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101:秋の味覚と小動物

 北へ、北へ──馬車はやや急ぎ足で駆けてゆく。

 周囲はうららかな田園風景。行く手を見渡せば、赤土色の街道は、多少左右へうねりつつ、北方の里山へと伸びている。あそこさえ越えれば、ルザリクの街も指呼の間だ。


「あの山、栗の木がたくさん生えてるんだよ。もう今頃は、実も熟してきてるんじゃないかな」


 フルルが彼方の山を指さして説明する。栗か。まさに里山の秋の味覚だな。


「なら、今日の夕食は決まりかな」


 俺がいうと、御者席のルミエルもうなずいた。


「ええ。栗ごはんとか、いいですね。皮剥き、手伝ってくださいね?」

「そうだな。あれけっこう大変だし。特に渋皮が面倒だ」

「あ、わたしもそれ手伝う! 栗の渋皮剥くの、わたし得意なんだよ」


 フルルはそう胸を張った。それはまた微妙な特技だ。

 では固い鬼皮は俺が剥き、渋皮はフルルに任せよう。


 ──里山といっても、ちょっと高台にある雑木林といったほうがぴったりくる、小規模なものだ。街道は多少のアップダウンを経て、まっすぐ北へ抜けていく。

 夕方。馬車は里山の駅亭に辿り着く。雑木林のほぼ真ん中あたり。周囲はなるほど、ブナや栗の古木が雑然と立ち並び、地面を見れば、例のイガイガがあちらこちら散乱している。


 馬を駅亭の柱に繋ぎ、俺たちは手分けして栗拾いに取り掛かった。

 自生の栗は、木から直接、実をもぎ取るのではなく、熟して落ちたものを拾い集めるのが基本だ。とくにイガイガがぱっくり開いてるものほど熟度が高くて旨い。拾ったものは、イガイガを外し、中身をどんどんカゴに放り込んでいく。単純作業だが、ルミエルもフルルもなんだか楽しそうだ。


 三人がかりで二十分ほど拾いまくると、大きめのカゴひとつが満杯になるほど収穫できた。さすがに全部いっぺんには食べきれないな。余った分は馬車に積んでおこう。

 駅亭のそばを流れる小川で、ルミエルが飯盒の米を研ぐ。俺は駅亭の屋根の下に火をおこし、その脇で、栗の鬼皮をベキベキと割り剥く。それをフルルが受け取って、渋皮を器用に剥いてゆく。確かに上手いもんだな。


 日はだいぶ傾いて、あたりは薄暗い。微風は颯々と木々の枝葉を揺らし、流水は淙々と奏で、揺れる炎は皓々と地面に影を投げかける。夕闇迫る深林は、さながら、これから眠りにつかんと、静かにまどろんでいるかのよう。

 栗を積んだカゴのすぐそばに、小さな影がちょろちょろ動き回っている。何かと見れば──尻尾がぽわんっと広がった、やや赤みがかった体毛の小動物一匹。大きさは二十センチくらいか。


 野ネズミのようにも見えるが、尻尾の特徴からして、リスだな。鼻をヒクヒク動かし、カゴの陰に隠れながら、つぶらな目で、こちらの様子を覗っている。手にはまだ剥いてない栗ひとつ──いつの間にか、カゴからちょろまかしてたようだ。

 リスと、栗か。なかなか風情のある組み合わせだ。俺は、ひょいっと手をのばし、リスの首根っこをつまみあげた。驚いて栗を取り落とし、ジタバタもがくリス。可愛いやつめ。


 栗とリス。

 栗とリス。


 里山の日は暮れてゆく。





 三人揃って、いよいよ炊きたての栗御飯を、ほっくりといただく。栗はまだちょっと小粒だったが、それでも甘みと旨みがぎゅっと濃縮されて、じんわり染み込むような優しい味わい。

