれほど待ちわびたことでしょう。まことに光栄の至り……」


 うっとりと俺を見つめるエンゲラン。その情熱のこもった眼差し。俺は背中に冷たい汗を感じた。

 つまり、こいつも変態か……。これだから、エルフってのは油断ならねえ。



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