100:とろふわパラダイス
殺して蘇生させてまた殺して──なんか近頃、こんなことばかりやってるな。
アエリアが、ぽそりと呟く。
──マタ、ツマラヌモノヲ、キッテシマッタ。
そりゃ俺の台詞だ。まだ暴れ足りないか?
──マンゾクー。
そうか。なら、また寝てろ。なんかあったら起こしてやるから。
──ン。オヤスミノチュッ。
また、例の真っ黒いモヤモヤ感が、俺の意識に、うにょんうにょんと入り込んでくる。前回よりさらにディープ。こんな不気味なディープスロートを経験したのは生まれて初めてだ。
ルミエルとフルルが、慌てて俺のもとへ駆け寄ってくる。
「アークさま! いったい、どうなさったんですか?」
足元に転がる翼人の血濡れた生首。蘇生させて、また即斬殺とか、そりゃ何事かと思うわな。
「生き返らせたら、問答無用で襲いかかってきた」
俺がそう応えると、二人とも、少々驚いたように目をぱちくりさせた。
「残念ながら、まともに話せる状態じゃなかったんでな。こうするしかなかった」
言いつつ、フルルに訊ねてみる
「こいつ、どう見ても理性がふっ飛んでて、正気じゃなかったんだが……エルフの強制魔法ってのは、そういうもんなのか?」
フルルは、ぷるぷると首を振った。
「そんなはずないよ。わたし、ルザリクで商人の手伝いをしてる翼人とか、何度か見掛けたけど……別に、普通だったし。この烙印にかかってる魔法って、たんに持ち主に逆らえないようにするだけだよ」
「そうか。とすると……」
こいつらを操っていたのは、先刻感じたとおり、強制魔法とは別物の何か、ということになる。それが具体的にどういうものかは、まだわからんが──なんとなく、きな臭いものを感じないでもない。
もともと翼人は四種族で最も肉体的に優れている。そのぶん脳筋だが。そんな連中から理性を消し去り、より純粋な戦闘マシーンに仕立て上げる。これはそんな魔法のようだ。
誰が、どんな目的で、そんな物騒な魔法を編み出したのか。興味は尽きないが、まだろくな判断材料もないまま憶測ばかり募らせても仕方がない。フィンブルあたりのイタズラじゃないかって気もするな。今度会ったら、ぶち殺す前に、ちょっとそのへん聞いておこうか。
「……アークさま?」
ルミエルが心配げに声をかけてくる。どうも、あれこれ考えるうち、少々難しい顔つきになってたようだ。
俺は軽く肩をすくめてみせた。
「気にはなるが……ここは、打ち捨てておくしかないな。先を急ぐか」
「ええ。そうしましょう」
ルミエルがうなずくと、フルルが横から異議をとなえてきた。
「その前に、お昼ごはんー」
おお。それを忘れてた。チーズフォンデュだっけか。
とはいえ、さっき勢い余って駅亭をぶっ壊しちまったからなぁ。メシ食うにせよ、どっかに移動しないとな。
駅亭から少し離れた湖岸のほうに、ちょうどいい具合に砂浜が広がっている。そこにゴザを敷いて、昼食をとることにした。
フルルが砂の上に手近な岩を配置し、即席の竈をつくって、そこに薪を並べて火をつける。なかなか野営慣れしてるな。おもむろに、ルミエルが土鍋を火にかけ、小間切りにしたチーズと白ワインをたっぷり放り込み、じっくりじわじわ溶かしにかかる。
俺はあまり詳しくないが、ルミエルがいうには、ワインもチーズもかなり上等なものらしい。以前、地下通路の商人たちから提供された食糧品の一部だ。
チーズがいい具合に熱され、ほわほわと湯気をあげはじめる。まず、ぐるーりと全体をかきまぜてから、串に刺した一口大の白パンを、とろーりくぐらせ、熱々をそのままいただく。
──文字どおり口の中で蕩ける舌触りと、じんわりコク深い味わい。まさに、とろふわパラダイス。
白パンも、日を経て少々堅くなってるが、こうしてチーズと一緒に食べれば問題ない。
ルミエルもフルルも、一口ごと、うっとりと味わいを語らっている。
「おいしい……! チーズの質がいいと、こうも違うんですねえ」
「とけるぅー! んんー、しあわせー!」
二人とも満面の笑顔をはじけさせている。フルルがパン切れを鍋にぽろりと落とし、あわてて拾いあげた。俺がもといた世界じゃ、こういう場合、何か罰ゲームをやらせるのが、チーズフォンデュの掟だか作法だとか聞いたことがある。この世界にそんな恐ろしい掟はないが。
少し腹も満たしたところで、ふと沖のほうを仰げば、抜けるような晴れ空。日はやや傾き、青い湖水をチラチラときらめかせている。
地図によれば、街道はこのあたりから湖畔を離れ、北の里山を経て、ルザリクの方面へと伸びている。この景色もしばらく見納めになりそうだ。一度くらい、船で周遊とかしてみたかったが、それはまた次の機会に取っておくか。緑林のハッジスや、ダスクの──あの可愛いミレドアとも、また会う約束をしているしな。
あと、ここの湖底にはエナーリアが待機しているはずだ。西岸の湖畔にはグレイセスたち黒狼部隊もいる。近々、あいつらと連絡を取って、中央霊府の近くへ呼び寄せよう。連絡方法を思案せねば。
やがて、土鍋のチーズもすっかり片付いた。三人揃ってゴザに腰を落ち着け、満足の吐息とともに、静かな湖面を眺める。少し風が出てきたようだ。
「ルザリクまで、あと二日というところです。ここまで、ずいぶん時間がかかってしまいましたが……」
ルミエルが呟く。俺は苦笑いして応えた。
「寄り道ばかりしてたからな。だが、ここからルザリクまでは集落も何もない。急いで進もう。待ち合わせもあるしな」
「確か、リリカさんとジーナさんが待ってるんでしたね」
「そうだ。中央の情勢を調査してから、ルザリクに戻って待機するよう言っておいたからな」
「でしたら、なおのこと急ぎませんと。もう待ちくたびれてるんじゃないですか?」
確かに、ちょっと待たせすぎかもしれん。きっと若い肉体を持て余し、悶々と過ごしていることだろう。
おお、そうだ。首尾よくあいつらと会えたら、フルルとも引き合わせ、四人まとめて(自主規制)してやるとしよう。楽しみだ。