 ルミエルもフルルも大喜びで箸を動かし、一杯ずつおかわりして、飯盒ふたつ分、きれいに平らげてしまった。


 食後。ルミエルが、さきほどのリスの首をへし折り、毛皮を剥ぎ、腹を割いて内臓をキレイに引きずり出したうえ、血のしたたる胴体に、ぶっすりと鉄串を突き通した。

 ニコニコ微笑みながら、そのまま焚き火でじゅうじゅう炙りはじめる。


「ダメですよー、せっかくの栗を盗んでは。いけない子には、お仕置きですよー」


 お仕置きってレベルじゃねーぞ。旨そうだけど。

 フルルは小川に水を汲みに行っている。鍋でいくつか栗を茹でて、夜食にするんだとか。


 その小川のほうから、フルルの、なんとも機嫌よさげな歌声が聴こえてきた。



 ……イガイガ、ツンツン、ついついあなたを傷つけちゃう

 でも本気じゃないの、わかってお願い

 トゲトゲの下は固い殻

 無理矢理剥くのはヤ・メ・テ・ヨ

 そっと、そっとね、優しく剥いて

 ツルンと剥けたら、おいしく食べて

 一夜明ければ、漂う香りは栗の花

 咲き乱れるのは栗の花

 嫌いじゃないのよ栗の花……



 俺とルミエルは、ふと、顔を見合わせていた。

 歌の内容はともかく──突っ込みどころ満載すぎて、むしろ何とも言えん──俺たちが驚いたのは、その歌声だ。


 天上の女神もかくや──というほどの美声。繊細で透明感に溢れ、ときに力強く、ときにか細く、メリハリ豊かな表現力。声量も音程も完璧だ。

 こんな内容の歌でさえ、つい聴き惚れさせてしまうほどの、有無をいわさぬ説得力。まさに銀鈴の鳴るが如し──あの楽士ルードにも匹敵する歌声といえそうだ。


「す、すごいですね……」


 ルミエルが目を丸くして呟く。俺もやや興奮気味にうなずいていた。これは大したもんだ。栗の渋皮を剥くのなんぞより、よっぽど立派な特技じゃないか。

 まだふんふんと鼻歌を続けながら、フルルが駅亭へ戻ってきた。水を満たした鍋を抱えて。


 俺たちの視線に気付き、ふと、フルルは足をとめた。きょとんとした顔で訊いてくる。


「どしたの、二人とも。なんかドングリを喉に詰まらせて窒息寸前のアカハラモモンガみたいな顔になってるよ」


 どんな顔やねん。


「……フルル、さっきの歌、もう一度、うたってみてくれんか?」


 俺がいうと、フルルは、慌てて首を振った。


「聴こえてた? ……やだよぉ。恥ずかしいもん」


 そりゃまあ、あの歌詞を人前で堂々とうたうのは恥ずかしいかもしれんが。


「じゃ、なにか別の歌でもいい。とにかく、うたってみてくれ。……これは、おまえの主人としての、命令だ」

「えぇー……そんなぁ」


 当人はもう忘れてるかもしれんが、こいつは一応、俺の奴隷ってことで連れてきてるわけだから、俺の命令に逆らうことは許されん。


「じゃ、じゃあ……」


 鍋を地面に置いて、フルルは焚き火のそばに立ち、静かにうたいはじめた。

 たちまち宵闇の深林に響きだす澄んだ声。歌の内容は、この近辺の土地にでも伝わる童謡か何かだろう。俺もルミエルも、しばし我を忘れて聴き惚れていた。やはり見事なものだ。


「すごく上手よ。フルル」

「素晴らしい。もっと聴かせろ」


 そう二人がかりで褒めそやすと、フルルも「そ、そう?」と、照れ笑いを浮かべた。

 二曲目、三曲目──と続けるうち、フルルも次第にその気になってきたようだ。俺とルミエルは食器を叩いて伴奏をつけ、フルルはいよいよ張り切って、瑞々しい美声を披露してくれた。


 明るい焚き火を囲んで、響く歌声。はじける笑顔。

 ささやかな小宴の夜は、おだやかに更けてゆく。


 ──それにしても、フルルにこんな才能があったなんてな。当人も気付いてなかったようだが。

 この歌声、なにか使い道がないかな。ちょっと考えてみようか。



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